月夜を舞う亡霊

 月夜の空に舞う人影を一人が見たらしい。

 次の日には二人目が、そうやって5人も見た頃には噂が広まり、真偽の定まらない怪談話になった。

 そんな話に興味を持った迷探偵は、同じ街で起きた紛失物捜索の依頼を受けた。そして依頼を受けた『シャルロット・ランベル』が、自警団の詰所に現れて、細く綺麗な示指を偉そうに俺に向け、「着いてこい」と文字通りの指名をしたのが昨日の出来事。

 アイリンゼ家の一件が一先ずの落着を見せてからは2週間。


 今はバスと探偵を待っている。


「なんだか辛気臭い顔をしているねワンズ君、そんなにバスは苦手かい?」


 以前と同じく後ろから、俺の辛気臭さの原因が、異臭の元が、そうとは知らずにいつもの口調で話しかけてくる。

 バスが苦手かだって?何故、真っ先に自分と言う発想が出てこないんだ。


「いや・・・」


 しかし、甲高い警笛の音に俺の言葉は遮られた。

 警笛の聞こえた方からは、バスが空気を押し流しながら悠々と近づいて来る。


「あのバスに乗るよ、目的地は港町『ウィールズ』」


 そう言って、俺を指名した時と同じ指でバスを指差す探偵には、俺の言葉なんて聞こえてないみたいだ。


 待合所の前に差し掛かり、もう一度警笛を鳴らすと、悠々と空気を押し流していたバスが、空気の流れを堰き止める様にその速度を殺し始める。

 熟達した殺し屋が標的の息を止めて殺すみたいに、静かに流れる様に、空気の流れと船の速度を殺し、そのまま動きを止めて地面に着地する。


 乗降口が開かれ乗客が降りてすぐに次の乗客、つまり俺達含むこの待合所でバスを待っていた人達の搭乗が始まった。

 人の波に流されるまま、そして乗務員に促されるままに俺達も搭乗する。少しすると、席が疎らに空いた状態だが、バスがもう一度息を吹き返した。

 今日はそんなに混んでいないみたいだ。


「今回の依頼について俺は殆ど聞かされてないんだが、どう言う依頼なんだ?」


 席に着くと早速本題を切り出す。別に時間は余りあるが、心の準備の時間を十分に確保したかったし何より、一宿を同じ邸で過ごしたとは言え、まだ無言で相席していられる程の間柄では無い。


「そうだね、時間もあるし説明しておこうか。今回の依頼について」


 机を挟んだ対面に座っている探偵は、嬉々として依頼の説明を始めた。本来は昨日の時点で説明しておいて欲しいものだ。


「依頼は一昨日に来たんだけど、依頼主が指輪を無くしたのは一月前だ」


「それは昨日聞いたが、何故依頼主は一月も何の行動もしなかったのに今になって捜索依頼なんてしたんだ?」


「依頼自体は、もっと前から出ていたんだけどね。誰も手をつけていなかったんだよ」


「それは他の探偵が放棄した依頼を、わざわざ引っ張り出してきたってことか?」


 俺の質問に対し、探偵は長い髪が大きく揺れない程度に小さく頷く。


「まぁ、祭りの時期の紛失物だからね。見つかる方が珍しい。それに、これは依頼人にあって詳しく聞こうと思っているんだけど、その日の行動がハッキリしないらしいんだ」


 そうか、一月前と言えば前世戦争終結から1000年のを祝う祭りがあった頃だ。その頃に失くしたなら見つけるのは至難だろう。それに加えて紛失したであろう場所の目星もつかないんじゃ尚更だ。

 確かに、そんな途方もない探し物の依頼を受ける探偵はこの迷探偵くらいか。


 しかし、依頼と聞いておいて何だが俺が聞きたかったのはそっちについてじゃ無い。


「それで、本当の所は幽霊探しって訳か」


「察しがいいね。昨日も話したが、同じ街で興味深い噂が広まっていてね。だが勘違いしないでくれよ、依頼にも全霊を持って取り掛かるさ」


 そう言いながら、お得意の不敵な笑顔を見せる探偵。彼女曰く、依頼を受ければ旅費は依頼人負担になるのが助かるらしい。


「じゃあ、そっちの話も聞かせてくれ」


「こっちの話も、昨日話した事ぐらいしか私も知らないんだけど、月夜に空を舞う人影を見たって人が一月前から何人かいるらしくて、場所が墓地を抜けた先の人気の無い海岸沿いの崖だからね、怪談話として噂になったんだよ」


 枕詞の割に、昨日の話よりも全然情報が多かったな。

 恐らく、シャルロットはこの話を怪談話とは思っていないのだろう。思っていないからこそ、その真相を知りたいのだと思う。


(空を舞う人影か)

 それは、魔法が生活の一部になっているこの国『リベリア』でもあり得ない、正確には今はあり得ない話だ。


 リベリアには、様々な理由で行使できなくなった所謂『ロストマジック』が幾つも存在する。

 中空を舞う魔法は、かつて共存していたエルフと呼ばれる人種か、1000年前の大戦時代を生きた人々なら使えるが、今の人類の魔力容量では行使できない。


 幻影魔法の類も、例に漏れず無理がある。

 アイリンゼ邸の時みたいに、幾つかの魔法を組み合わせれば何かしら似た事ができるのかも知れないが、俺がこれ以上考えても答えは出ないと思う。それに探偵が目の前にいるんだ、俺が答えを導くのも野暮だろう。


「大体は分かった。その上で俺が一番疑問なのは、なぜ俺を連れて来たんだ」


「何を言っているんだい?一人より二人の方が良いからに決まっているだろう。旅行も謎解きも」


 そんな理由で、日々街の治安の維持を担っている自警団員を駆り出したのか?


「それに私は気づいたんだよ。君は私の助手にピッタリだ」


「は?」


「と言うわけで、これからよろしく頼むよワンズ君」


「は?」

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