二つの事件

「えっと、つまりは私が第一発見者なんです」


 彼の名前『クルト・ミュラー』、紛失物捜索の依頼人。

 そして、何とびっくり噂の怪談の第一目撃者だった。


 場面転換の所為で話が大きく飛んでしまったので、ここまでの流れを軽く説明しよう。


 あの後、依頼人が借りていると言う宿を訪ねると、すんなりとご馳走してくれる事になった。外国の貿易商会で働いているらしいが、その羽振りの良さからするに相当な地位にいるのだろう。

 しかし、食事まではすんなりと進んだが、その後が何とも進まなくなった。その後と言ってもレストランを決める段階の話では無い。レストランで食事を摂りながら進めた依頼に関しての聞き込み、つまり紛失物の捜索の方が進まなくなった。


 依頼について聞いてみて分かった事は、解らないと言う事だった。探偵はヒント無しで推理はできない、それは自警団や騎士団と言った機関が証拠無しに犯人を捕縛できないのと同様に。

 紛失物捜索の初歩は、紛失時の行動を振り返る事だが、彼はその時の記憶が曖昧で殆どヒントにはなり得ないものだった。


 たった一つの証言を除いて。


「二つだけハッキリと覚えていることがあります。一つは初めて見たこの街の夜景です」


 この街の夜景は、記憶の判然としない人間の記憶にすら明確に残る程美しい景色らしい。確かに今の俺が何らかの拍子に記憶を失っても、あの景色だけは忘れない自信がある。


 ならば、もう一つの記憶は一体どんなものなんだ。あの景色を、初めて見た時と同じくらいの衝撃を、感情の揺さぶりを受けた事象。彼は、自分がどうやって宿に帰ってきたのかすら覚えていなかったのだ。


「もう一つは、月夜の空を舞う女性を見たと言う事です」


 そして今に至る。


 この展開も、名探偵が故の運命力がそうさせたのだろうか。それとも、全て分かっていてこの依頼を受けたのだろうか。

 どちらにしても光明だ。巧妙かも知れないが・・・


「その話について、詳しく聞かせてもらえないかい」


「そうですね、依頼について私が話せる事は少ないですし、依頼しといてなんですが・・・」


「大丈夫だよ、その話が依頼解決の唯一の糸口なんだ」


 探偵は口ではそう言っているが、腹の中では探究心に火がついているに違いない。確かに、記憶を辿る上で数少ない覚えている事なのだから、依頼解決の糸口なのは間違いではないが、この探偵にとって依頼解決なんて二の次なのだから。

 しかし、そうとは知らないミュラーさんはその時のことを語り始めた。


「記憶が定かでは無いとは言え、断片的には覚えてるんです。着港した頃には既に今ぐらいの時間でした。それから、次の日から忙しくなることが分かっていたので、直ぐに宿へ向いました。夜景に感動したのはその道中だったと思います」


「そう言えば、君はどこから来たんだい?」


「『ダルバトイル』です」


 今日はこの手の話がよく出てくる所為で、今の俺の中ではダルバトイルの印象は、1000年前の大戦で最も争いが激化した国だ。


「確か今は、機械製品の性能の良さが海を渡って聞こえるほど、機械大国として有名な国じゃ無いか。どうしてこのタイミングで、何のために来たのか、話は脱線してしまうが訊いても良いかい?」


 俺とは違い、正しくダルバトイルの今と過去を正しく線引きしている探偵が、探るようにそう訪ねる。


「えぇ、構いませんよ。と言っても特に大した理由は無いのですが、別にタイミングは計った訳では無いんです。偶々このタイミングでリベリアで機械部品の発注があったらしく、僕の会社はその荷物と、技術留学でダルバトイルに来ていた技術者数名を運んで来ただけなんです」


 リベリアが魔法大国と言われる程の魔法技術を持っていたのは過去の話だ。今は当時の遺産と現存する魔法を研究することで、何とか国として機能している。

 しかし、それだけでは先は長くないと考えた国の一部の上層は、他の国に魔法技術の一部や歴史を教える代わりに、他の国で発展した技術を自国の技術として取り入れようとしている。

 恐らくはそんな取り組みの一貫だと思うが・・・


「あの話は色んな障害に阻まれて、あまり進んでいないと聞いていたが」


「まぁ、特に反発しているのが一部じゃ無い方の国の上層だね、魔法はこの国の根幹だとかで、他国の技術すら受け入れ難いとか、頭の硬い老人達だよ。それこそ、大戦時代には国外で捕虜になった魔法使いは自死を強制されていた程、この国魔法技術に対する執着は悍ましい物だよ」


 何か思うところがあるのだろうか、いつにも増して語気が強い気がする。

 少し内情的な話だったので、俺たちの会話を黙って聞いていたミュラーさんに探偵が話を戻す。


「すまないね、話の腰を折ってしまった。続きをお願いするよ」


「はい。それから、何故行ったのか、どうやって行ったのかは覚えてないのですが、崖の上に居ました。目の前は海で地面は無いはずなのに、女性が踊っていたんです。月夜に照らされた顔がとても美しくて、それでいて何処か哀しげだったのをよく覚えています」


 ミュラーさんの話は締めくくられた。

 あまり多くの情報を得られた訳ではないが、少なくとも紛失物については一箇所探すべき場所ができた。


「分かった。ならば明日はその現場を見に行くよ。正直そこに無ければお手上げだ。その場合は依頼料は貰わない、それでも構わないかい?」


 それは実質的な降伏宣言だ。しかし、依頼料を貰わないとここまでの遠征費は自腹になるが良いのだろうか。


「はい、それで大丈夫です。正直何か思い入れのある品と言うわけでも無いですから。依頼料については、掛かった費用はお支払いします」


 ミュラーさんは頷いてから笑顔でそう答えた。何の成果も無しにお金を払うなんて、ダルバトイルは好景気なのか?

 それはそれとして、わざわざ依頼したとう言うのに特に大切な物じゃないと言うのはどう言う事だろう。正直、今の俺は怪談話よりこっちの方が気になっている。


「後は、紛失物の特徴を教えてくれるかい?」


「指輪なんですが、僕のサイズの物じゃ無いんです。旅の前日に父に貰って、僕の国では身内の旅の安全を願って贈り物をする風習があるんですが、その贈り物を失くしてしまった時は、旅の危険を代わりに受けてくれたと言う物で、あまり信じては無いんですが」


 成る程、大切な物じゃ無い理由は分かったが、今度は逆にそんな物を探している理由が分からなくなった。厄を払ってくれたなら、わざわざ探さなくても良い筈だ。


「君は察しが悪いな、ますます助手向きだ」


 探偵がニヤつきながら見てくる。


「だから、俺は助手になる気なんて無いって、今日だけで十回は言ったぞ」


 俺はそんな怪しいジョブチェンジをする気は無い。察しが悪いのはお前の方だろ。


「まぁいい、これは推測だが、ミュラー君は貿易商会に勤めている。当然会社にもよるが、そう言った類の企業は紛失物に厳しい節がある。彼は今出世街道を歩いているんだから、くだらない事でケチを付けられたくはないんじゃ無いかな?」


「その通りです、明察ですね。まぁ実際、僕がそれを持っていた事を知っている人自体少ないですし、バレたところで出世に響く程では無いと思いますが、不安材料を作りたく無いので」


 彼がここまで羽振りがいい理由が分かった気がする。リベリアが魔法技術に執着している様に、彼は出世に執着しているのだ。徹底した自己管理で出世街道を歩んでいる。見上げた物だ、いや見習うべき物だ。

 そして、見習うべきものがもう一つ、あの推理力。


 やはりシャルロット・ランベルは、ただのムカつくガキじゃない、偶に迷惑だが優秀な探偵だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る