第6話、ニーチェは初めて「こうげき」する。

 まずはラフィンが打って出る。


 ◇ラフィン:エッダ! あいつは賢い。それを逆手にとる。俺の攻撃からワンテンポ遅らせろ! 


 ふぅっと息を吐いて、ラフィンがスキルを発動。


「――【渾身Ⅰ】」


 次の一撃の威力を2倍にする代わりに、攻撃後の硬直時間が3倍になるスキルだ。そのスキルが乗った最上段からの唐竹割りは、威力十分にして隙も特大。


「だぁりゃあああ!!」

 

 超大ぶりな一撃は当たるはずもなく空ぶる。剣先を大地にめりこませ、つんのめるラフィン。素人の私でも思わず殴りたくなるその大きな隙は致命的なものだったけれど、やはり王は狙わなかった。


 なぜならその隙をすばしっこい槍使いがカバーするだろうと予測しているからだ。


 ◇ラフィン:かかった! いまだ!


 ◇エッダ:――あいよっ!!


 反撃をせずサイドステップで距離をとる王。エッダの槍がぎりぎり届かない距離だ。けれど、そこに槍は来ない。


 なぜだ? ……もしや時間差か!?


 そう王が判断したであろうとき、エッダはさらに予想を超えた動きを見せた。


「――【ジャベリンⅠ】!」


 届かないはずの間合いを超えて迫る槍。エッダの放ったスキルは、槍投げのスキルだ!

 

 ◇エッダ:ここだっ! ぶちかませレニ!


 不意をついたまさかの攻撃を身をよじって避ける王。その軌道をレニは両の瞳でしっかりと見極めていた。


 ◇レニ:外さない――!


「――【剛射Ⅱ】!!」


【剛射Ⅱ】はⅠと比べて威力と矢の速度に優れる反面、反動が大きい大技だ。小柄なレニは転がるんじゃないかと思うくらいのけぞった。


 大ぶりの一撃を外したラフィンに、唯一の武器を投げたエッダ。最後の一発に賭けたレニ。


 背水の陣の一撃は、王のたどる軌道を予測しきった見事な偏差撃ちだった。


 なのに……なのに!


 王は後ろ足の爪を地面に食い込ませ、その僅かなきっかけをもってして溢れる膂力りょりょくで宙に浮いた。体をひねって後ろにくるんと一回転。


 矢は――獲物を失ってむなしく虚空に消えるかに見えた。


 だが、ラフィンたちのパーティにはあと一人いる!


 ◇ガトー:避けさせはせん。――【真木柱Ⅱ】!


 老魔法使いの照準は王ではなく、その背後。牙を止めるには貧弱だったけれど、王の跳躍を妨げるには十分!


 とつぜん生えた木々に邪魔をされ、地面へと叩き落とされた王のアイスブルーの目が大きく開いた。そこへ迫る銀の矢じり。


 穿て――!


 4人と私の願いを乗せた銀の閃光は狼の眉間をとらえていた。毛皮を裂き骨を貫き、衝撃のままに弾けさせた。


 ……でも、それは――


「な……なんだってんだ……」


 剣を杖にしてようやく姿勢をもどしたラフィンが呆然とつぶやく。矢が貫いたのは王ではなく、王をかばって飛び出してきた3頭のアッシュウルフだった。


 オォ――ン……


 王が遠吠えを上げると、いつのまにか私たちをぐるっと囲んでいた狼たちがそれに答える。どれだけの数がいるのだろう。20や30じゃない。


「まさか、足止めされていたのは私だったのか……!?」


 駆け付けた配下のもとへと素早く引いた王妃を忌々しそうに見ながら、額の汗をぬぐうベルナ。


 その言葉に返事を返す者はいない。全員、疲労が濃く、またもや一転した戦況に気力を失いかけている。


 王妃が顎をしゃくると、狼たちはじりっじりっと輪を狭めて包囲を狭めてくる。無数の金色のまなざしに後ずさりする私に、ベルナがそっと囁いた。


「――ニーチェ。逃げるぞ。これは一瞬でダンジョンの入り口に戻れる魔法が封じられた巻物スクロールだ」


「えっ!?」


 この危機を簡単に切り抜けられるアイテムの登場に、思わず大きな声を出しそうになった私の口を白い手袋がふさいだ。


「しっ。この巻物に封じられているのは【帰還】の魔法だが、レベル2だから効果が低い。脱出できるのは私と君だけだ」


「そんな……! じゃあラフィンさんたちは……」


「残念だが、私は彼らより君を優先する義務がある」


 首を横に振ってベルナが巻物を開こうとしたときだった。


「あ、あはははは……!! やっぱりそうなのね!?」


 その甲高い声は、狼たちに追われて逃げてきた女のものだった。


「お、おい、何をするつもりだ……!?」


 片割れの男が止めても、お構いなしに狼たちに向って進んでいく女。いっせいに狼に襲われて終わりかと思いきや、 なぜか狼は女を避けるように道を開けた。


「……ふ、ふふ。退きなさい!」


 女たちが海を割って進む預言者のように狼の間を進んでも、なぜか王も王妃も二人を攻撃しようとしない。ただ地獄の底から響いてくるような唸り声をあげるばかだ。


 その様子に女はふんと鼻を鳴らした。


「私だけ攻撃されないからまさかとは思ってたんだけど、やっぱりそうだったのね。そんなにこの子がかわいいなら、ちゃんと見てないとだめじゃない。ねぇ?」


 女は胸に両手で抱えていたリュックをぽんぽんと叩くと、フラップをめくってその下に隠れていたものを露わにした。


「……子犬?」


 ひょこっと出てきたのは、ぴんとした三角の耳がついた子犬の頭だ。ただの子犬にしてはだいぶ大きかったけれど、ころころとしていて愛らしい。

 

「アッシュウルフの――変異個体……?」


 驚きといぶかしみの混じった声を出したのはベルナだ。


「変異個体……?」


「ああ……。まれに生まれる突然変異したモンスターのことだ。だが……アッシュウルフの子供にしては……」


 子犬はアッシュウルフに似ていたけれど、その毛並みは別物だ。アッシュウルフはその名の通り、灰色に金の瞳。でも子犬の毛は光を吸い尽くすかのような艶のない黒色だった。


 私は子犬の真ん丸な目を見ながらベルナに言った。


「目は青いのですね。……もしかして、狼たちの王子さまなのでは?」


 私の言葉にベルナはハッとしたようだった。


「アイスブルーの目……! そうか、アッシュウルフの変異個体の王と王妃から生まれた変異個体の変異個体……!!」


 何かに気づいたベルナは慌てた様子で女に呼びかけた。


「その子犬は希少種だ! 討伐や持ち帰りは法によって禁止されている! すぐにその子犬を解放するんだ!!」


 大気がびりびりとするような大きな声にひるみつつも、女は高飛車に「はっ!」とあざけり笑うと手をひらひらと振った。


「それは表向きの話でしょう? ふん、黒鉄神官Bランクのあんたなら知ってるはずよ。希少種が裏でどれくらい高額で取引されてるか……」


 黒鉄製のはずのメイスの柄がみしっと音を立てた。


「七大神に仕える神官として、法を侵すものを見過ごすわけにはいかない。――拒否するというなら不本意な手段をとらざるをえないが……?」


 ベルナのすごみに気おされて一歩後ろに下がった女だったけれど、従うつもりはさらさらないようだ。腰元のナイフを抜いて乾いた笑みを見せる。


「それが返事か。骨の2本や3本、覚悟はできているだろうな!?」


 メイスを手に虎のごとき形相で前に踏み出すベルナ。しかし、その歩みが止まる。女のナイフがすっと動いて子犬の喉元に添えられたからだ。


「貴様……!」


「私がこの子を殺したらどうなるかしら?」


「そんなことをすればお前も……!」


 女はにやりといやらしく笑った。


「狼どもに殺されるでしょうね。でもそれはあなたも同じ。いくらあなたが黒鉄神官だとしても、この数が相手じゃ勝ち目はないんじゃなくて? もちろんそこのパーティさんたちも全滅よ」


 女がぎろっと睨みつけると、死角から槍を投げつけようとしていたエッダは「ちっ」と舌打ちした。


 ◇エッダ:むかつくクソアマだぜ。盗賊シーフだけあって殺意には敏感ときてやがる


 ◇ラフィン:盗賊……!? もしかして、あの女があの犬ころをさらったから王と王妃が追いかけてきたってことか!?


 ◇ガトー:いまさら気づいたのかラフィン。そうだ、あの二人は助けるべきではなかったな。


 ◇ラフィン:まじかよ、なんてこった! ……あの犬ころを無事に返せば見逃してくれたりはしないか!?


 ◇ガトー:あの知能の高さだ。敵でないと示せれば可能性はあるかもしれないが、どうやってあの女から王の子供を奪う。


 ◇レニ:……私があの女を撃つ。この距離ならスキルを使えば届く


 ◇エッダ:ってことはあのスキルだろうけど、あれは単体攻撃だろ? 男の方はどうすんだよ


 ◇レニ:エッダの槍は?


 ◇エッダ:この距離はさすがに届かねぇって


 一人なんとかすればいけそうってことですか……。


 ★ニーチェ:私に案があります。任せてもらえませんか


 私は4人に目配せしてから、おそるおそる女へと声をかけた。


「……あの! 私は商人をしているのですが、良ければその子犬を私に売りませんか!?」


「な、何を考えているんだニーチェ!?」


 止めようとするベルナに目配せして小声で伝える。


「任せて。さっきの巻物を貸してください」


 怪訝そうな表情のベルナから【帰還】の巻物を受け取ると、私はそれを頭上に掲げてつづけた。


「もちろんあなたが安全に帰れるようこの巻物をお付けします」


 ぴた、と女の足が止まった。となりの男と顔を見合わせると、私のいるほうへと一歩踏み出す。


「――へぇ。それで、いくらで買ってくれるの?」


 ◇ガトー:闇市での相場は60万AUくらいだろう。


 ◇ラフィン:なんでんなこと知ってんだよ!? ガトー爺!?」

 

 ……それは少し気になるけど、それよりも、です。


「30万AUです」


 女の表情が一気に険しくなった。価格だけ見ればぼったくりも良いところである。


「……舐めてんの?」


「いいえ。良心的だと思います。たった30万で安全が保障されるのですから」


 この巻物の価値がどれくらいのものなのかはしらないけれど、高すぎても安すぎても人はその裏に何かがあるように感じとってしまう。ゆえに、取引に信ぴょう性をもたせるならこのぼったくり価格こそがふさわしい。


 ――時に価格とは、でたらめなほうが適正な瞬間もあるのだ。物の価値とはシチュエーションによっていくらでも変動するものなのだから。


 少しの間のあと、女はため息を漏らした。


「わかったわ。……30万で売る。――ただし、こっちに来るのはあなただけよ。そこの怖い神官さまには遠慮願いたいわ」


 身じろぎするベルナにウィンクすると、私は全財産が詰まった袋を片手に女のもとへゆっくりと進む。


◇ラフィン:ええと、ニーチェだっけ? たしかに金持ちそうなやつとは思ってたけど、30万AUなんて大金が本当にあるのか?


★ニーチェ:なんとかなると思います


 私はずっしりと重い袋を上下にゆすってみせる。じゃらじゃらとコインの音がする。


◇エッダ:すっげぇ~!! どんだけはいってんだよ!? 私はエッダ、いまはDランクのしょぼい冒険者だけど、もっと上に行ける器だと思ってる。仲良くしようぜ、へへ


 うわぁ、こんなに下心が丸見えすぎる人がいるなんて……。


 エッダのメッセには思わず苦笑いしたけれど、おかげで緊張がすこしほぐれた。さて、ここから先、必要なのは度胸だけ……。

 

 私は、二人組の冒険者まであと数歩のところで立ち止まると、お金が入った袋を持ち上げた。


「銀貨が多いので少しかさばっていますが、30万AU入っています」


「金が先だよ。金を確認したらこの狼の子供を渡す」


「わかりました。ではご確認ください」


 袋を渡そうとした私の手から、銀貨が1枚転がり落ちる。


「あっ……す、すみません!」


「……手が震えてるねぇ。ふふ、気味が悪いくらい肝のすわったガキだとおもってたけど、かわいいところもあるんだね」

 

女はにやっと笑って落ちた銀貨を拾い、顔を上げる。


 ――ここだっ!!


「――チェストっ!!」


 私は手にした袋を思いっきりフルスイングした。もちろん30万AUなんて入ってない。あるのはたった1万AUぽっちの銀貨だけど、露店で買った怪しいスキルオーブも入っているから重さは十分!


 ぼくっ! と綺麗に決まった。


 横からあごを強かに打ち付けられた女は、白目を剥いて膝を折った。私は彼女が倒れるより早く、となりにいた男に袋を振り下ろす。

 私はそこそこ170㎝のタッパがあるから、繰り出した不意打ちの一撃は思ったより威力があった。ぼこっと脳天を打たれた男は綺麗に後ろに倒れる。


「やはり不意打ちチェストは名案にごつ!!!」


 謎の土佐弁を呟きつつ、私は女が落としたリュックを抱え上げる。


 きゅぅん、とかわいらしい声で鳴く黒い子犬の黒い瞳と目が合う。おびえているのだろう。耳がぺたりと倒れていて、細かく震えていた。


 ――60万AUちゃん、じゃなかった、狼の王子ちゃん! い、いま、お母さんとお父さんのところに返してあげるからね!! 


 お金の匂いに抗いがたいものを感じつつも、私は子犬をリュックから出そうとする。そのとき、ぞわりとしたものが私のうなじを走った。


「――おい。やってくれたな」


 後ろから首に何か押し当てられている。おそらく、刃物……。


「ど、どうして……」


「あれはスキルで作った虚像だよ」


 男はつま先で女をつつくとため息をついて、私の動きをけん制した。


「おっと、手を上げろ。仲間に助けてもらおうとは考えない方がいい。――耳が落ちるぞ?」

 

 ひやりとした金属の感触に、男の言うとおりに両手を上げた。これで普通ならサインを送ったりはできないわけだけれど――。


 ◇レニ:ニーチェさん。私の合図でしゃがむ


 ――男は気が付いていない。レニが遠方より天高く放った矢が、空からハヤブサのように迫っていることに。


 ◇レニ:今!


 私はそのメッセを信じて頭を抱えるようにしてしゃがみ込んだ。直後、男が苦悶の声と共に後ろへと倒れる。その右肩に深く突き刺さった矢は、男を倒すだけでは勢いを失わず、そのまま男を地面に縫い留めてしまった。


「てっ、てめぇ!? こんなことしていいと思ってんのか!? 俺は盗賊ギルドの――」


「うるさい。チェストっ!」


 じたばたと動きながら罵詈雑言を放っていた男が静かになると、私はリュックから子犬を出して地面に降ろしてやった。


「ほら……行って!」


 体のサイズのわりに太い足をとっとっと……と弾ませて、子犬……ううん、狼の王子は親のもとへ急ぐ。王と王妃も風のように王子へと駆けて、そのまるっこい胴に鼻先をうずめた。


「ニーチェ……!! まったく君はとんだ無茶を……!」


 スキルを使って駆けてきたベルナが私をかばうように前に立ってくれたけど、その必要はもうなさそうだ。


「王が……去っていく……!!」


 王たちは3対の青い瞳で私たちを一瞥すると、堂々とした足取りで去っていった。その大きな尾を、群れなした狼たちが追いかけてゆく。


「はぁ……。生きてる……」


 すべてが終わったあと、私はぺたんとその場に座り込んでしまった。


 初めてのダンジョンの最初の階にしてはイベントが濃すぎなの……。


 けれど悪いことばかりでもない。私のスキル【SNS付与】が、冒険者にとって価値あるものだと立証されたのだから。

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