月照らす海岸で

 共同墓地だろうか、白い墓標には何人かの見知らぬ名前が刻まれていて、それがズラリと並んでいる。墓を見てこんな感想を抱くのは、間違いなく不謹慎なんだろうが、壮観だ。

 翌日、陽が傾くのを待って宿を出た俺達がそこに着いた頃には、既に陽が沈み始めていた。噂の舞台の手前、例の噂が怪談に昇華された理由の墓地だ。


「どうやら大戦の戦死者を追悼する墓のようだね」


 確かに、現騎士団の前身だった組織の紋章が付いている。この組織は大戦の終結後に今の騎士団になった筈だから、この紋章が着いていると言う事は当時のものなんだろう。

 しかし、大戦時代の物にしては管理が行き届いている。


「恐らくは、何度も新しくしているんだろうね。そうして、1000年先の今も彼らの功績と魂を残し続けるくらいしか、後の時代の私たちにできる事はないからね」


 俺を含め全ての人類が、1000年前の景色を見たことが無い。それでも確実に言えることは、過去の先に今があると言うことだ。それを思えば、これは国の為に戦ってくれた先祖へのせめてもの敬意なのかもしれない。

 しかし、魂と言うのは言い過ぎじゃないか?此処には何も埋められていないと思うぞ。確かに、あれほど綺麗な景色を眺めながら眠れるのは魅力的だが・・・これもちょっと不謹慎か。


「魂はどうだろうな。此処には、ただ名前が刻まれているだけだ」


「別に私も、此処に死者たちが集まって同窓会を開いているなんて思っていないよ。ただ、昔の魔術体系では、魂は名前に宿るとされていたらしいからね」


 それで魂か・・・今の魔法体系ではその考えたかどころか、魂と魔法の因果関係も否定されているが、そう考えた方が何だか救われる気がする。


「なら噂の幽霊もこの中の誰かかもしれないな」


「それはどうだろうね、まぁ実際に見てみれば分かるだろうし、先を急ごうか」


 そう言いつつも、墓標を眺めながらゆっくりと先へと進む探偵。なんとなく俺も同じように後ろを付いていった。


 墓地から少し進んだ目と鼻の先に、目標の海岸はあった。

 海岸が西を向いていたお陰で水平線に隠れる夕陽を眺める事ができた。これはこれで、夜景ほどでは無いにしてもいい景色だ。


「今日は快晴だ、夜になれば月明かりが出るだろう」


「目撃証言と同じ状態になるって事だな」


「私は少し、辺りを調べてくるよ」


 そんな探偵を背に、ただ呆然と夕日が欠けていくのを眺めていると、すぐに空は黒く染まり、星が顔を見せ始める。


 月明かりが海面を照らした瞬間だった。

 視界の端に、女性の影が映った。よく確かめる為に視線を送ると、月に照らされた夜の空を花畑を跳ねる様に彼女は舞っていた。

 長い髪は夜の海を映した様に暗く綺麗で、俺の方には目も暮れず一心不乱に踊り続けている。


「噂は本当だったみたいだね」


 後ろから探偵の声がした。良かった、あまりの異様さに夢なんじゃ無いかとすら疑い始めていた、お前が出てくるなら現実だろう。少なくとも、俺の夢には出て来て欲しくない。


「踊っているところ申し訳ないが、少し話を聞かせてもらえないかい?」


 話し掛けて意味があるのか?人の形をしてはいるが、空を舞ってるし、よく見るとうっすら向こう側を透過してる気がする。どう考えても人間じゃ無いだろ。少なくとも生きた人間ではないと思う。それか、俺の知らない魔法なのか?


 いろいろ考えてみたが、しかし、俺の予想を裏切る様に彼女は振り返ってこっちを見た。


「今までここへ来た人間は、私を見ると少し呆気にとられた後すぐに逃げ出す者ばかりだった。そうでなかったのは、何かに憑かれていた者だけだ」


「そうか、それは皆勿体ない限りだよ。こんな謎めいた美女を前にしたら、私は話しかけずにはいられない」


 その言い方だと、まるで口説いているみたいに聞こえるぞ。しかも、なんて古風なやり口なんだ。今時そんな口説き文句で喜ぶ女性は少ないだろ。

 しかし、意外にどこか嬉しそうに「悪くない」と彼女は言った。それから月を眺めて続ける。


「今日で最後だ。彼もきっと・・・聞いてくれるかい?私が此処にいる理由を」


「勿論、自供を聞くのも『私達』の仕事だ」


 私達の中に俺が含まれているであろう事は今は言うまい、このタイミングでそんな事を言うのは野暮だ。

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