第2話、ニーチェは従業員を雇う。


 私はそれなりにおたくだったから、いろんなゲームをしてきたし、ファンタジー系の小説もたくさん読んでいる。


 だから冒険者ギルドはだいたいこんな感じっていうイメージがあったんだけれど、実際の冒険者ギルドは思ったよりお役所っぽい綺麗な建物だった。


 黒い屋根の洋館に入るとすぐに大きなカウンターがあり、その中にあるデスクでは受付係らしき女性がふたり、忙しく事務作業をしていた。


 ロビーはしんとしていて、なんだか話しかけずらい。どうしたものかとあたりを見回すと、大きな書類棚とテーブルがあって、その上には『各種申請』との看板が釣り下がっている。


 なるほど、ここで書類を書いてもっていけということ……。すごいシステマティックで本当に役場みたい。


 ええと、あったあった、ギルド登録申請書……。


 ささっと記入し終わったところで、一番下に「武と探究の神アべントゥーラの名において偽りないことを誓います」との文字に気づく。


 これってやっぱり神の名こそちがうけど秘跡文だよね?


 もう一回、書いた内容を見直して、ミスがないことを確認してから申請書をカウンターに置くと、受付係はすぐに気づいてこっちに来てくれた。


「登録ですね。——冒険者ギルドにようこそ! 冒険者ギルドは冒険者を志すものに広く門徒を開いております」


 定型文なのだろうか? 受付係の女性ははきはきとそう言うと、ニコッと笑って、まな板くらいの大きさの石板のようなものを出した。


「これは……?」


「ダンジョンから産出した聖遺物で、アカシャの断片と呼ばれるアイテムです。手を置いてください」


 言われるままに、おっかなびっくり手を乗せる。硬い材質のわりに暖かいなと思っていたら、


「終わりました」


 とあっさり済んでしまった。なんだったのだろうと首をかしげる私に、受付係は少し困ったような顔で言う。


「アカシャの断片は適性を調べるためのアイテムです。ここで言う適正とは……、冒険者に必要な身体能力や魔力などの伸びしろのこと、なのですが……その」


 まごまごとした同僚の様子を不思議に思ったのだろう。奥のデスクにいた少し年配の女性がアカシャの断片をのぞき込んで片眉をあげた。


「ニーチェさん、はっきり言うけど冒険者はやめておきな。こんなに適正がない人は初めて見るよ」


 ええ~……。いや、そんな気はしていましたけど。


「そんなにですか?」


「うん。ステータスはレベルに応じて伸びていくんだけど、HPとDEFの伸びがからっきしだね。レベル10になってもゴブリンに1発でも殴られたらぽっくり逝くんじゃないかしら」


 私はどうにか笑顔を保って涼し気に(できていればだけど)聞いてみた。


「で、では魔法とかは……?」


「うーん。他のステータスもINT以外は人並以下……というか半分くらいなのよ。いくらINTが高くてもDEXが低ければ魔力のコントロールができない。魔法の適正があるとは言えないわね」


「そうですか……。冒険者は諦めておいたほうがいいですね。お手数をおかけしました」


 そう言って背を向けようとする私を引きとめる声。


「とはいえ、冒険者ギルドは来る者拒まずなのよね。登録できないわけじゃない。討伐依頼はニーチェさんみたいな方には回せないけど」


「それで大丈夫です。お願いできますか」


「ええ。待ってて、ギルドカードを発行するから」


 そう言って奥の事務室へと向かう年配の女性を見送っていると、もうひとりの受付係が話しかけてきた。


「Fランクの、町から出ない依頼でしたらご紹介できます。……例えばこの迷子の猫探しとか……ゴミ拾いとか……。それから、あ! これなんかおすすめです。ドブさらい!」


 頭が痛くなってきた……。仕事内容と、その報酬の低さに。


 でもギルドに登録だけでもしておけば何かの役に立つかもしれない。それに私の本命は冒険者ギルドじゃなくて商業ギルドだから。そう言い聞かせた時だった。


「――あ、あの!」


 私のよこから飛び出して受付に話しかけたのは、私よりさらに若い……ううん、幼いと言った方が正しい女の子だった。私より頭一つほど小さい背丈は150㎝ないくらいで、ちょっとびっくりするくらい手足が小さい。


 でもそんなことより目を引いたのは、黒髪の間からひょこっと出た……熊? いいえ、ハムスター? みたいな、頭の上にある大きくて丸い耳だ。


 ――この町に来るまでに1回だけ獣人を見かけたけれど、その人はもっと狼っぽかった。いろいろ種類があるのだろうか?


「あら。ロッティさん。慌ててどうされたんですか?」


 少し背を低くして視線をロッティと呼ばれた女の子にあわせる受付係。彼女の言う通り、ロッティは頬を紅潮させ息をはずませている。何かあったのかな。


「情報を売りたいんです!」


 かなり大きな声だったから、ロビーにいた冒険者たちの視線が一斉にロッティに集まった。


「情報?」「珍しいね」「でもあんな子供の持ってくる情報なんて、大したものじゃないだろ」


 とささやき合いつつも、冒険者たちはそれなりに興味を持ったようで聞き耳をたてている。


「え、えと……」


 ロッティは顔をもっと赤くすると、カウンターの上に紙をおこうとして、私をちらりと見た。


 あっそうか。私が盗み見する可能性もあるね。


 空気を読んでその場を離れ、何かいい依頼はないかと壁の掲示板まで進んだとき、大きな声が再びロビーに響いた。


「そんな! たった……1万AUですか……!?」


 振り向いてみると、その大声はやはりロッティだった。勢いのままにカウンターに手をついて身を乗り出そうとしている彼女に、受付係は申し訳なさそうに首を振った。


「はい……。その、私個人の意見ですが、その情報はロッティさんがこれからもご自分のために役立てたほうがいいかと……」


 その意見はロッティにとっても同意せざるを得ない内容だったみたい。けれど彼女は諦めきれないみたいで、肩を落としてしょんぼりとしながらも小声で続けた。


「そのほうが良いのは分かっているんです……。でも私は今すぐ3万AUが必要で……」


 なにやら事情がありそうな気配だ。


 私の所持金はいま4万AUほど……。少なくはないけれど、当面の資金だから無駄遣いはできない。でも彼女が売ろうとしている情報は気になるし、それに……。


 もう一度、私はロッティを見た。丸い大きな耳、少しくせのある黒い髪、小さい顔、小さい手足、白黒のエプロンスカートの端から見える細い尻尾。


 冒険者として登録はしているようだけれど、その身のこなしは町娘のそれ。


 彼女ならこの世界のことをいろいろと教えてくれるかもしれない。何もしらない私には、協力者が絶対に必要だ。


 それに、けっこう可愛いし、気に入ってしまったのかもしれない。特に無害そうなところとか。


「あの……ロッティさん。私は商人をしているのですが、もしよければお話をお伺いできませんか?」


「え……? えっと……」


「ニーチェ・ハウエルです。今日この町に着いたばかりですが、故郷ではそれなりに名の通った情報屋でした」


 嘘はたぶん言っていない。


 ――私はこの世界に来る前は、スマホ向けのアプリを開発し、その利用手数料で生計を立てていた。アプリの名は『fromalpha』。情報屋と言えないこともないだろう。





 フロマルファfromalphaはメッセンジャー機能とブログ機能、それからウィキと掲示板、さらにはフリマ機能もあわせ持つ総合SNSアプリなのだけれど、従来のものにはない大きな特徴があったの。


 それは完全な匿名性の保証。


 最初、私はちょっとしたお小遣い稼ぎのためにフロマルファを開発したのだけれど、それは奇しくも時を同じくして、国が『NETID』の導入を開始しようとしていた時期だった。


『NETID』。それはSNSや掲示板、動画サイトのコメント欄にいたるまで、個人がネット上でメッセージを発信する際に同時に公開される個人番号だ。


 NETIDはマイナンバーと紐づけされていて変更することはできないから、例えばサイトAとサイトBで見かけたメッセージに添付されたNETIDが同一であったら、二つのメッセージは同一人物によるものと断定できる。


 いわばNETIDは、ネット上の私たちに強制的に付けられた首輪だ。この数桁の英数字でしかない文字列は、国の目論見どおりネットから匿名性を奪って、とことんまでクリーンに洗浄してしまった。


 ネット上で「殺すぞ」などと犯罪をほのめかすコメントをすればすぐに警察が自宅まで来るようになったし、犯罪まで至らなくとも不謹慎なことを書き込んだりしたら、正義の棍棒を担いだ暇人たちがNETIDをたどって過去のコメントを掘り起こしたり、住所や名前を特定して個人を晒上げたりすることもあった。


 その結果、ネットから罵詈雑言や誹謗中傷、風説の流布はきれいに駆逐されて、他人行儀なきれいごとしか発信できない上辺だけのものに変質してしまった。


 ――それが良いことなのか悪いことなのかは私にはわからない。SNSでの発言にも、実世界と同様に責任を持つべきであるという国の理屈は理解できるし。


 でも、それを私……いいや、私たちは良しとしなかった。だって、私たちにとって、真の自由はネットにしかないのだから。窮屈な現実で過ごす私たちには、何にも縛られない匿名の存在になれるネットがどうしても必要だったのだ!

 

 いつしかフロマルファの開発は私の生きがいとなった。そして私が大学三年生になったばかりの春の日、フロマルファはついに産声を上げた。


 多くの理解者から支援と賛同を受けて完成したフロマルファは、NETIDなしでアカウントを作れる唯一の大規模SNSとして、私の想像をはるかに超えた流行を見せた。


 もちろん国も黙っていない。法整備をすすめてフロマルファを潰そうとしてきたけれど、私たちは法の穴を抜けてそれをやり過ごした。


 国内の配布サイトがつぶされれば海外のサーバーにダウンロードサイトを移した。中央サーバーへのアクセスが禁止されれば、ブロックチェーン技術を導入して中央サーバーを介さず機能するようにした。


 そうやってグレーながらも自由を勝ち取り、拡大を続けるフロマルファのことを好意的なユーザーはウェブ最後の楽園と称したけれど、その輝かしさの裏には濃い影が落ちていた。


 反対派の有識者たちはフロマルファは法の光が届かない暗黒の王国ダークウェブキングダムであると批判し、多くの犯罪の温床になっていると指摘した。


 ……それは事実だ。


 ブロックチェーン技術によって、フロマルファは完璧に近い秘匿性をも獲得してしまったからだ。


 たとえ国の凄腕のハッカーや、管理者の私でさえ、フロマルファに不正アクセスして個人の情報を盗み見ることはできない。たとえそこで、テロリストたちが殺戮の準備をしていたとしても。


 ――もちろん私も、フロマルファに生まれるであろう影の部分について予見していなかったわけじゃない。





 冒険者ギルドが面する大通りから一本離れた通りにある小さなカフェの最奥の席で、ネズミの獣人らしき少女はあたまをペコッと下げた。


「よ、よろしくお願いします。ロッティ・マイルダンです」


「こちらこそよろしくお願いします。私のことはチェって呼んでください」


 フロマルファでの私の名前はニーチェだったのだけれど、おたくな仲間からは同志とか革命家、そして「チェ」なんて呼ばれていた。ニーチェとチェ・ゲバラのダブルミーニングだ。


 オーダーを聞きにきたウェイトレスに一番高いお茶と安めのお茶を注文すると、私は本題を切り出した。


「――担当直入に言います。私はあなたの情報を3万AUで買い取ってもいいと考えています」


 ぴんっ、と音が鳴りそうなほどの勢いでロッティの耳が立った。もし彼女にネズミみたいな髭があったら、そっちもぴんぴんしていたのかな? その想像は少し愉快だけれど、今はそれより……。


「本当……ですか?」


 疑うというより警戒している反応だけど、それはそうか。私でも都合がよすぎる話には警戒する。私は少し言葉遣いを柔らかくした。


「はい。でもその情報が私にとってあまり利益にならないものなら、3万AUも出せません。情報について、詳しくお教えいただけると助かります」


 ロッティは辺りをきょろきょろとした後、意を決したように口を堅く結ぶと小さな掌を私に向けてきた。小さい傷がいっぱいだ。普段は畑でもしているのだろうか。


「素敵な手ですね。可愛くて、働き者で。それなのに爪の形が綺麗」


 なんとなく思ったことをそのまま言っただけなのだけれど、ロッティはぼっと顔を赤くして、手を引っ込めようとしたけれど、結局はおずおずと差し出してきた。


「に、握ってください……っ!」


 なんだろうかと思いながら、言われるままに手を握る。おもったよりヒヤリとしているね……。


「――光と正義の神ジャスティアの名において、貴方と私は真実のみを話すことを誓いますか?」


 これは……もしかして秘跡文を用いた契約!?


 私は戸惑っていた。私は決して善人じゃないから。自分の理想や目的のためなら、嘘も必要だと考えてしまうような類の人間だから……。そう、フロマルファの裏の姿を知りながらも止めなかったように。


 でも私は……彼女に対しては……


 嘘はつきたくない。そう思っていた。それはきっと彼女の瞳があまりに澄んでいて、その清らかさを曇らせたくなかったからだと思う。


「はい――」


 誓います。そう言おうとしたところで、ロッティはぱっと手を離してえへへっといたずらっぽく笑った。


「どうしてやめたのですか? ……商人とは小賢しいものです。嘘はつかなくとも真実は話さないかもしれません」


 嘘は方便、なんて言葉もあることだし。


「チェさんはそういう人とは違うと思います」


「そうですか? それは買いかぶりすぎでは」


「いいんです。信じるって裏切られてもいいってことだと思うから」


 私はぱちぱちと瞬きした。裏切られてもいいと思うことが信じること!? な、なんてお人好しなんだろう!


 勝手に開いてしまっていた口を閉じると、ロッティは机の上に指で見えない丸を書いた。


「北門を通って森へと入って、1時間ほど歩きます。……そうしたら小さな小川が見つかるので、流れに逆らって上流に。30分くらいでしょうか」


 指が止まった。


「ここです。ここに小さな泉があるのですが、そのほとりに『水練花』の群生地を見つけたんです」


「涼し気な名前の花ですね。それは貴重なものなのでしょうか」


 ロッティは商人にしては無知な私の反応にすこし戸惑ったようだけれど、気にせず続けてくれた。


「はい! 特別高くはありませんけれど、中級ポーションの材料なので商業ギルドでも冒険者ギルドでも買い取ってもらえます」


 ポーション。回復薬のことだよね。消耗品だからいつも一定の需要があるということかな。


「そこではどれくらいの数が手に入って、1本いくらで売れるのでしょう? 採取したあと、また収穫できるまでどれくらいの日数が必要なのかも気になります」


 顎の先に親指をあてて天井をみるロッティ。


「たぶん80本……くらいは。水練花は水のマナがあるところだと成長が早いので、一か月に1回は収穫できると思います。ギルドに売ると1本20AUくらいですね」


 月に1回、1600AUの利益が見込める情報……ということ。一年で約2万AU……。3万AUで買い取れば、一年半で元が取れる……。


 うん、私のカンだと3万AUでも高くない買い物だ。


「この情報を私が買い取った場合でも、ロッティさんはその場所で水練花の採取を続けるますか?」


 その場合は私とロッティで奪い合いになってしまうから、3万AUでは高すぎる。


「3万AUいただけるのでしたら、採取しないとお約束します」


 それなら文句はない。


「分かりました。即金で3万AUを出します」


 ロッティが目を輝かせると時と同じくして、ウェイトレスさんが私の前に高いほうのお茶を置いた。私はそれをロッティのお茶と交換しつつ「ただし」と前置いた。


「条件がいくつかあります。まず一つ目……。私はこの町に知り合いがいません。それに異国の生まれなので、お気づきとは思いますが世間知らずです」


 少しおどけて笑ってみせると、ロッティは納得したように何度かうなづいた。


「だから水練花のことも知らなかったのですね……」


「はい。ですので、ロッティさんのような地元の方にいろいろと教えていただきたいのです」


「はい! それならお友達になりましょう、チェさん!」


 ぱっと笑顔になるロッティ。友達になってほしいなんて言ってないんだけれど……うん、それはそれでいいけど。


「そ、それからもう一つ。私はこの町で情報屋をしようと思っているので、それの手伝いをしていただきたいです」


「て、手伝いですか……?」


 露骨に歯切れが悪い。


「もちろん余裕があるときだけでかまいません」


 ロッティは明らかに安心したようにうなづいたあと、申し訳なさそうに言った。


「……実は、私には小さい兄弟がたくさんいて。仕事をたくさんしないといけないんです。なのであんまりお手伝いはできませんが、出来る限りでよかったら」


「もちろん対価をお支払いします。1時間100AUでどうでしょうか」


 日本円にして時給千円。コンビニ並みの給料だったのだけど、ロッティは私の言葉を疑うように耳をぴこぴことさせる。


「ほ、本当ですか!? ……でも、私にもできるか心配です。情報屋さんということは、危なそうな情報とかも扱うんですよね……?」


 たしかに情報屋にはそういう側面もある。タレコミとか、不正の告発とか。ガラの悪い冒険者やならず者から聞き込みをしないといけないこともあるけど……。


「いえ。ロッテイさんにしていただこうと思っていることは難しいことではありません。まずは私の――スキルを試させていただければ、と」


 ――スキル? と不思議そうにするロッティ。


 この世界にはスキルというものがある。それは生まれつき持っていたり、技術の上達の結果として身についたり、突然ある日、気が付いたら持っていたりする、物理法則や常識を超えた不思議な力のことだ。


 私の場合はSNS付与・管理(Ⅰ)というスキルなんだけれど、このスキルの効果は……。


「ロッティさん。今からあなたに私のスキルを付与します。選択肢が出たら『登録』を選んでください」


「はい……? 登録……?」


 そんなことを言われてもちんぷんかんぷんだろう。でもすぐに彼女は身をもって知ることになる。


「わっ!? あ、あの、目の前に『ニーチェさんからフロマルファに招待されています』と文字がでてるんですがっ!?」


 ロッティが見えているものと同じものが私にも見えていた。私の顔写真のアイコンと共に浮かんだ、『登録しますか?』の文字。


「登録を指で押してください」


「こ、こうですか」


 画面をおっかなびっくりタッチするロッティ。


「続いてそれぞれの欄に入力を。名前はニックネームだけでも構いません」


「この空欄に指で書けばいいんですか?」


「それでも入力できると思いますが、頭の中で呟いてみてください」


「……じゃあ、名前はロッテで」


 ぱっ、と自動で文字が名前欄に入力された。


「年齢や性別、住んでいる地域も任意でお願いします。事実でなくても大丈夫ですよ」


「ええと、じゃあ簡単に」


 14歳、女、自由都市アアルト在住。職業は冒険者兼家事手伝い。スキルやステータスは非公開。


「では認証します」


 私の前に浮かんだ管理ウインドウで『許可』を選択。……これでロッティはこの世界で2番目にフロマルファというSNSを利用する人間となった。


 SNSはひとりではできない。今この瞬間、本当の意味でこの世界にSNSが生まれたと言えるのかも。


 そんなことを考えていると、フロマルファから通知が届いた。


〇SYS:登録者数が2名になったため、メッセンジャーとウィキがアンロックされました。


 自分のメニューを開いてみると、通知の通り選択不可になっていたメッセンジャーとそしてウィキが使用可能になっている。


 さっそく試しにメッセンジャーを起動。フロマルファのメッセンジャーは『グルタミン』という冗談のような名前なんだけれど、これはメッセンジャーの略であるMSGがうまみ成分のグルタミン酸ナトリウムと同じであることから――ってそんなのはいいの!


 とにかく私はメッセンジャーの宛先から『ロッテ』を選択、そして可愛い顔文字のスタンプと一緒にメッセージを送信した。


 ★ニーチェ:よろー。届いたら返信くれぃ


 えっ、という顔になるロッティ。しまった、昔のノリでやってしまった……!


 ◇ロッテ:こうでしょうか? 頭の中で文字を書くって変な感じです


 ★ニーチェ:大丈夫です。ありがとうございます


 ◇ロッテ:というか……すごくないですか!? これって魔法の手紙……ですよね!?


 ★ニーチェ:そんなところですけれど……。この街にはその魔法の手紙というもの以外に通信手段はありますか?


 ◇ロッテ:手旗信号とか飛竜を使った速達があります(*'▽')


 ★ニーチェ:て、手旗信号……。それに飛竜ですか。驚きました


 聞いたことがある。江戸時代、米の相場価格をいち早く知らせるため、江戸と大阪の間に人を並べて旗で連絡をとりあったという……。


 にしてももう顔文字を使いこなすとかロッティさん侮りがたし。


 ◇ロッテ:私はこのスキルのほうがすごいと思います……。


 ★ニーチェ:――このスキル『SNS付与』は冒険者に売れると思いますか?


 視線を感じて顔を手元から上げると、ロッティの真ん丸になった目と合う。


◇ロッテ:――売れます! 絶対に!! 離れている人とのやりとりができるなんて、欲しいにきまってますよ!


 鼻息を荒くするロッティに、私は冷静沈着を装った笑みで応えながらも、自分の鼓動をうるさいほどに感じていた。


 私はこの世界を変えてしまうだろう。魔法と剣こそが力のすべてであるこの世界を、情報と資本という二つの強大な剣で。

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