第7話、ニーチェはパーティに入る。
魔王城の浅いフロアには『ガード』と呼ばれる冒険者が巡回している。
ガードはいわば保安官のようなものだ。冒険者ギルドからの依頼を受けた腕利きの冒険者である彼らは、行き倒れになった冒険者の救助や捜索、そして犯罪行為を取り締まるべく、昼夜を問わず活躍している。
そのガードの小部隊が私たちのもとに到着したのは、王たちが去ってすぐのことだった。狼たちの襲撃から逃げた冒険者たちの通報を受けて駆け付けてくれたらしい。
オーシンと名乗ったガード隊長は、失神した二人に手錠をつけ終えるとぶっきらぼうに言った。
「この女を捕らえたのは誰だ?」
さっと私に視線が集まる。たしかにチェストしたのは私……だけど。もしかしてやりすぎで傷害罪とかになるの?
「はい……」
おそるおそる手を挙げると、意外な返事が返ってきた。
「こいつは『黒薔薇のシエラ』。指名手配中の魔法使いだ」
「――指名手配!? それに……魔法使いだったのですか。てっきり盗賊だと思っていました」
「元は盗賊だったらしいが、魔法使いに転職してからは様々な犯罪に加担している」
話を聞いていたエッダが首の後ろを掻きながら、胡散臭そうな顔をする。
「魔法なんて使って来なかったぜ。人違いなんじゃねーのかよ」
「これを見てみろ」
オーシンがシエラの袖をめくって見せると、そこには黒い宝石が付いた細い腕輪がある。くすんだ金色からすると真鍮だろうか。高価なものには見えなかったけれど、細緻な装飾には不吉な印象があった。
「ふむ。これは魔封じの腕輪か」
私が「なにそれ?」とわかってない顔をしていると、興味深そうな表情のガトーが続けた。
「この腕輪は、魔法の元である魔力の流れを断つ効果がある。騙されて装備してしまったのだろうな。……これを外せる者は限られているし、相当な金を積まないと無理だ」
お金が必要になって希少種を狙ったということか……。なるほどとうなづいていると、ガトーは珍しくからかうような笑みを私に向けた。
どういう意味だろうかと首をかしげると、ベルナが私の肩に手を置いた。
「魔法を封じられていてよかった。黒薔薇のシエラが万全だったら、私でも無傷では済まないだろう」
引きつった笑顔で固まっている私に、オーシンがカードのようなものを差し出してきた。
「冒険者ギルドまで持っていけ。引き換え券だ」
「……これって!?」
私のカードをひょいと横からのぞき見してきたエッダが黄色い声を上げた。
「20万AU!? うっひゃあ、やっぱり人助けはするもんだぜ!」
カードにはオーシンのサインのほかに、「B級冒険者『黒薔薇のシエラ』懸賞金20万AU」と記されている。
景気のいい話にわっと群がってきたラフィンやレニたちは、カードをのぞき込みながら、
「くぅ〜! 羨ましすぎるぜ! 20万かぁ。かなりいい装備を買ってもだいぶ残るなぁ……。スキルオーブもいいのが買えそうだ」「何言ってんだよガキが。まずは酒だ酒! 浴びるほど飲んでから何買うか考えんだよ!」「レニは靴を買う」
まるで自分たちが20万を得たようにわいわいと盛り上がるラフィンたちをよそに、ガードたちが慣れた手つきでシエラと男を担ぎ上げると、オーシンがごほんと咳払いした。
「ここは一階だがこういうこともある。気を付けてくれ」
「ありがとうございます! オーシンさんもお気をつけて」
私がにこっと笑って手をふるとオーシンは仏頂面をほんの少し赤くして、ガードたちといっしょに足早に去っていった。
その姿を見送っていた私に、レニがもじもじとしながら話しかけてきた。
「あの……ニーチェさん。黒鉄神官さまにお願いしてもらいたいことがあって……」
まさか七聖教団に入信したいとかではないだろうけど。
「なんでしょう?」
「その、とても高い矢を使ってしまったから、お金が必要で……。黒鉄神官さまに、倒したアッシュウルフを譲っていただけないか聞いていただけませんか!?」
土下座でもしそうな勢いで頭を下げるレニ。
草原のあちこちに倒れているアッシュウルフは、たしかにどれもベルナが一人で倒したものだ。本来ならその所有権はベルナと、パーティを組んでいる私にあるのだけれど……。
けれど、彼女たちの協力がなければ狼たちの王子を助けられなかったのは事実。
賞金が書かれたカードを神から授かった奇跡の品かのようにきらきらとした目でみていたベルナに声をかけた。
「もしよかったら、狼と懸賞金はみんなで平等に分けませんか?」
ベルナは心ここにあらずといった様子でうなづいた。
「ああ、狼か。彼らも得るものがないと厳しいだろう。それに懸賞金も――え!? 懸賞金!?」
カードと私を交互に見るベルナ。普段のクールビューティぶりは見る影もなく、視線があっちにこっちにさまよって狼狽が丸見えだ。
そういえば……ガトーはベルナのことを「ボロ教会の名物神官」と呼んでいたの。
教会の経営が苦しいのかな? けれど、レニたちも困るだろうし。
「……ベルナさんさえよければ」
私がお願いすると、ベルナは「ああ、神々よ、なぜこのように私の心を試すのですか……」とぶつぶつ呟いたあと、きりっとした顔でうなづいた。
「それは正しき行いだ。そうしよ……う……!」
その言葉を聞いていたレニたちがわっと沸いた。
「こんだけの数だ。町にいって運び屋を呼んでこないとな……」
狼の数を数えながらそう言ったのはラフィンだ。
「運び屋ですか?」
「そうだ。買い取りしてくれるギルドまで運ばなきゃなんねえからな。……金がかかるけどしかたねえ」
「……よければ私が運びましょうか?」
私は腰の後ろにあるポシェットをぽんと叩いて見せた。私がこの世界に飛ばされたときに神から与えられた装備の一つだ。生きているもの以外なら大きさも重さも無視して入る優れものである。
「――マジックバッグか!? まじかぁ……!! さすが商人の娘……!」
殺してでも奪い取ろうって人がいるくらいには高価な品らしいので、あまり人前では使わないようにしているけど、今回は仕方ない。
「では収納してきますね」
ポシェットの入り口を近づけると大きなものでもするんと入るんだから、便利なんてものじゃない。もしこれをもとの世界に持って帰れたら、これをめぐって戦争が起きるんじゃないだろうか。おおげさではなく。
そんなことを思いながら狼たちを収納し終わると、その様子をみていたラフィンが仲間たちに声をかけた。
「おい、来てくれ。全員だ」
パーティが集まるとラフィンは少し照れ臭そうに手を出してきた。
「いまさらだけど挨拶させてくれ。俺はラフィン・メイカー。このパーティ『
私は手を握って返事をした。
「こちらこそ。私はニーチェ・ハウエルです。……『
ヒックスには馬鹿にするニュアンスがあって(元の世界なら「かっぺ」とかなの)、いい言葉じゃない。
「俺たちは全員がリムと呼ばれる辺境の地からこの町に来たんだ。そのせいで最初はいろいろ苦労した……。そのときの苦しさやくやしさを忘れないように名付けたんだ」
そう苦笑いするラフィン。20歳くらいだろうか。中肉中背という言葉がしっくりくる体形で、あまり外見には頓着しないのか、自分で切ったようなざんばらな短髪にはあちこち癖がついていて、ぴんぴんとはねている。
でも剣や防具にはしっかりと手入れが行き届いていて、彼の仕事にたいする意気込みのようなものを強く感じた。
続いて手を出してきたのはエッダだ。分厚い手のひらが痛いほどに私の手を締め付ける。
「アタシはエッダ・ザイベル。こう見えて若いころは僧侶をしてたけどさ、神の野郎に愛想がついて今じゃこうしてその日暮らしの冒険者だ」
エッダはラフィンより少し年上くらいだろうか。高い位置でくくった赤髪のポニーテールはまるで揺れる炎のよう。鎖帷子の上からでもしっかり筋肉がついていることがわかるがっしり体系で、小麦色の肌とあいまって格闘家のような雰囲気がある。
「きれいな槍ですね」
私は彼女の槍を見た。刃先が十字になった変わり種の槍なんだけれど、優美な装飾が多くて儀式に使うような雰囲気がある。
「――そう、まるで十字架みたいな」
エッダは「へぇ……」と剣呑な感じに目を細めてきたけれど、私がまっすぐにそれを受け止めるとやれやれと首を振った。
「さすが商人の娘だ、目が効くな。……実は回復魔法も使える。この槍はそのための杖でもあるってことだ。ふん、むかつくぜ。嫌で僧侶を辞めたのに、神の力を借りなきゃなんねーなんてよ」
「でもエッダがいなかったら、レニはもう何度も死んでると思う」
そうフォローしたのはレニだ。パーティの中で一番若くて一番小柄な女性で、絹のようにさらさらとした黄金の髪を腰まで伸ばしている。自分の身長ほどもある長弓を操るのに、心配になるくらい華奢で、びっくりするくらい顔が小さい。私がいた世界ならアイドルや俳優でもおかしくない美少女だった。
「あ……。私の顔に何かついてますか……?」
「ご、ごめんなさい。……よろしくお願いします。レニさん」
「はい。弓が得意です」
照れ屋さんなのか、さっぱりとした挨拶だなと思っていると、
◇レニ:
と、個人宛にメッセが届いた。
★ニーチェ:じゃあそうさせてもらうね。その代わりレニも普通に話して。私のことはチェでいいから。
◇レニ:えっ。が、頑張ってみる!
こんな感じで、かなり良い子だった。
最後に枯れ木のような手を出してきたのはガトーだ。
「ガトゥルー・スウリェ・セームだ。長いからガトーでいい」
ガトーは70歳……は言い過ぎかもしれないけど、かなり高齢の老魔法使いだった。いかにも魔法使いな緑色のローブを着ていて、そのフードを目深にかぶっている。その奥で緑の瞳だけがぎらっと光って、顔はあまり見えない。
「長い握手だな。もういいだろう」
そういわれて慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい! その……目が綺麗だなって」
彼の目は猫のような緑色の目で、物珍しさからつい見てしまった。
「この目は猫の目だ」
ガトーはフードを降ろして顔を私に見せる。
「あ……!」
思わず声が漏れた。若いころは色男だったことをうかがわせるはっきりとした目鼻立ちだったけれど、それよりも……。
オールバックにした真っ白な髪から、白い毛の生えた三角形の耳が一対とびでていた。
「――猫の獣人だったのですか」
「ああ。この歳になってまだCランクの魔法使いだ。見苦しいかもしれないが、まだまだしたいことやしなければならないことがある。短い付き合いかもしれないがよろしくたのむ」
しれっとブラックなことをいうガトーだけれど、私はにっこり笑った。
「そういう生き方に憧れます。いろいろ教えてください。ガトーさん」
「ああ……」
「なに照れてんだよ爺」
フードを戻して頬をぽりぽりと掻いたガトーをからかうように肘鉄しながらラフィンが尋ねてきた。
「ニーチェは商人なんだろ。なんでダンジョンに?」
――聖女かも、という話は伏せておいたほうがいいよね。
視線をベルナに送ってから、私は嘘にならない程度に事情を話した。
「この町で商売をしようと思っているのですが、そのための調査に」
「ああ、モンスターのドロップとか素材の調査か。じゃあ店をするんだな」
「ええ、そんなところです。……冒険者として登録も済ませたので、しばらくはダンジョンにも出入りするかもしれません」
ラフィンはベルナをちらっと見てから小声で言った。
「……黒鉄神官とは知り合いなのか?」
「縁あって。今回だけパーティを組んでもらっています」
「そうか……今回だけか!」
ラフィンは他の仲間たちに視線を送ってうなづきあうと、私の両手を引っ張るように強引に握ってきた。
「――ニーチェ! 俺たちのパーティに入ってくれ!! もちろん店の仕事もあるだろうから都合の良いときだけでいい!」
「え!? 私、何もできませんよ!?」
おいおい、と割って入ったのはエッダだ。
「マジックバッグがあるだけで大歓迎だっての。荷物持ちとして十分だし、それになぁ……そうだろ?」
エッダからアイコンタクトを受けたレニが緊張した面持ちでメッセを送ってきた。
◇レニ:チェのスキルの力はすごい! この力があれば――
と、そこで割り込むように新しいメッセを受信。
◇ラフィン:俺たちはもっと上に行ける! たのむニーチェ!
4人の視線が集まる中、私はおずおずとメッセを4人に向けて送った。
★ニーチェ:あの……私のこのスキルは、私がいなくなっても効果が続くと思います
◇ガトー:しかし効果時間があるだろう。
★ニーチェ:入国のとき、【鑑定】スキルを持っている審査官さんが「私のスキルは永続スキル」だと言っていました
◇エッダ:まじかよ! こんなすげぇスキルが使い放題だ!?
◇レニ:ごめんね。初対面なのにパーティに誘って……。チェもいろいろしないといけないことがあるよね……。
◇ラフィン:チェ? なんのことだ?
◇レニ:秘密
◇ラフィン:???
私はしょんぼりとしている面々をぐるっと見渡したあと、はい、と手を挙げた。
「兼業でもよければ……」
「えっ!? いいのかよ!!」「へっ。面白くなってきやがった」「本当!?」「ふむ」
と四者四様の反応だけれども、みんな歓迎してくれているようだ。
こうして私はパーティ「ヒックス」に所属することになったのだけど、狼との一戦で破損してしまった装備の修理やアイテムの補充のためにラフィンたちは町に戻ることになった。
「ではまた明日、よろしくお願いします!」
町へと引き返してしていく仲間たちが見えなくなると、ベルナが声をかけてきた。
「いい判断だ。彼らには伸びしろがある。きっと名の知れたパーティになるだろう。……しかし、だ。もし君が聖女だった場合はどうするんだ?」
そうだった。忘れるところだった……!
「あの……聖女って兼業はできるのでしょうか」
「兼業ってまさか冒険者か?」
「え、ええ……」
黒鉄神官さまは「はぁ~……」とまたしても大きなため息をつくのだった。
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