迷探偵は雄弁
「この邸はかなり辺鄙な場所に建っている訳だが、不思議に思わなかったか?招待されて来たのに登山させられるのは」
確かに、いくら自家用車が故障していても、客人にトレッキングをさせる事を是としているのは変だ。
邸内においてのもてなしが完璧な分その異様さが際立つ。
「不思議な事には大抵理由がある訳だが、恐らく我々が疲れ切るのが狙いだろう。夜の間に、邸全体を範囲とした幻影魔法を発動する為にね」
成る程、理には適っている。
それなら発動の瞬間は認識できない。
しかし、何を見せる幻影魔法なんだ。
「幻影はウィルじゃなくて、これだ」
そう言った迷探偵が指差したのは、部屋の扉だった。
「確かに、私達は部屋の中は隈なく探したが、扉まではしっかり調べていなかった。一見何の変哲もない扉だし、私達はずっとその扉を見ていた筈なのだから、疑えと言う方が難しい」
何を言っているのかよく分からないが、一先ず扉をよく調べてみる。
それにはあった。
無いはずの溝が、見た目に反した溝が、触れてみないと分からない、見た目との差異があった。
「この邸は、普段から使用している訳では無い様だし、幻影が無くても一見では分からない様にしておけば、気付かれることは無いだろう」
これを隠す為に幻影魔法が使われているのは分かったが、一体これは何だ。
「これは、扉だよ。子供一人が何とか通れるサイズの潜り戸」
「つまり、ここから抜け出したと言うことか?・・・成る程、そこに隠蔽魔法か。この扉から出るところを隠蔽魔法で隠す」
俺の華麗な推察に、ニヤリと笑う迷探偵。
「満点とは言えないな、それじゃあ、幻影魔法で貼り付けてある扉の幻影に、隠蔽魔法が干渉して、空間が歪んで見えるはずだ」
確かに・・・、まるで、この答えを彼女に誘導されていた様でかなり癪だが、その通りだろう。
ならばいつ抜け出したんだ、俺達が室内を調べ始めてからと言うには、自分で言っていても無茶があると思っていたし、俺達はウィルが階段を上ってくるまで扉を眺めていたんだから、這い出る暇なんて無かった筈・・・いや、あったぞ二人ともが目を離してる瞬間が。
「そう、ウィルが現れた時に私達は当たり前にそっちを向いた。きっと、そこで外に出たんだろう」
気づけたことは嬉しいが、やはり、誘導されている様で癪だ。
「それでは解答編だ。昨日の晩、疲れ切った私達が寝静まるのを待って、幻影魔法を発動、この扉に扉の幻影を貼り付ける。この程度なら、魔力消費も微少で、二日くらい運用できるだろう」
謎の出題者である、ウィルはどこか寂しそうに聞いている。
「本来の扉には、潜り戸の仕掛けがある。因みに、これは内開きだ。で無いと、扉を開けようと近づいた時に分かるからね。潜り戸は、ゴーレムのウィルが上ってっくる前に、予め開けておいて、私達の視線を扉から逸らしたタイミングで、隠蔽魔法を使用したウィルは潜戸から外に出る」
これで密室は看破されたが、一つ引っかかる事がある。
潜り戸はいつ締められたんだ。
音は、幻影魔法で隠したとして、幾ら視線を誘導されたと言え、抜け出して内開きの扉を閉める程の時間は無かったし、扉を閉めながら潜ったのだと言えば簡単だが、一瞬の動作にしてはどこか引っ掛かる。
「確かに、外に出るのは一瞬だが、滅多に無いだろうけど、一瞬の遅れで空間の歪みを視認される訳にはいかない、その中でタスクは少ないに越したことは無い。だから、もっと確実な方法を使ったんだよ」
嫌な間に、意味ありげな笑み。
何となく分かった気がするが、ここは迷探偵に話を続けて頂こう。
「君を利用したんだよ。中に居たはずのウィルが、階段から上がって来た事に、驚いた君が勢いよく扉を開けて、扉のすぐ傍にある柱に、扉をぶつけるのは明白だったのだろうよ」
これもまた癪だが、理に適っている。
勢いよく柱にぶつかった反動で潜り戸は閉まり、ぴったり嵌ったそれは、ただの扉の様に振る舞う。
「そうして、外に出たウィルはゴーレムを破壊し、隠蔽を解除する。以上が私の仮説だ」
雄弁に語りおえた彼女は、仮説だと言いつつ自信に満ちた表情をしていた。
「お見事です」
ウィルがそう答えると、扉の幻影魔法が剥がれた。
潜り戸は、見た目に分からない程一枚の扉に擬態している。
この分なら、当時の捜査を難なく突破したのも頷ける。
「さぁ、探偵の仕事は終わった。ここからは君の仕事だ」
探偵がこっちを向いて告げる。
俺の仕事?ただの謎解きで、俺がすべき事はなんだ。
これが事件ならば、犯人確保が俺の仕事だが・・・、数瞬固まる俺の様子を見て、迷探偵は溜め息を吐いた。
「だから新米なのだ。君も自警団ならば見逃すな」
見逃した?それを言うならお前もだろう。
犯人が逃げ出した瞬間を二人とも見逃したんだから。
「確かに、犯行の瞬間や証拠も見逃してはいけない。しかし、自警団と言うならば、自主を見逃してはいけない」
自主・・・誰が?
「こんな大掛かりの仕掛けが、余興の為だけに用意されたと考える方が不自然だろう。これは、かの事件の暴かれる必要の無かったトリックだよ」
「だとして、自主?・・・あれは、俺が子供の頃の事件だぞ、ウィルは生まれてるか怪しいくらいだ」
「何を言っているんだ君は・・・彼から、よろしく頼むと言われたんじゃ無いのか?」
いや、信じたく無かったんだ。
これが自主ならば・・・犯人は、当時子供のはず。
「・・・ベル」
「ご明察にございます」
ベルは、肩の荷が降りたような表情でそう答えた。
ーーー
後日の話だ。
プロローグのエピローグとは変な感じだが、もう少しお付き合い願おう。
ベルの自供によると、第一候補は子供を好み、風呂場で服を脱がせては、隠蔽魔法を術式として織り込んだ毛布を被せ自室まで歩かせ、自室で行為に及んでいたらしい。
そのターゲットになったベルは、しかし慰め者になった屈辱から犯行に及んだのでは無く、アイリンゼ家を守る為に、自らの意思で第一候補を殺害した。
トリックは、殆どが迷探偵が解き明かした物と同じらしいが、実際はゴーレムの代わりが悲鳴だったそうだ。
そして、ベルを不憫に思った第二候補が身代わりとなったのだ、身籠った妻を置いて。
当時、新米だった先輩は第二候補が真犯人でない事には気づいたが、更に上の先輩から「自警団なら自主を見逃すな」と言われ、その結果、ベルを庇い切った第二候補は辺境に飛ばされ、産まれてきた子供は養子になった。
今回の祝賀会は、元から先輩しか招待していなかったらしく、ウィルの成人で自分の役目を終えたと自主するつもりだったが、ウィルがそれを許さなかったので、折衷案として謎が解かれれば自主という形にしたらしい。
これが今回の事件の概要だった。
しかし、話には続きがある。
ベルの意思を尊重し、罪を償う事に協力しようとしたが、まだ問題があった、第二候補のお陰でベルには償う罪が無かったのだ。
この問題を解決したのは、先輩と二人で、顔を突き合わせ唸っている所に、どこからか現れた迷探偵だった。
迷探偵の提案で、ベルにはアイリンゼ卿の嫡男を誘拐した罪を背負ってもらう事になった。
罪をでっち上げるのも簡単だったが、自警団の体裁もあるので、本当に誘拐してもらい、とある罪で左遷されたどこかの伯爵家の元当主第二候補のいる所まで行ってもらった。
本家で行われた祝賀会は、その所為で中止となったが、アイリンゼ家の人間がそれに対して憤慨する事は無かったらしい。
これが、元名迷探偵『シャルロット=ランベル』と現魔法の世界の探偵の助手『エルノルド・ワンズ』の出会いの話である。
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