3
12月に差し掛かろうかという冬の寒さは、いよいよ身に沁みてきた。
外の気温をそのまま反映していたサークル室内にヒーターという文明の利器が現れ、俺たちは快適な環境に慣れ始めていた。
サークルがあるC棟から出たくもないとヒーター前を陣取り、わりと面白い推理小説を読んでいると「ダンボールが危ないな」と椰代が空気を読まず言った。
ヒーターのある部屋に段ボールがこんなにあると言うのは危ないんじゃないか、という旨の椰代のごもっともな意見に俺は「別に問題ないやろ」と却下したが、能動的に段ボールを運び始めた椰代に従わざるを得なかった。
寒いから出たくなかったんだが、仕方ない。
「さむっ!」
ガラガラと台車を押す。その上の段ボールは、平積みなのにかなりの高さまで積み上がっている。見た目よりも重いため、なだらかな道でも台車を押すだけで一苦労だ。
「こんなに、溜め込まれとったんやな」
「もう持ってくる人も少なくなったけど、こないだ段ボール抱えた先生が来て、迷惑そうな顔をされたよ」
「誰かがせんといけんのに、人任せにする奴が悪いわ」
ちなみに。探偵サークルが発足するまであの部屋はまごうことなき物置だった。あれでも机と椅子を並べて集まって会議くらいはできるように片付けたが、今でも物置と認識している変化に疎い教員が、処分に困るようなガラクタを持ちノックも無しにドアを開けてくることがある。
「人間は楽な方に流れるからね」
と、椰代は至言のような言葉を白い息と共に吐いた。
首元が凍える。せめてマフラーを巻いてくればよかった、と後悔する。
俺と椰代は学内の駐輪場の横にある、段ボール回収と書かれた資源ごみボックスに台車と共に歩いてきていた。
小田はいない、毎週6限で取っている授業があり、いないうちに椰代は切り出してきたのだ。この前からの言動を見る限り小田の執筆活動を邪魔しないように、とか考えてるのかもしれない。出不精な椰代がここまでするとなるといっそ過保護でさえあるが、まあ1人分の人手がいないことについて不満はなかった。
…俺も同じ課題があるんだが、俺はいいのか、とは思うが。
「よっと」
回収ボックスの蓋を開け、段ボールを入れ込んでいく。
「台車があってよかったな、この量を手運びは普通に無理や」
「そうだな、終わったら返しに行こう」
薄々分かってはいるが、椰代は、このために台車を返そうとした小田を引き止めたんだろう。
椰代は肉体労働をしていても息を荒げず、大きめの段ボールを抱えて「小説の調子はどう?」と聞いてきた。
「まちまちやが、まぁ、導線は分かってきた」
答えると、椰代は意外そうな顔をした。
「あれ?今日は素直だな。理想的なヒロイン像が見つかったのか?」
「…考え方はな」
こいつが俺の悩みを知ることができたヒントはあったか?
考えるが、思いつかない。
出会って最初の頃は半分ムキになって理由を探っていたが、途中からこいつはいつの間にか全てを分かってるやつだ、と考えるようにしている。
「気になるなぁ、見つけ出した考え方を教えてくれよ」
薄ら笑いは腹立つが、…別にいいか。
俺はでかめの段ボールを抱え、中に押し込んだ。
「逆ってことや」
「逆?」
寒さで早速悴んできた手を擦り、もう一枚を掴む。
「人は自分にないものを恋愛相手に求めるんやろ、主人公がどんな人間なんか練って、その逆の人物を作ればいい」
入れ込んで少し待ったが、返答の遅い椰代の方を見た。
「聞いてきたんやから、なんか言えよ」
「単純に、ややこしいよ」
椰代も最後の一つを入れ終えて、ぱんぱんと手を払って言った。
「どっちやそれ…」
一応突っ込んだが、自覚はあった。
「何もそんなに難しく考えなくても、普通に今まで好きになった女の人をモデルにすればいいだろう。小学校の初恋の相手とか、中学生で好きになったちょっと大人の女性とかさ。関ヶ咲だって、恋愛をしたことないわけじゃ…、え、まじ?」
「……」
何も言っていないのに察しがいいやつだ、こう言う時たまに嫌いになりそうになる。
「どうりで異常にはずかしがってるわけだ、単純に経験が足りてないんじゃないか?」
「まるで自分は経験豊富かのような言い草やな」
「噛みつくなぁ、関ヶ咲に足りないのはカルシウムかもな」
白い息を吐いて、回収ボックスを閉めた。
飄々と段ボールを入れていた椰代も寒さには弱いらしい、手をポケットに入れて「早く戻ろう」と急かしてきた。
椰代がポケットに手を突っ込んだので、自然と俺が若干赤くなった手で台車を押す役割になった…、行きも帰りも押す役割になるとは、はめられた気分になる。台車の持ち手は金属で、凍えるように冷たい。
「前に書いてた恋愛小説では、ヒロインは三つ編みの子だったじゃないか、あれは何だったんだ」
横を歩く椰代の言葉に、台車を押しながら嫌な記憶を思い出した。
「…お前に聞いたら、恋愛っていうのは憧れみたいなもんだよ、とか分かったような口調で言うからやろ。あれは失敗やった、ぜんっぜん、わけわからん出来になったし」
去年の話だ。俺は課題で恋愛小説を書かなければいけなくなり椰代に相談して、椰代もいいことを言うな、と鵜呑みにして書いてみて、失敗した。
周りと比較しても稚拙な出来に恥をかいた。
それ以来、椰代に小説について相談するのはやめた。
もちろん、失敗の要因全てをアドバイスのせいにするほど無恥でもないが、この感覚を言葉にするのは難しいが、なんていうか縁起が悪いと思えるのだ。思いつきだがこの表現は、椰代を表すのに的確かもしれない。
「そうか、内閣府の調査では日本の未婚率は2010年時点で男性20.1%、女性10.6%だよ」
「おい、統計を伝えただけで慰めた気になんな」
「じゃあ、言葉を添えようか」
ガラガラと、アスファルトに響いてうるさい台車の音の合間に、椰代の声はよく通ってくる。
「恋愛小説に理想の恋愛を突き詰めるなら、必ずしも経験が必要なわけでもない、むしろ知らない分、幻想がジャムみたいに煮詰められることもあるんじゃないか。みんなそれぞれのやり方があって、関ヶ咲には関ヶ咲なりの、小説の組み立て方があるんだろう?」
もっと自信がつくように断言してほしかったが、礼儀としてありがたがった。
「おー、ありがたい、自信がつく話やな」
「感覚的にできるやつには、結局敵わんけどな」と、一言添えて返した。
距離にして10メートルもなかったと思うが、俺たちはc棟の扉を開けて中に入った。
入口で一旦台車を止めて、悴んだ手を擦る。
台車を貸してくれた工芸部は一階の裏口近くに位置している。感覚が戻ってきた手で再び台車を押して、突き刺すような外よりは幾分か暖かい廊下を抜けていった。
歴史の長そうな古びた室内の工芸部に声をかけ、対応してくれた女性は明るく出迎えて、回収してくれた。
「貸してくれてありがとう、また頼むかも」
椰代がフレンドリーにそう言う。
付き合いのある人物だったみたいだ、俺とは繋がりはない。
「いいわよー、困った時はお互い様!」
人見知りの俺には若干厳しかったが、対応がいいと気分もよかった。
寒い中頑張った甲斐はあったかもしれない、後回しにしたところで、いつかは片付けないといけないんだし。
ダンボールが抜き去られた部屋に戻ると、この部屋はこんなに広かったのか、と思えた。
ルーティーンのように手早く、ぬくぬくと布団を身に纏って椰代は座った。ペラペラと、また新しい分厚い小説を読み始めている。
「でも逆を考える、か」
「なんや」
ヒーターの電源をつけて、手のひらにじんわりと滲んでくる暖かさを待つ。
「どうかと思ったけど、案外いい線いってるのかも、と思ってさ」
「上から目線で言いやがって」
俺は、台車の仕返しに毒づいた。
恋愛小説の筆行きは、実際よかった。
原稿用紙に書いたものをノートパソコンにおこし、読み返してみると悪くないと思えたし、何よりヒロイン像が決まったことが大きい。
性格は明るく、人あたりもいい人気者のヒロイン、俺は書いたことのないタイプだ。台車を返す際にまさにそんな人物と会ったが、関わるのは苦手な人種だと再認識した。
しかし物語の中でなら隣にいたいと思えるっていうのは、不思議な話だ。元気をもらえる感じか。俺に似せた主人公が人見知りの人格だから、励まして前を向かせてくれるヒロインというのは悪くない人物設計な気がする。
カタカタとキーボードを弾き、筆が進んできた、という感触がある。うん、いや?俺って意外と恋愛小説の才能あるんじゃないか?自分で書いたセリフなのに、なんならちょっと好きになってきたかも。手を引っ張られて砂浜とかかけてみたい、というベタベタな妄想にまで興に乗ってきた。分かる、引っ張るじゃなく、引っ張られたいってのがミソだよな。そうか、俺は案外、こう言うタイプの女子が好みなのかもしれない。
俺は彼女の黒髪を…ーーーー
「関ヶ咲ー」
「ぎゃあ!」
バン!
と、パソコンを閉じた。
校内の休憩スペースで、踏み潰された猫みたいなでかい出してしまった、周りから集まってくる視線を感じ、ごほごほと咳払いする。
「なんや顔赤くして、熱いんか?」
妄想中の頭を蹴飛ばすように、声をかけてきたのは林だった。
チャラい茶髪を揺らし、横からテーブルを挟んだ前に回り込む。
「ちっこんな寒いのに熱いわけないやろ?なに言ってるんや?快適な環境で執筆してただけやけど?」
「え?いま舌打ちした?」
バクバクと、胸に手を当ててないのに心臓の音を感じる、妄想から現実に引き戻されるとこんなに居た堪れなくなるのか、父親に部屋に置いてた自作小説見られそうになった時以来の鼓動の高鳴りだ。
林は「いや、ここ暖房きいとるからさぁ」と言って、さらりとテーブルの前に座った。
「なぁ、分かったか?」
「…ああ」
林は例の暗号の解読について聞いてきた。
相談を持ちかけられた時より表情はケロッとしているように見える。
まあこの方が林らしい、秘密を他に渡したことで気が楽になったのかもしれない。
「今考えとるところや、もうちょっと待てよ」
「この前「すぐに解けとるからぐっすり寝ていい子で待っときい…」ってかっこよく去っていったやないか」
「誰やねん、そんなこと一言も言っとらんわ」
おちゃらける元気まで取り戻しているようだ、それはいいが、ちゃんと反省してんのかこいつ。
「あてが外れた、まだかかりそうや」
「推理好きにも難しい暗号なんや、あれ………なぁ、…ジュース何が欲しい?」
林は残念そうな声を出した後、露骨に媚びてきた。
「カフェオレくれ」
結局俺が解くことになったのだ、これくらいもらっていいだろう。
自販機に向かう林を見送り、鞄からファイルを引っ張り出した。
A4の画像2枚を取り出す。改めて並べて見ても、答えが浮かび上がってくるわけもない。
(難しいっつうか、解き方が分からんわ)
こういうのを解いたことがないからセオリーを知らない。推理小説を読む時に考えないといけないのはアリバイトリックとか、密室トリックが多い。
「お納めください!」
「うむ」
戻ってきた林に手渡されたカフェオレを開け、ごく、と飲む。
(もう附さんは版画の原画を考えよったんやないか?で終わらせてもいい気がしてきたな。…、奢ってもらってそれは流石にないか)
「林、なんか心当たり…、はあるか。なんか思いつくことないんか?林に伝えたいことであることは確実なんや」
せめて答えが想像できれば、導線が分かりそうなものだ。
林は考えるように目を左右に動かし。
「嫌がらせ…かな」
一転、ずいぶんと深刻な顔をした。
「嫌がらせって、附さん、そんな性格悪くないやろ」
「分からんやないか、仕返しに、遠回しに伝えてきよるんかもしれん。実際怖いやろ、なんも言わずにこんなん送られてきたら。…噂なんやけどな、附さん、河原教授に気に入られとるらしくて」
「河原教授?なんで今河原教授が出てくるんや」
河原教授は一つ上の学年の担当教授だ。附さんには直接的な関わりはないだろう。
「関ヶ崎は知らんのか?河原教授って謎のコネがあるらしいんよ」
小田は周囲を気にするそぶりを見せ、声を小さくした。
「めぼしい生徒に声かけてな、教授のツテのある賞に推薦すんだって。まあ付き合いとか、文学科の成果をあげるためとか、色々あるんやろうけど。それで最近、附さんが上級生の生徒を指し置いて贔屓されとるって言って、先輩からいいイメージを持たれてないらしいんだよ」
賞…、と聞き、俺は椰子が持ってきていた雑誌が頭に浮かんだ。
「もしかして、あの賞ってそうなんか」
「ああ、昨日言ってたやつ?そうかもしれん!」
「ツテって、嫌な話やな」
俺はなんとも言えず、一口カフェオレを飲む。
「たしかに附さんは上手いけどさ、普通担当生徒のほうに目をかけるやろ?それに河原教授がどこで附さんの小説を読んで目をつけたんか謎や、なんか怪しい…、附さん、それで河原教授となんかあって、フラストレーションとか溜めてたりして」
俺は、林の怯えの正体がにわかに掴めてきた。
無神経にDMを送ったことへの仕返しで、林への嫌悪を、訳のわからない画像によって婉曲的に伝えている…と思っているのか。
林が解読を頼んできたのは、安心したいためだ。何か分からないまま疑心暗鬼を募らせるよりも、暗号であるなら解いて、内容を受け止めてスッキリ過ごしたい。林の気質なら、結果が嫌悪や糾弾であっても心の中で処理して素直に謝り、次からは気をつけようと器用に切り替えられるとは思う。
必死な様子を見ていると不安な気持ちは伝わってきた。
(附さんはそんなことせんやろ…とも言い切れんけど)
林の思い込みは強いだろう。
「あのなぁ、林。あんま思い込みで人のことをとやかく言うもんやないと思うぞ。それに河原教授が附さんに注目するのは、彼女が小説家」
「せ、関ヶ咲!かくせ!!」
「だっ!」
伸びてきた手によって頭を抑えられ、顔を机にぶつけそうになった。咄嗟に両手をテーブルにつけ、多少の音が響く。
あ、あぶねえ、鼻先2センチほどの位置で止めることができた。
「あっごめん!」
「お、お前といるといつか怪我しそうなんやが…」
「ほんと悪い、俺そろそろ行くわ、引き続きよろしくな!」
抑えていた手を外し、林はバタバタと壁側から回り込んで走っていく。
「あー、もう行け行け」
目まぐるしく走り去る背に、緩く手を振った。廊下の向こうからこちらに歩いてくる分厚い黒髪が見えてはいたので、林の挙動の意味はすぐに分かった。
2枚の紙をファイルにしまい、素早く鞄に入れる。
無感情のガラスみたいな目と目が合うと、ぺこり、とお辞儀をされる。テーブルの横を通り過ぎる附さんに、俺は声をかけた。
「今日は髪、解いとるんやな」
「っあ、ええ」
話しかけると、附さんは立ち止まった。
右手でおろされたセミロングの髪の毛を触り、気にする仕草をする。
「髪の毛を少し切ったから、いつもの長さと違うと、慣れてなくて結びにくかったの」
三つ編みじゃない彼女は新鮮だった。
分厚い髪の毛の量は変わらないので暗い印象は変わらない。目にかかるほどの前髪を切れば、印象はだいぶ変わるだろうに。
「三つ編みって結ぶの難しそうやもんな」
「…変?」
「いや?似合うと思う」
「…そう」
消えそうな声の後、顔を下げてそそくさと去っていった。
行く先に小田が通りがかっていて、すれ違い様に「附さん、こんにちは」と挨拶している。こくりと頷き、足早に去る背は小さくなっていく。入れ替わるように小田が近くまで来た。
「行っちゃいましたね」
「ああ、急いでるところを呼び止めちゃったかもな」
「いい雰囲気で話していたので話しかけるのを待ってたんですが、附さんには見つかってたみたいです」
「?同じゼミなんやから話くらいするやろ」
「それもそうですね」
小田も調子が戻ったようだ、余裕ができたんだろうか。聞いてみると「はい、ヒントを得たので執筆の調子がいいですよ。関ヶ咲はどうですか?」と言われる。
「ああ、俺もな…」
閉じられたパソコンを開くと、ブルースクリーンではなく真っ黒な画面が映っていた。
あぶねーーー。
パソコンを閉じる時に手が電源ボタンに触れてしまっていたようだ、保存するタイミングはなかったから、途中からの馬鹿げた妄想のくだりは全部消えていた。なんとか復旧したが、まともなくだりも打ち込み直しを余儀なくされた…、後半は冷静な執筆ではなかったので消えてよかったのかもしれない。
(途中まで原稿用紙にかいとってよかったわ…)
これもアナログのいいところだろう。原稿用紙を見ながら作業的に打ち込み直し、今度はバックアップもきっちり取った。
「今日も図書館に行くのか、ここで書けばいいのに」
図書館に直行した小田とは違い、俺は一度サークルに顔を出した。文章をすぐに書こうという気にならなかったのだ。ずっと書いていると疲れる。ヒーターを囲み”雪の結晶を見たいと思うか“という、まじでくだらない話を椰代とし終えて、出て行こうとすると引き止められた。
「図書館の方が集中できるんや」
この前小田と図書館から帰ってきたので、椰代には行き先はバレている。
出る際に曖昧に「じゃあ、おれはこの辺りで」なんて飲み会を離脱するサラリーマンみたいなことを言ってみたが、通用するわけもなかった。
着いてこられると面倒だな、と思ったが、椰代はティファールからついだお湯で湯気のたったカップを持ち上げた。
「邪魔する気もついて行く気もない。行くのはいいんだけど、コーヒー飲んでから行きなよ。関ヶ咲の動作が遅いからもう注いでしまった」
毛布をかぶったまま移動して、二つのコップを机に置いた。
(どんな言い分やねん)
立ち上がると椰代のかぶる毛布は先が地面について引きずる形になるのだが、足を引っ掛けた場面は見たことはない。家でもこのスタイルだから慣れてる、とかじゃないよな。もしそうなら親になんと説明しているのか、一瞬考えてみたが、どうでもいいのですぐに辞めた。
「次の記事の案でも出してくれるんか」
「記事なら、コメントの暗号か、例の画像の暗号でいいじゃないか」
「あんなの使えんわ」
林からもらったカフェオレで腹はタプタプだったが、俺は席についた。
白い湯気の立つカップに口付け、一口飲む。
「おいしい?」
「普通」
「小田なら世辞くらい言うよ」
「やる相手を間違えたな」
俺にブラックコーヒーの違いは分からない、インスタントでも缶コーヒーでも腹に入れば同じだ。
「やっと画像の暗号の答えを言う気になったんか?」
残ったのはコーヒーに釣られたからではない、椰代が俺に何か言いたいことがあるのだと思ったからだ。
期待を込めて聞くと首を振られた。
「え?言わないよ」
やっぱ解けとるんか、と椰代の言葉に確信する。
「そうやろうとは思ってたけどな。俺が残ったのは、聞きたいことがあったからや」
「なに?」
「答えが嫌なら解き方を教えろ」
「それ、ほとんど答えじゃないか」
「お前は俺を買い被ってるんかもしれんけどな、俺は本っ当に何にも分かってないぞ、とっかかりも掴めてないからな」
依頼はもう受けてしまっているのに解く人間が俺では、いつ答えを林に差し出せるか分かったものじゃない。
「威張って言うことか」
椰代は楽しげに口角をあげる。
「ああ、何しろ俺は附さんがどんな人なんかもよう知らん、なんであんな暗号を林に送ってきたのか見当もつかん。全くな」
「親しくもないのにその人を知らないのは当たり前だな」
視界の端に、机の上が見える、附さんの小説が載った雑誌はまだ広げられている。
「小説読んで色々考えよったって言ってたやろ、それでもいい」
「手当たり次第だな。彼女を知りたいなら、関ヶ咲も彼女の書いた小説を読み込めばいい話じゃないか」
椰代はゆるやかに目線を机にやった。
「それはもう読んだ」
ゼミの発表会にて、俺はすでにその小説は読んでいる。読んだって、すごい小説を書くもんだなぁ、とか、プロみたいに読みやすいな、くらいしか感想は持っていない。俺に書評は向いてない。俺は小学生くらいまで批評家という存在を、自分を棚に上げて作品を批判する連中だと思っていたが、今になれば作品の見方を理路整然と説明するというのは誰にでも出来ない仕事だと分かる。
にしても、小説を読んで作者を分かった気になると言うのは、厄介なファンのようで嫌だな。
「小田も関ヶ咲も感覚派の才能だと附さんを捉えているけど、その附さんも構造的かもしれないよ?」
椰代はそう言い、優雅にコーヒーを飲んだ。所作は綺麗だが、間抜けな格好が雰囲気を台無しにしている。
「どう言う意味や?」
「附さんの小説を読んで思ったんだが、彼女は想像で作り出した出来事の現実性と、登場人物の感情を読者に伝える共感性の、作品内での両立が異常に上手いね。そして共感性の心情描写に真新しさがある。俺は、天才というのは整合性を持つ思考力と、思考の飛躍を持つ人間だと思ってるんだけど」
俺は慌てて話を止めた。
「待て、まて、思考の飛躍が天才っぽいのはなんとなく分かるけど、整合性ってのはなんだ?」
このまま突き進められると着いていけなくなる、椰代と会話してきたこれまでの経験から質問した。
「一貫性のない空想はただの思いつきと見分けがつかないから、創作物にはある程度の整合性が必要になるだろ。よく言う、99%の努力と1%のひらめきを引き合いに出すと、俺は、その1%がなければ他の有象無象に埋もれてしまい、99パーセントの土台がなければ1%のひらめきは成り得ないと言う意味だと捉えてるんだけど」
「あー、えっと、…1%のひらめきは、99%の努力を土壌にしているって意味でいいか?」
何度も遮って悪いが、ツラツラと説明している椰代について行くために質問する。
「そう、無意識の整合性というのは努力の裏打ちだ。そこから生まれるひらめきって言うのは、例えば作曲家が言う「メロディラインが降ってくる」みたいなことだ。パッと思いついた歌詞が、頭文字を取るとタイトルになってる、なんてことを無意識でやってしまうこともあるらしい」
「ああそれは、理解できる天才像だ」
大丈夫だ、ついていけている、今日の話はまだ優しい。
「彼女は飛躍と呼べる何かを感覚的に選ぶことができて、彼女自身の整合性により、唯一の正解であると思えるほど作品の文脈にカッチリとはまってしまうんじゃないか?その思考の振れ幅が常人には真似できないから、すごい小説を読んだ、という感覚を生む」
椰代は長々とそんなことを言った。
俺は聞いたことを後悔した、や天才とは何かという哲学論議に花を咲かせるつもりはなかったのに巻き込まれてしまった。
椰代と少し付き合えば誰でも理解するだろうが、椰代はこんなふうに突拍子もなく話が進んでいくことがあった。ただ話をしているだけでもついていくのに必死だ。だから俺は、椰代と話をするのは30分が限界だ、と思うこともある。
(本当に色々考えよったんやな…)
「……で、丸つけてるところはなんやねん」
広げられていた雑誌には、文章に丸がところどころつけられている。
指差して聞くと、椰代は雑誌を手元に戻して太ももに置いた。
「附さんの比喩表現は独特だから面白いなと思って、丸をつけただけだよ。珍しく、心理描写にしか比喩は使われていないんだよね」
「へぇ、そうなんや」
気の抜けた返事だと自分でも思う、比喩表現をわざわざ丸で囲む奴の方がめずらしいだろ。
小説の比喩表現は風景描写にも使われると思うが(思うに、オリジナリティや感傷を生み出す役割だろう)心情描写にのみ使われるというめずらしさは、統計を知らないので感覚的に掴みづらい。椰代は、その独特さが飛躍だと言っているのか。
(心情ね…)
「そういや、以前附さんが、小説は心を形にすることだって言っとったな」
「へぇ、彼女にとっての比喩表現はそう言う捉え方なのかもしれないね」
「かもしれんな」
「一貫性があるな」
「…整合性か?」
「そう」
あくまで一つの小説だけを見ての分析だ。データの母数が少ないぶん、必ずしも正解とは言えない。こんなことに、何の意味があるのか。
…とことん暇なやつだ。
俺はコーヒーを冷えた胃に流し込み、横の机に頬杖をついた。
「天才がどうとかって言うのは、お前の自画自賛か?」
「なんでさ、関ヶ咲は俺をナルシストだと思ってるんじゃないか?」
「どうだかな」
椰代はどんなジャンルでも人並み以上には書けてしまうと、俺は知っている。
すごい小説を読んだ、という気にさせられるのは、椰代の小説にも言える。
椰代の場合は、組み立てる構造の圧倒的な緻密さだろう、推理小説のトリックなんかは、素人の俺から見てプロと遜色ない。
「俺は、天才っていうのは速さやと思うけどな」
いつものように流したってよかったが、俺は椰代の天才論に反論してみた。
「将棋だってどんなすごい一手でも、凡人でも時間をかけて熟考すれば辿り着けるって言うやろ。でも、プロはその一手を試合の中で導き出す、そのスピードの差が、凡人と天才の差やないか。問題を見た瞬間に答えが分かる、とか」
伺うように目線を送ると、椰代はたいして面白くもなさそうに言った。
「絵の暗号のことを言っているなら、あんなのは簡単なパズルだよ」
よく見るニヒルな笑みも浮かべず、カップを手に取り、コンコンと机を鳴らしている。
「普通に日常生活を生きていても、答えの想像がついているから、その答えに辿り着けることの方が多いだろ?推理小説を書く時だって答えからの逆算だし、仕組み自体はシンプルなことが多い」
「答えからの逆算…」
繰り返す椰代の言葉に、引っかかるものがあった。
コンコン、コンと響く音に誘われるように、思考が道を指し示す。
「お前が りく か?」
自分で言って、全てが繋がった気がした。
「お前は答えを知ってたってことや、そうや、最初っから変やと思ってたんや。あんな暗号コメント、何の利益があってするのか意味不明やし、暗号だと気づくのがそもそもおかしい。お前が出題者っていうなら全部分かりやすく収まる!」
導いた答えを言い立てると、椰代は不敵に軽く笑った。
「何言ってるんだ、違うよ。それだけは明かさせてもらう」
馬鹿だなぁ、と言うような顔をされた、それどころか「大きい声を出すなよ、ここは壁が薄いんだ。何があったかと思われるだろう」と諌められた。
「あ、ああ」
俺は糾弾のリズムを崩し、椅子に座って居住いを正した。
って、なんで大人しく従ってんねん。
言いようのない情けなさが襲ってくる俺の前で、椰代はいつものテンションで変わらず話し始めた。
「コメントの暗号は数字自体に意味がないから解けないかもしれないけど、絵の暗号に関しては俺だけじゃなく、関ヶ咲も答えを知ってる。拙いけどフェアだ。脇役のような顔をしているけどな、探偵役は関ヶ咲だろ」
「俺…?」
「ああ」
立場が一瞬で逆転したように思えた。
「アクロイド殺しかもしれない可能性は、排除しないけどな」
意味深なことを言い、一連の言葉を締め括ったつもりのようだ。
トン、とカップを置いて、言葉は消えた。
ほどなく、小田が図書館から帰ってきた。また新しく本を借りてきて、椅子に座りどんな小説か教えてくれた。部外者が見れば探偵サークルというより文芸部に間違われそうだが、この風景は俺たちのスタンダードだった。椰代も小田の分のコーヒーを作った後に別の本を取り出し、その本から話は広がっていった。
「俺は、アガサクリスティならナイル川殺人事件の方が好きですね」と、カップを持った小田が言う。
「へぇー、なんで?」
「旅行気分も味わえます」
「いいね」と、椰代は俺に向けたことのない優しい声で言う。
読書家な2人の会話は放っておくと長い、途切れることない会話を聞きながら、俺は考えていた。
(……)
日本で空前の暗号ブームが起こってるんじゃなかったら、こんなに短期間に、俺にこうも暗号が寄ってくるのはおかしい。
椰代じゃないとすれば、送ってきた張本人の附さんが一連の犯人か?
”りく”は附さんなのか?
(…いや)
彼女と俺が話した回数は両手で足りる、彼女のパーソナリティを俺は何も知らないと言ってもいい。
小田よりも、あの無表情は何を考えているか分からない。
何のためにそんなことをするんだ、という点でピンとこない。人に迷惑をかけて喜ぶタチでもないだろう、話してみれば普通の女の子だ。
じゃあ二つの暗号はそれぞれ独立しているのか?
コメント暗号と、附さんの送ってきた画像暗号の犯人は別?
奇妙なタッチの共通点もあり、そうは思えない。出会い系アプリなんて世の中に20はある、タッチは有名どころの一つではあるが、大学で流行ってるその一つがたまたま共通する偶然はありえるか?
(…)
分かりやすいのは、椰代がコメントを打ち込み、作った画像暗号をどこかで附さんに預け、林経由で俺に持ち込まれたという考えだったのに、すんなりと否定されてしまった。動機も「暇だったから」で、椰代なら理解できた。今までそんなことはされたことがないが、暇人の椰代がとち狂ってそんなことをしたとしても、俺は怒りはするが驚かない。
…やっぱり、疑惑は拭えない、椰代が犯人ではなくても無関係とは思えない。2人の接点はないように思えるが(少なくとも俺の主観では)椰代と附さんが俺の知らない場所で会っている可能性はある。
たとえば、この前の空白の20分。
普段なら一番に部室にいるはずの椰代に電話をかけたら、椰代はどこかにいて、部室に来るまでに20分ほどかかった。
「この前、どこにおったんや?」
そこまで考え、俺は聞いてみた。
2人は俺の方を見た。会話が途切れたタイミングに声をかけたつもりだったが、投げかけるにはいきなりすぎたか。察しのいい椰代は質問の意図をすぐに理解してくれた。
「近くのカフェで三雲さんと会ってた」
「え!!」
俺より先に小田が驚きの声を上げた、驚いたのは俺も同じだった。
「三雲さんに会えたんか」
三雲さん。
この探偵サークルを作った張本人だ。
情緒が不安定な人で、会うたびに別人のような印象を受ける人だが、見た目と言動のかっこよさからか、小田なんかは懐いている。
三雲さんは何かの病気にかかっているらしい、とは椰代から聞いていた。最近大学内で姿を見かけなくなったので、入院しているのではないかと俺は考えている。話した回数も多くないので踏み込めないでいるが、俺が知ってる彼は、関わりを持ちたいと思えるような人間性をしている人物だ。
「元気そうでしたか?」
「元気だったよ、やっぱり記憶は途切れ途切れみたいだけど、気にしないようになったみたいだ」
予想していた答えとは違ったが、いい話ではあった。
「急に元気がなくなったので、心配してたんです」
「安心して大丈夫だと思うよ、そうそう、関ヶ咲」
椰代は俺の名を呼んだ。
「なんや」
「三雲さんは、あの人は普通の人よりも、生きている年月より空白が多い人間だと思うんだけど。昨日『空白は別のもので埋めることができる』と言っていたよ。あの人、たまに詩的なことを言うよね」
「それは、考え方によって受け取り方が変わるって話でしょうか?」
(…なんか、疲れたわ)
俺は会話を小田に任せ、温まるため、ではなく脳を癒すために冷えたコーヒーを煽った。
身近に圧倒的な人がいると焦りますね、か。
小田を見る。
同年代より童顔のそいつは、背伸びして椰代と会話しているように見える。振り払われないように踏ん張っているような必死さを、俺は心の奥で眩しく感じているのを自覚する。
(案外、すぐに慣れるもんやぞ)
考えて…わからなかった。
一晩、絵と睨めっこしてみたが何も思いつかなかった。
今日も今日とて、俺は図書館にいる。
3限の終わり、4限は何もないので軽く昼食を済ませた後に直行した。今日はかなり冷え込んでいて、朝、準備をし終えた後扉を開けて思わず後退し、もう一枚下に長袖を着込んだくらいの類を見ない寒さだ。12月に入ろうというのだから寒いのは当然と言えば当然だが、毎年経験してるはずなのに体が律儀にびっくりするのはなんでなんだろうか。人間は慣れる生き物で、環境適応能力により何億年も生きながらえ今に至っているのではなかったのか。ニュースを見ていると毎年最大寒波、みたいに煽っている気がするので、地球温暖化がどうとかで実際に年々地球の温度は下がっているのかもしれないな。
…思考が外に行っていた。ブルースクリーンになったパソコンのキーボードを押す。
「最近の椰代さん、椰代さんらしくないと思いませんか」
規則的なキーボード音の中、向かいに座る小田が話しかけてきた。
カタカタとキーボードを押して、丸い目を画面に滑らせている。
「そうか?あんなもんだろ」
図書館に先についていた小田がノートパソコンで執筆をしていたので、俺も座ってパソコンで進めている。アナログよりもデジタルの方が早い。小田は椰代と違い執拗に覗き見しないので、向かい合いならいいかと思い同席している。
恋愛小説の締切は来週だ、あと数日もすればゼミで発表しなければならない。そろそろ仕上げたかったので、場所を選ぶ余裕はない。
「例の画像のことですよ、いつもなら解説してくれる頃合いです。あの感じはもう、謎は解けているんでしょうし」
「話したくない時もあるんやないか?」
「そんなタイプですか?」
そんなタイプじゃないならどんなタイプなんだ、と聞くと「椰代さんはおしゃべり好きですから」と、目をパソコンに向けたまま返ってきた。
たしかに、あいつはそうかもしれない。あいつの話に付き合える奴がいれば、いくらでも話をしているのかも。
小田が椰代に気に入られてるのは、俺よりも椰代の話に真剣に向き合うからだろう、唸らされた気分になる。
「暇つぶしの遊び方が変わったんやないか?誰かが解くのを横で見たい。とか、いかにもやん」
「プロセスを楽しみたいってことですか?それなら、椰代さんらしいと思いますが」
そう言うものの、小田は納得いっていないようだ。かくいう俺もである。俺が納得していないのだから、誤魔化しも強度が低い。
「そうであれば、俺たちは試されているのかも」
パソコンを見つめていた向かいの目が、カラスの眼のようにきらりと光った。
タン、とキーボード音が鳴り、小田は立ち上がる。
こちらに開いた手を伸ばされ「何や」と言うと「出してください」と憮然とした態度で言われた。
「俄然解きたくなってきました。そのうち椰代さんが答えを言うだろうと思っていたんですが、椰代さんが俺たちの答えを待っているのであれば、応えなくては」
「見せるんはいいけどな、小説はいいんか」
「いま書き終わりました」
「あっそ」
俺はまだ起承転結の転なのだが、とは言わず、カバンから紙を取り出し机に並べる。
俺としても、小田が手伝ってくれるというのは願ってもない話だった。
一枚目 二枚目
大魚 小魚
﹅
逆音符 逆音符
「版画みたいですね」と、まず小田は呟いた。
小田は俺の席まで回り込んできて、同じ方向から絵を見ている。同じ感想だった。2人で眺めていると、前衛的な現代アート展覧会の中の一作品のような気がしなくもない。最近頭の片隅に常にいた、夢にまで出てきそうな絵と改めて向き合っている。
「椰代さんは順番はこれで合っていると言ってましたよね。つまり、左右が反転していたら答えにならない暗号ということです」
「そう言うとなぞなぞみたいやな」
左右が反転していたら答えにならない。
家でも考えてはいたのだが、どれだけ頭を働かせても何も掴むことはなかった。もう無理ではないかと諦めも湧いてきていたのだが、小田の脳は俺のものよりも期待できる。細い指を唇につける小田は、思考停止している俺よりも頭を動かしているようだった。
「2つの違いは、大きい違いとしては魚の大小でしょう。右より左の方が魚が大きいです。左には﹅はないけど、右にはある。2つの画像の大小の関係性が重要な気がします。不等号というのはどうでしょう。記号に直して…何か紙を持っていますか?」
俺はカバンから、使っていない白紙の原稿用紙を渡した。
小田は一枚目とニ枚目の間を開けて、一枚、裏返した原稿用紙を中間に置いた。その上に、サラサラと迷いなくペンを走らせる。
一枚目 二枚目
大魚 > 小魚
﹅
逆音符 = 逆音符
「なんやっけこれ、…小なりイコール?」
小学生が中学生に習っただろう初期の数学で見た記号だ。
小田はペンを紙から離し「そもそもなんですが」と言って俺を見た。
「これって、画像は何を表しているかっていう問題なんでしょうか?何か意味のある言葉にはなるんですよね?」
「あー、…多分な」
「だとすると、よくあるのは数字暗号ですかね」
数字暗号というのが具体的にどう言うものを指すのかは俺は詳しくないが、りくのコメントは暗号の答えは数字だった。同一人物が作った暗号なら解読方法が似通っている可能性はある。俺は何も言わずに小田の持つペン動きを見た。考えを巡らせるように緩やかに揺れるペンに合わせ、小田がぶつぶつと呟いている。
「小なりイコール、たしかプログラミングではLE (less than or equal to)。…戦争で使われた暗号と似た解き方ですが、Aを1、Zを26の数字対応に変換して、同じようにその数字を、1を〝あ〝、46を〝ん〝の対応に変換してみます」
「本当、よう知っとるな、頼むわ」
もう一枚渡した原稿用紙を小田はまた裏返し、ペンを走らせた。
「Lは12、Eは5 。日本語に戻すと、し、お」
「塩?」
「意味のある言葉になりましたけど、魚と音符に絡んでくるものでしょうし違いますね。あ、モールス信号でしょうか、12じゃ無くて1.2とか。モールス信号表ってネットに転がってますよね」
早く終わるわけがないと思っていたが、しらみつぶしに解読法を試すというのは時間がかかりそうだ、と思う。椰代の”簡単なパズル店という言葉が引っかかっていた俺は、少し迷ったが口を挟んだ。
「…そんなに込み入った暗号とは思えんけどな。もっと簡単な解き方やないか?」
「関ヶ咲は何か思いついたんですか?」
小田の言葉に首を振る。
「いや…、思ったのは違和感っていうかな。解く前にぱっと見、おかしいやん、この絵」
ただ否定するだけと言うのも情けないと思い、俺は思いついたことを言うことにした。
二枚の画像を見比べて浮かんでいた感覚、頭の中の違和感を言語化するのには時間がかかった。ずっと見ていたからおかしいと思ったのかもしれない。フォーマットとして受け入れれば気にならない程度のことだが、口にしてみた。
「普通に記号を解かせたいだけなら黒の背景に白抜きじゃなく、白の背景に黒文字でよかったやろ。なんのソフトで作ったんか知らんが、その分の手間をかけとる」
言いながら、有益なことを思いつけない自分の情けなさが襲ってきたが「言われてみればそうですね」と、思いの外俺の思いつき発言は真摯に受け止められたようだ。
小田はしばらく絵を見つめた後「そうか」と声を上げ、音符のマークをペンで指した。
「反転を示唆してるんですよ、これ。音符が逆なのは、記号を左右反転するんじゃないですか?魚はどちらが前だって似たようなものですし、魚もおそらく反転しているんでしょう」
小田は床に置いていた自身のカバンに手を入れた。起き上がった時には、手に幅10センチくらいの手鏡を持っていた。
「え、何で鏡持ってるん」
髪型が気になる年頃か?
「後ろ手に書いたダイニングメッセージは鏡文字になるので、鏡があると検証しやすいんです。小説を読んでいて不意に出てくる時に便利ですよ」
「今時あんま、ダイニングメッセージとか出てこんやろ…」
出てこないとも言い切れないが、もはや古典の部類だろう。他にどんなものがカバンに入っているか多少は気になったが、鏡を文字の横に立てかけ、反転した記号を2人で見ることに集中する。
「くニ。まぁ、鏡で見るまでもなかったですね」
「そやな、くにって言う魚はおるんか?」
小田は鏡を机に置いて、ポケットから取り出したスマホで調べ始めた。
「残念ですが、ないです。別の解き方を考えますか」
「そうか。考えんといけんのは、その点﹅をどう絡めるかやろうな」
「﹅ですか…」
たいした落胆もなかったが、やっぱりこうやってしらみ潰しに解いていくしかないらしい。椰代にせめてヒントを乞えばよかったか。この調子ではいつ解けるのか、と考えてしまう俺は謎解きに向いてないとしみじみ思う。
ともあれ、左右反転は確実なのではないかと思えた。2枚の差を記号で表すのも、間違った考えとまでは思えない。もっとシンプルに、…何かが足りないんじゃないか?
じっと3枚を見ていると薄めのそれは、裏の原稿用紙が透けていると気づく。そのマス目の空白に目が行く…。
空白。
『空白は、別のもので埋めることができると言っていたよ』
(まさか、あれがヒントか?)
三雲さんの話をする前に、椰代は「関が咲」と前置きした。なぜ俺の名前を呼ぶのかと違和感があったが(その場には小田もいて、小田のほうが三雲さんに懐いているのだ)俺にヒントを伝えるためだったんじゃないか。
椰代はこの絵を、簡単なパズルとも言っていた。
なければ埋める。パズル。
「﹅も真ん中に書いていいんやないか」
スマホをポケットにしまい、真ん中の原稿用紙を外そうとした小田を止める。
「真ん中ですか?」
「俺が書く」
一枚目 二枚目
大魚 > 小魚
﹅ ﹅
逆音符 = 逆音符
>を大きくすると﹅と繋がり、マに見える。
「マ=、スライドしただけですけど、文字にはなりますね」
椰代が稚拙だと表現した暗号だ、このくらいの難易度ででちょうどいいように思える。
「鏡置いてくれ」
小田は俺に従う形で鏡を立て、文字を反転した。
反転した文字は、上の字は角度を変えるとムのように見えなくもない、上がムだとすると、下は、ニか?
「ムニ?」
「萌えキャラの語尾みたいですね」
「やめろやっ。ムニっていう魚、聞いたことあるか?」
「俺は魚のムニエルくらいしか思いつきませんが」
「俺もや」
小田が再びスマホを取り出したので、俺が代わりに立てかけた鏡を支える。
「ムニって魚は…ないですね、楽譜記号でクニもムニも聞いたことないですし、やっぱり不等号じゃないのでは?」
心なしか残念そうな小田の声。
「…いや、待ってくれ」
俺は先ほどから導き出される文字が2文字であることが重要な気がしていた。
答えの想像がつき始めているからだ、椰代の言葉とも繋がる、椰代と俺が知っている答えとなり得る文字。
(答えからの逆算…)
「音読みでりく、の魚はおるんか?」
間違いであってくれ、と言う気持ちだった。
あのコメント暗号を知らない小田は不思議そうな顔をして、スマホに目を落とし、画面を扱う。
「えーと、少しは自分で調べてくださいよ。…あ、いますよ」
スマホが俺に向けられる。漢字の音読み訓読み、成り立ちなどが集められた漢字特化のサイトだ。
「鯥ですね、訓読みでムツって読むみたいです。音符から音読みと捉えるのはいいと思いますが、なぜ答えがりくなんで、あっ待ってください。鏡に映して文字をムと読もうとすると、=が縦になって英数字のIIに見えませんか?ツーと読むこともできますよね」
小田は話途中に声を上げた。
俺が支えている鏡を見て=を指差す。
「無理矢理感はありますが繋がります、ですが、りくが答えなんですか?なんですか、りくって。陸?」
「小田、なんかいつもみたいにうんちくを聞かせてくれ」
「え?」
「落ち着きたい」
小田は俺の要望に素早く応えてくれた。
「鏡が左右反転するのに上下反転しない理由は解明されていないらしいですよ」
「え、まじ?」
確定だ。
犯人は附さんだ。
タッチのアカウントを新しく作り(林の話では附さんは本名でも登録していたらしい)俺のブログのコメントに暗号を書き込み、その名前を認識させるような二つ目の暗号を林経由で俺に届けた。附さんは俺と林がそこそこつるんでることを知っている、林に送れば、俺に相談を持ちかけるのは時間の問題だと考えた可能性は高い。
附さんが俺のブログをいつ知ったのかは知らないが、想像する流れは間違いないと思える。
(林やなく、俺に言いたいことがあるんか)
椰代が俺に解かせたがっているのも、そのためだと考えたらしっくりくる。
暖かい屋内で、ぞわり、と背筋を何かが伝う感覚がする。肌寒い。これは悪寒だ。林の気持ちが身に染みて分かってきた、もっと優しくしてやるべきだったな。こんなふうに遠回しのメッセージは不気味だ。手が込みようが尋常じゃないから、怨念に似た思いまで感じる。
「なぜ、りくなんでしょう…」
小田は横に座り、ぶつぶつと言っている。答えはこれで合ってる、ありがとうと伝えてから、不本意そうに3枚の紙を眺めて、机に頬杖をつく姿は実年齢より幼く見える。
(附さんは何がしたいんや…?)
今の時点では附さんが何がしたいか分からない、タッチに俺を誘導しているとして、どうしたいのか、どうして欲しいのか。
遠回しにアピールをせずに、直接言って欲しいとすら思う。
真意を推測するにも、俺は彼女について何も知らないわけで。
「小田、附さんに詳しいか?附さんがどんな人なのか、なんていうか、性格は知ってるか?」
小田はこれが附さんからの暗号だとは知るわけもない。
こっちを向いた童顔が「はぁ」と言い、なぜか合点がいったように頷いた。
「ついに応える気になったんですか?」
小田の言葉に、今度は俺は首を傾げた。
「?俺が?何に」
「何にって、なにとぼけてるんです。どう考えても附さんは関ヶ咲に気があるでしょう。さっきの附さんの反応だって、関ヶ咲に髪型を褒められたから恥ずかしくて去って行ったんでしょう?鈍感ですか?」
は?
俺は、小田が似合わない冗談を言ったと思った。ただでさえジョークが似合わない表情筋をしているのだから無理をしないでいいと言うのに、タイミングも不謹慎なやつだ。
「俺も最近の怒涛のラブストーリーの摂取によって見解が深まったので、おそらく間違いないと思いますが」
「いや、付け焼き刃にも程があるやろ」
「羨ましいです」
小田はふ、と顔を上げた。
パラパラと窓に叩きつけ始めたヒョウの音に気を取られているように見えたが、横顔に謎の哀愁があった。
「お前、まさか本当に附さんのこと」
「そのまま小説の題材にできるじゃないですか。わざわざモデルを探す必要もなくて手っ取り早いです」
「…お前はそう言うやつや、安心したわ」
笑いどころか?こいつのこういう所って天然でやってるんだろうか。
俺は息をつき、閉じていたパソコンを開いた。
「ありえんな、附さんが俺を好きになるなんて、馬鹿げてると言ってもいい」
「そこまで言い切りますか」
「言い切れるんだよ、…嫌いだとは、思ってるかもしれんけどな」
「?飛躍でしょう、それは」
「……」
「附さんと何かあったんですか?」
(アクロイド殺し)
推理小説がフェアであるかどうかの基準として、ノックスの十戒という、いわゆる推理小説のルールを持ち込まれることが多い。それは読者が推理小説を解決編の前に解読することが可能かどうか、というフェア性を定めている。
探偵方法に超自然能力を用いてはならない。や、探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。など、調べてみると面白いルールが出てくる。
アガサクリスティの”アクロイド殺し”は、いわゆる語り手が犯人である推理小説だ。もう何十年前の小説であるので、ネタバレだとしても問題ないだろう。
犯人の独白と言う形で物語が進行するその性質上、文章は明確な答えをあえて避けた文章表現となっている。推理小説ファンの間ではノックスの十戒を持ち出し、フェアではないのではないか?という論争が起こったと言うのは有名な話だ。
椰代がどこまで分かっていて言ったのか知らないが、俺は附さんとの間のことで明かしていない事実はある、関係性は嘘偽りなく無いに等しいが、一つの接点はある。
いや、別にわざとボカしていたつもりはないんだが、6ヶ月近く前の話になるので関係がないことだと思っていた。
パラ、パラ。
まどに叩きつけられるヒョウの音に、記憶が引き摺り出される感覚がする。
6月の話だ。
初回ゼミの講評会にて(驚いたんだが、ゼミ初回では何でもいいから生徒間で作品を見せ合いましょう、と担当教授が言い始めた、テーマは自由だったので作品の持ち合わせはあったが、この教授は面倒かもしれないと思った。)30000文字程度の短編小説に限定して、印刷したそれぞれの小説を回し読みをすると言うことがあった。時間は限りがあるので5人程度の人数ずつに班で固まり、その中で感想を交わすようになっていた。
同じテーブルについた1人が附さんだった。
俺はこの時が、彼女との初対面だった。ゼミの初回ということもあったが、俺以外はある程度の交流はやはりあるらしく、肩身の狭い思いをしながらも回ってきた彼女の小説に目を通した。
彼女は今時めづらしい原稿用紙に執筆するタイプだった(彼女の作品に感銘を受けた人間は、原稿用紙に書いてある文字という良さに気づくだろう、俺は諦めたが、次の講評会では何人かに増えているかもしれない)
文章の上手さにより世界観に入り込みやすく面白いのだが、誰がどう見てもバッドエンドだった。主人公は男に愛されず諦めてしまう。主人公の母親と父親も、読んでいるとどうやら愛情は薄いらしいとは読み取れた(主人公(娘)に対する非積極的な態度、家庭での会話のない光景などから)その一点に関して俺は、母親と主人公の人生が連鎖していると思った。「母親と同じように愛されない男を選ぶのは、血なのか知らんけど連鎖をしているようでいい選択だとは思えない。もっと自分の人生を大切にする行動を取れれば主人公は幸せになれたかもしれない」的なことを言った。
「…連鎖ね」
どんな反応をされるか不安になったが、彼女は俺を見て「誤解しないで」と変わらない無表情でそう言った。
「興味深い感想だと思う、世代間連鎖についての指摘だと思うんだけれど、私の作品に、そんなに考えを示してくれた人は初めてだったから」
「あ、いや、どうも」
附さんは小説の情緒あふれる文とは真逆の無表情で、俺の感想は「世代間連鎖」のことを指しているのだと端的にまとめられた。硬い言い方をすればそれで言い表せるため、俺はうなづいてそれ以上は返さなかった。
まあ、変な返答だと思った。彼女は俺の感想に対して、そんなに考えを示してくれた人は初めてだと言った。だが、俺の前に、同年代の鮮烈な才能に当てられたのか、作品の解釈を熱弁する男子生徒はいたし、熱量で言えばその男子生徒の感想の方がよほど自身の考えを示していると思えた。
その日は午後から急に雨が降った。
午後の授業を全て終え、家に帰ろうと棟を出た矢先のことだ。梅雨の時期は急に雨になったり、一日中降り続けたりするので驚きはしなかったが、朝の快晴に油断していた俺は傘を忘れていた。最初は小雨だったから走ればいいかと軽く考え、大学を横切るように走っているとだんだん雨足が強くなっていった。感触まで感じるような強い雨粒に「これはまずい」と感じ、一番近くの図書館に緊急避難した。
雨に打たれたのは少しの時間だったのに、肌に張り付くほど水を吸ってしまった服を乾かそうと足掻いたが、すぐに無駄だと悟った。パラパラと、止む気配のない空を見上げていると入り口の扉が開き、中から見た顔が出てきた。
「…こんちは」
「こんにちは…」
図書館の入り口は軒先があり、同じく雨宿りをするはめになったのが附さんだった。
彼女は図書館で本を返した後だったらしく、出られなくて俺の横で立ち止まった。
「素敵な導入じゃないですか。男女2人で予定外の雨宿り、まるで恋愛小説のようですね」
小田は俺の話の途中で、からかいなのか判別しづらい相槌をしてきた。
恋愛小説ばかり読んで頭がピンク色になっているんじゃないか、それが小田にとっていい変化なのか、俺には判断できない。
「言っとくけどな、これはハプニングが起こる話や。いや、俺は悪いんかもしれんけどな、運が一番悪かった」
「恋愛におけるハプニングは吊り橋効果を生むと言いますし、むしろ運がいいのでは?」
「アホか…」
俺は心なしかウキウキしているような小田の期待を裏切るべく、巻き気味で話を再開した。
附さんがどこを見てたかは知らないが、俺は雨により増水する池を眺めていた。特に俺たちの間に会話はなかった。雨音が空間に響いているのもあったかもしれないが、単に話題が無かった。知り合ったのはその日の午前の話だし、お互いアクティブなタイプでもないしな。
時間が溶けるような異世界じみた微妙な空気は、パシャパシャと飛沫をあげアスファルトを乱暴に弾く音に現実に戻された。
10m先の道を傘をさした河原教授が通りがかったのだ。
その導線には駐車場しかないから、本校舎から出て帰るところだったんだろう。
俺は目をつけられると面倒だと思い隠れようとして、教授から死角になるように入り口の端に寄った。小田も知ってるだろ?入り口の端には屋根の雨水を伝う配管があって、体がそれを歪めてしまったのが感触で分かった。慌てて後ろに後退した俺は、跳ね返ってきた大量の雨水を、附さんと共に浴びた。
「え?」
話の流れを止めるように、素っ頓狂な声が上がった。
「だから言ったやろ、、運が悪い話やって」
小田が何を期待してたのかは知らないが、この話に愛や恋など歯の浮くような甘い何かは一切ない。俺が、彼女に対してしてしまった罪の告白でしかないのだ。
「附さんの持つ鞄は口が開いてて、中心で止めるタイプのやつやった。一瞬放心したようやったけど、慌ててカバンを漁り始めてな」
雨水が溜まっていた分、襲いかかる水の量はかなりのものだった。俺はすでに濡れていたから大して問題はなかったが、附さんの腹の辺りに飛びかかっていく水を防げるわけもなかった。
「取り出された原稿用紙は水でびちょびちょになって、俺の前で真ん中で真っ二つに破れてたわ」
それは、朝見た小説の原稿用紙だった。
ここまで言えば小田も自分の傾聴姿勢が誤りだったと理解したらしい。
非難の色に変わった目が俺を見る。
「アナログの原稿用紙にはバックアップなんて便利な機能はないんですよ」
「…分かっとるわ、自分がしたことの意味くらい」
附さんが雑誌の賞に応募したのは、あの日より前の話だったんだろうか。
ボールペンならまだマシだったろうが、文字の滲み方から万年筆で書いていたんだろう。後だったとすると、滲んだ読みにくいそれを応募するために書き起こしたのか。もうしそうなら、その分の無駄な労力は俺が生み出したものだ。
「とんでもないことをしたと思って、その場で平謝りしたわ。附さんは「大丈夫」って言ってくれて、あれからなんも言って来んかったし、もう気にしてないかと思ってたんやけど」
「気にしてるかどうかなんて、本人じゃないと分からないと思いますよ」
「……」
「自分に置き換えて考えれば小説のデータが入ってるパソコンを水没させられる、みたいなものですし、結構きついと思いますね。それじゃあ、附さんが関ヶ咲をチラチラと見ていたのは恋愛感情ではなく…恨み?女性は情が深いと言いますから」
「…恐ろしいこと言うな」
「いえ冗談ですよ。流石に5ヶ月も経てば、附さんも気にしてないんじゃないですか?」
「いつも言ってるけどな、小田。冗談を言う時は冗談っぽく言え」
言い終えると、周りから目線を感じた。目線をやると図書館にいる生徒がこちらを見ているのが分かった。
図書館で喋りすぎたか。
小田と目が合い、それが会話終了の合図となった。小田は深掘りすることでもないと判断したのかすんなりと、パソコンを開き推敲を始めた。
俺は机の上の紙をカバンに入れ込み、頬杖をついた、思考の隅で附さんの顔が浮かぶ。
附さんがじっとこちらを見る顔だ。
背筋に冷たいものが走るのは、冬の寒さのせいじゃない。
窓に振り付けていたヒョウはいつの間にか止んでいた。何も変化のないキャンバスを映す窓を見る。
暗号の自作なんかしても、附さんに利益はない。彼女が恋愛小説に飽きて推理小説を書く足掛かりとしての取り組みだとしても、俺にターゲットを絞る理由が不可解だ。
俺と彼女の接点はあれ以外ない。白紙だ。
附さんが俺に言いたいことがあるなら、あの日の不幸な出来事が今回の暗号のきっかけになり得る。
あの暗号たちに意味があるとしたら、
(…仕返しの可能性は…ある)
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