第3話、ニーチェは町をうろつく。

 カフェを出て大通りに戻り、そのまま奥まで進むとジャンが言っていたとおり魔術師ギルドが見えてきた。


 冒険者ギルドと比べて装飾的で物々しい雰囲気の魔術師ギルドを横目に、そのまま東へと進む。魔術師ギルドの裏側には目的の商業ギルドがあるはずなんだけれど、それは明日に後回しだ。


 というのも、


 ◇ロッテ:商業ギルドにはつきましたか?


 ちょうどメッセンジャーグル民ンから通知が届いた。歩きながらすぐに返信する。


 ★ニーチェ:明日にしようと思います。ロッティさんと一緒のほうがスムーズに事が進むかなと思ったので


 一人でもなんとかする自信はあったけれど、別に焦る必要はない。


◇ロッテ:ごめんなさい(・_・;) どうしても家に帰らないといけない用事があって……。


 ……そういえば、ロッティは3万AUがどうしても必要な様子だった。借金の返済のためとかだろうか?


 ★ニーチェ:気にしないで。今日はこのままロッティさんに教えていただいた宿屋に行ってみようと思います


 ◇ロッテ:わかりました。明日は必ず商業ギルドまでおともしますので、よろしくお願いします!


 こちらこそ、と返信しようとしたところで追伸が届いた。


 ◇ロッテ:宿屋のある通りをもっと進むとダンジョンがあります。入口の周りにはお店がたくさん出ているので楽しいですよ(^^♪


 ……ダンジョン? ダンジョンってあの?


 通りの奥に進むほどに冒険者らしき人々の往来が増えて、人込みで前が見通せないほどになってしまった。


 道の左右には露店がところ狭しと並んでいて、長蛇の列ができているところもある。


 まるでお祭りの縁日みたい。


 物珍しい光景にきょろきょろしていたのが良くなかったのかもしれない。気が付けば、私は誰かとぶつかって石畳の上に尻もちをついてしまっていた。


「ちっ、気をつけろ!」


 苛立たしげに私を睨みつける剣士らしき男にぺこりと頭を下げると、私は早足にその場を去って歩道のすみっこに逃げ込んだ。


 ため息をつきながらチュニックについた砂埃を払っていると、


「よっ。おのぼりさんかい?」


 と、隣で小さな露店を開いていたおじさんが声をかけてきた。頭が少し寂しいマッチョなおじさんは、私と目が合うとやけに白い歯をむき出しにしてにかっと笑った。


 無下にするのも失礼なので、適当に答える。


「はい。田舎から出てきたのですが、街の中にダンジョンの入り口があるなんてびっくりです」


「だろう? ダンジョンの入り口が見つかったのは100年も前のことなんだけどな、いまだに制覇したやつはひとりもいねぇ。さすが『魔王城』だ」


 私はお目々をパチクリさせる。魔王城ってことは、当然……。


「この町にあるダンジョンに、魔王がいるのですか……!?」


 おじさんはガハハと笑って頭をペシンと叩いた。


「魔王城ってのは、この町にあるダンジョンの愛称さ! とんでもない財宝が山ほど眠っているし、恐ろしいモンスターもうじゃうじゃいやがるから、魔王の城なんじゃないかっていう冗談だ」


 おじさんの陽気さとは裏腹に、薄ら寒いものを感じた私は通りの奥を見つめた。


「そんな恐ろしそうなダンジョンが町の中にあるなんて大丈夫なのでしょうか……」


「心配はいらないよ。ダンジョンの外までモンスターが出てきたことはない。むしろ逆だ。ダンジョンがあるからこの町は栄えているし、俺もこうやって商売できる」


「ダンジョンがあるから栄える……?」


 おじさんは露店に並べられた小瓶や携帯食をあごで指した。


「魔王城は深くて広大なダンジョンだから、モンスターも恐ろしいけど見つかるお宝もドロップも良いものが多い。その噂を聞きつけて一山当てようとたくさんの冒険者があつまる。その大勢の冒険者のために飯屋や宿屋ができる。俺みたいにアイテムを買い取ったり売ったりするチンケな露店商もたくさんできる……。そうやってこの町は大きくなったんだ。そら、お前もこの町を発展させていけよ!」


 ニヤリと笑うおじさん。何か買って行けということらしい。


 思ったより有意義な話を聞かせてくれたので、一つくらいなら買ってもいいかとガラス球のようなものを手にとってみた。


 見た目に反して軽いそれは、テニスボールよりは小さいくらいのサイズで、中にはキラキラとした黄金の砂のようなものがまばらに入っている。


「いいものに目をつけたな。それは『スキルオーブ』だ。使うとスキルを習得できるっていうとんでもねぇ代物だぜ」


 私はただのガラス球にしか見えないそれを眺めながら言った。


「すごいですね。……このオーブにはどんなスキルが込められているのでしょうか?」


 少し間があった。


「さぁな。俺は鑑定スキルを持ってないから分からん。使ってみてのお楽しみだ」

 

 私はちらりと横目で他の露店を見やった。あるある、やっぱりそうだ。冒険者むけの露店なら、どこにでもこのオーブが並んでいる。「とんでもねぇ代物」がそんなにたくさん売られているなんておかしなことがあるだろうか。


「いくらですか? 記念に一つ買います」


「おっ。話が分かるねぇ。1万AUだよ」


 私は大げさに驚いた表情を作ると、オーブを1個500AUで投げ売りしている露店を見ながら言った。


「思ったより高いのであちらのお店で買いますね」


 さっさと踵を返そうとした私を、あわてて引き留めるおじさん。


「おいおい! 待てよ、あれは見た目だけの偽物だぞ! 観光客向けのただの置物だ!」


「でも、このオーブが本物かどうかわかりませんから」


 世間知らずないいところのお嬢さんとたかをくくっていたのだろう。おじさんは私の思わぬ反撃にうっと声をつまらせた。


「これが本物だとしても、出せて五千AUです」


 おじさんは私とオーブを交互に見た後、やれやれと首を振った。


「……それでいい、もってけ! ただし、もしあんたがダンジョンで要らないオーブを手に入れたら、まずは俺のところに売りにこい。それが条件だ」


 私はにっこり笑って代金を支払った。


「ありがとうございます。おぼえておきますね」


 私はおじさんの露店を後にすると、オーブのツルツルとした感触を楽しみながらダンジョンのある方角へと急いだ。


 満員電車めいた混雑をかき分けて10分ほど進むと、急に開けたところに出た。ものものしい重厚な鉄柵に囲まれた石造りの階段だ。


 ここがダンジョン『魔王城』の入り口……。


 地下鉄の入り口めいたその階段からはたえず冒険者たちが吐き出され、同じだけの冒険者が吸い込まれていく。


 いったい1日にどれだけの者がこのダンジョンに出入りしているのだろう? まったく見当がつかない。賑わう駅のような光景にあっけにとられていると、


「今日は3階の踏破を目指そう!」「えー? 2階の狩場で充分じゃない?」「ダメダメ、冒険者たるもの上を目指さなきゃ」


 きゃっきゃと女子高生みたいな歓声をあげる女子パーティが私の前を通り過ぎていく。


  なんて緊張感のなさなんだろう。これじゃあダンジョンというよりまるで観光地なの。

 

 ダンジョンの入り口も見れたし、どんな雰囲気なのかも知ることができた。長旅の疲れもあるし、もう宿屋でゆっくりしようと思ったときだった。


「――私は冒険者たちに問う!」


 若い女性の涼やかな声があたりにこだました。大声なのに濁り一つなくどこまでも通る声だ。立ち止まった冒険者たちの視線の先には、長いストールがたなびく白い神官服をまとった女性が一人。


 それなりに高位な地位にいそうな神官のようだけど……なんであんな物を持っているんだろう。


 彼女が頭上に掲げているものを端的に表現すれば「とげがついた鉄製のボーリング玉を鉄の棒の先に溶接したもの」である。なんともおっそろしい邪悪な鈍器を手に、神官は冒険者たちを睥睨する。


「――君たち冒険者は! このダンジョン『魔王城』をまるで財宝や魔法の道具が眠る宝船のように考えているかもしれない! しかしそれは大きな間違いだ!! 『魔王城』を生み出したのは誰か!?」


 ――まずっ!?


 目があってしまった。そう思った時にはもう遅い。神官は私をしっかりと見据えて、とんでもない眼力で返事を求めてきている。


 うう……さっさと行けばよかった……。


「わ、私はこの町に来たばかりですので……」


 おっかなびっくり答えると、意外なことに神官は穏やかにほほ笑んだ。


「ならば私が教えよう。――この魔王城は、神々に追放されし悪神、混沌と創造の神ケイオスが作ったものだ! そのことは魔王城から発掘される聖遺物を見れば明らか。議論の余地はない!」


 このダンジョンを作ったのは、悪落ちした神さまってことらしい。でもその神さまのおかげでダンジョンができて、町がにぎわっているなら良いことだと思うの。


 どういうことだろうかと話に引き込まれていると、神官はさらに声を大きくして冒険者たちに語りかけた。


「冒険者たちよ!! いったい何人の勇者が、英雄が、魔王城の深淵に飲み込まれた!? いったい何人の敬虔なる信徒が、魔王城の餌食となった!? ――すべては復活をもくろむケイオスの策略である! 甘い蜜で冒険者たちをおびき寄せ、その魂を貪ることで復活をもくろんでいるのだ! ……ゆえに! 我々は!!」


 私の隣で話を真剣に聞いていた若い冒険者がごくりと喉を鳴らして、神官の次の言葉を待っている。


 しんと静かになったダンジョンの入り口で、神官は再度、天高く鉄球を振り上げた。


「――ケイオスとの戦いに備えなければならない! 冒険者たちよ、七大神の信徒たちよ、備えよ!! ……七大神を序列なく信奉する我らが七聖教団は、悪神ケイオスに対抗すべく、冒険者たちに幅広い備えを提供している。——いざという時に遺族に支払われる一時金! 大けがをしても安心、傷病手当! さぁ、七大神を信奉する我らが兄弟よ! 七聖教団に集え!!」


 神官がぱちんと指をならすと、入信届と契約書を携えた人々がどこからともなくやってきて、話を聞いていた冒険者たちに声をかけ始めた。

 

 ……これってつまり保険と宗教の勧誘?


 はぁ。時間を無駄にしてしまった。真面目に聞くんじゃなかった。


 うんざりした私は早足にその場を離れようとした。……のだけれど。


「待て! そこの身なりのいい娘!」


 嫌な予感がしたのでそのまま気づかなかったふりをしてやり過ごそうとしたのに、後ろから腕をつかまれてしまった。


「君だ! 待てと言っているだろう!?」


「痛っ!!」


 大げさに被害者ぶって悲鳴を上げてみたら、私を追ってきた女神官は慌てて手を離した。


「す、すまない! 怪しいものじゃないんだ。この町の七聖教団の教会で神官をしているベルナデッタ・スヴィルだ。ベルナでいい」


 ベルナの年齢は30手前くらいに見えた。ウェーブのかかった金色の髪の毛をミディアムウルフにした、目鼻立ちのすっきりとした女性だ。一流企業に勤めるバリキャリの美人さんという感じだけど、男前な話し方のせいでまるでタカラ◯゛カみたい。


 私は少し迷惑そうに眉を寄せて聞いた。


「それで、その神官さまが私に何の用事でしょう?」


 ベルナはまじまじと私の顔を見てから、思案げな顔で答えた。


「……君から神々の力を感じた。もしかして君は聖女ではないのか」


「せ、聖女!?」


 聖女なんて私とは対極の存在だ。そんなわけはないのだけど、ベルナの顔は怖いくらいに真剣だ。神と同じ金色の瞳がまっすぐに私をとらえている。


「その黒い瞳は、私には聖痕のように見えるのだが」


「これは生まれつきで……」


 私のもともといた国では、黒い瞳なんて珍しくもなんともない。けれどあたりの人たちを見回してみれば、みんな私ほどに黒い瞳をした者は誰もいなかった。


 嘘はついていないのだけれど、ベルナは納得いかなさそうな顔で尋ねてきた。


「名前は?」


「……ニーチェ・ハウエルです」


 ベルナはうなづくと背後のダンジョンの入り口をちらりと見てから、思いもしないことを言った。


「ニーチェ。これから一緒に魔王城に同行してくれないだろうか。なに、そんなに時間は取らせない」

 

「ダンジョンに!?」


「そう。魔王城の1階には七大神の神像が奉られた神殿があるんだ。そこに行けば君が聖女なのかはっきりするはずだ」


「でも……、その、私はダンジョンとかは……」


 ゲームなら最初のエンカウントで死亡してしまいそうなステータスなので、ダンジョンに入るなんて自殺とおんなじだ。


「大丈夫だ。法と秩序の神オルドの名において、私が君を守ると約束しよう」


 ベルナは手にした棒付き鉄球を、ぶおんと軽く素振りした。巻き起こったつむじ風が私の前髪をふわりと持ち上げる。


 ――たしかに、いつかはダンジョンの様子を見てみようとは思っていた……。もちろん私一人では無理なので、またジャンみたいな傭兵を雇った上でだ。


 これから私がしようと考えている商売のことを考えれば、早い段階でダンジョンに入って冒険者やモンスターの様子を知っておいたほうがいい。ベルナが護衛をしてくれるならお金を払って傭兵を雇う必要もないし、チャンスととらえることもできる。


「……わかりました。よろしくお願いします、ベルナさん」


 私の初めてのダンジョン探索は、こうして唐突に始まったのだった。

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