5
椰代が絡んだから、こんなにややこしくなったのだ。
図書館に人は少なかった。
普段から人が多いわけではないが、5限が終われば生徒の大多数はサークルかバイトか帰宅かになる。この時間に図書館にいる人間は限られるって話だ。そして季節は真冬、誰だってどこにも寄らず早く帰りたいだろう。
目的地に着くまでに机に座り本を読んでいる2.3人を目撃したが、人が少ない、とおそらくこの場で俺だけが考えてしまう。
もっと人がいた方が緊張せずに済むものを。
彼女は本棚の前に立っていた。
少し前にも俺は附さんがこうやって恋愛小説を探す場面を目撃した。この1週間の中の話だから記憶は鮮明だ。
声をかける前に附さんは振り返った。
記憶の中の彼女とは髪型が違う。三つ編みの分厚かった髪の毛は10cmは切られて、髪の量が全体的に減っている。ショートカットに近い髪型は軽く、前髪が少なくなった分顔にかかる影が少ない…似合っていると思う。
女性が髪型を変えれば雰囲気が一変する、と言うが、俺は本当に附さんかどうか不安になり、尋ねた。
「…附さん?」
夕暮れの赤色が図書館を染め上げている。
附さんはお淑やかな仕草でこくり、とうなづいた。
「暗号、楽しんでもらえたかしら」
なんとも無邪気な言葉だった。
目的は俺へのお礼、ということだったか。彼女の中では楽しみを提供したつもりなのだ、と俺は理解する。
ずれている、と思うが、そのズレは100パーセント椰代のせいであって、真っ当に話せば彼女はまともな女性だ。
「…ああ、うん。ありがとう…」
彼女に罪はない。
俺はひとまずお礼を言った。
彼女は俺の言葉にほっとしたようだった。よく見えるようになった顔が、目に見えて安堵した。
「そう。初めて作ったから上手くはなかったと思うけど、楽しめたなら良かったわ。アカウントの運営をしている人にもう解けた頃だって教えてもらったから、手紙を投函したの。ちゃんと言葉にしないのも失礼だと思って」
附さんはそう言い、ぺこり、と行儀正くお辞儀をした。
「あの日は、本当にありがとう」
品のいい仕草だったので思わず見続けてしまったが、俺は慌てて彼女に言葉をかける。
「いや、俺、マジで何も」
「いいえ」
彼女にしては強い否定の声だった。
「気持ちを形にしてくれる人っていうのは、私にとっては貴重で、大切なの。すごく、救われた気分になった…気持ちを切り替えられた」
ゆっくりと顔を上げ、今までよりも見やすくなった顔がはっきりと認識できる。
「こんなことを言っても、変な女だって思われるだけだと思うけど、私」
来た。
この夕日がさす図書館というシチュエーションに、この周りの人の少なさ。
なんつーベタな展開なんだ。
「あー、えっとなあの、附さん、俺はな」
「これを、読んで欲しいの」
差し出されたのは、ーーラブレターではなかった。
「え?」
それは束になった原稿用紙だった。
びっしりと文字が書かれているのが一眼で確認出来る。
「えーと、?」
状況がよくわからずに戸惑うと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめ「その」と呟く。
「来週の月曜日に発表する前に、関ヶ咲さんに読んでほしくて。同じ班にまたなれるか分からないから…、嫌だったら、言って欲しい」
声だけ聞いているとまるで告白シーンのようで附さんの頬は赤く染まっているが、…これは確実に告白ではない。それだけは分かる。
「…読んだらいいんか?」
「ええ」
「…そのために、俺を呼んだんか?」
「ええ」
俺は、そろりと、紙を受け取った。
原稿用紙だが原紙ではない、コピーした物だ。
「俺は附さんの文章好きやし、他のやつより早く読めるのはいい話やけど、あ、いや」
話の流れで好きって言ってしまった、変に意識してしまい俺は「じゃあ、…読ませてもらおっかな」と言うと、彼女はふわりと笑った。
初めて見る笑顔だったが、大和撫子のような優しげな微笑みは思いの外可愛かった。
「読んでほしい、感想、聞かせて」
俺に乙女心を理解するのはまだ早いらしい。
振り返って去っていく彼女の黒髪が、やわらかく風に揺れた。
探偵の暇つぶし @derara12124
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