ウィールズ

 ウィールズに着いた頃にはすでに日は落ち、月明かりが煌々と海を照らしていた。

 バスの待合所は視界の開けた坂の上にあり、バスを降りると目の前に広がる海を背負った街並みは俺の足を止めるのに充分すぎた。

 語彙の乏しい俺には・・・いや、きっとどんな語彙を持ってしても、この光景の全てを伝える事はできないだろう。

 それでも、少しでもこの光景の素晴らしらを言い表すなら、海の輝きはもしかすると星空よりも綺麗だとも思えたし、この景色を見ながら老衰するのも良いかも知れないとまで考えたくらい、神秘的な景色だった。


 嘗て軍港として使われていたとは思えない程に。


「怪談話と同じ月の出た夜か、丁度良いい噂の現場を見に行こうか」


 探偵も景色に見蕩れていたのだろうか、暫くの沈黙の後にそう言った。


 月夜の空に舞う人影を見た、あの噂はそうして始まった。ならば調査を夜にするのは当たり前だろう。

 それにしても、それを見た日もこんな景色が見えていたのかと思うと少し羨ましい。いや、もしかするとこれだけの景色でも地元の人間なら、そこに感動は無いのだろうか。


 あまりの景色に思考が占領されてしまっている。

 今問題なのは、この感動も日常に溶けてしまいかねない虚しさじゃない。今問題なのは、噂の現場までの道のりが土地勘の無い、あの景色が日常に溶けていない二人には危険すぎると言うことだ。


「今からじゃ危ないだろ」


「確かに・・・君の言う通りだね」


 何故か嬉しそうな笑みを探偵は浮かべた。


「そうだな、ならば依頼人に話を聞きに行こうか。夜になってしまっているが、宿の場所は聞いているし、序でに食事もご一緒してもらおう」


 食費を浮かそうと言う魂胆が見え透いている。透過率100%じゃないか。


「食費は勿論、依頼者持ちでね」


 透いているのでは無く隠す気が無かった、そこに遮るものは無かったのだ。


「それにしても、助手らしいじゃないかその発言。嬉しいよ」


 探偵は立て続けにそんな事を言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る