第4話

「…真冬?」


 優太が振り返った先に真冬の姿はなかった。誰もいないいつもの祖母の部屋の風景。しかし、真冬のいた辺りに一冊の本が落ちていた。赤い表紙の古びた本。


 優太は思い当たる事があり、肩を顰めてため息を吐いた。


「まさか、またばあちゃんの魔法いたずらか…?」



 優太は落ちている本を拾い上げて開いた。


 優太は魔法を知っていた。この世界で唯一祖母の秘密を知っている。きっかけはたまたま祖母が魔法を使って料理している場面を見たことだった。


 花子は普段認識阻害の結界魔法——魔法を使っていてもまるで呼吸と同じ様に当然の事として意識されない魔法——を使ってから、魔法を使うようにしていた。毎日を楽しく過ごすため料理のときは調味料や食器を宙に浮かべて、まるで舞踏会の様に踊らせていた。


 ある日そこに小学一年生になった優太がやって来て、花子に尋ねた。


「ばあちゃん、なんで食器が浮いているの?」


 優太は魔法の才があり、認識阻害の魔法を自然と打ち消していたらしい。それから優太は花子に魔法を習い出した。だから、祖母の魔法の事はよく知っていた。



 優太は真冬が消えた代わりに床に落ちていた本を読み進めながら、そんな花子との魔法の日々を思い出してひとりごちる。



「昔やってもらったっけ。物語の世界に入る魔法。あの時は確かなんかの冒険譚だったかな。真冬のは……ばあちゃんのお手製物語か。ははっ、『猫と犬が対立している世界』だって」



 物語の内容は次のようだった。


 元々自由が好きな猫人たちの国に、犬人達がやってきて、国の中心にまたたびの匂いに似た香りを出す木〈またたびもどきの木〉を持って来て、猫達をふにゃふにゃにして、国を乗っ取ってしまった。猫達は犬から逃げつつも国を取り返すべく立ち上がる。

 またたびの好きじゃない猫のゴロニャは、あるとき〈フルールの魔女〉と出会い、二人は恋に落ち、犬のドーベンの妨害を受けながらも、二人で国を取り返すべく奮闘する。

 ゴロニャと〈フルールの魔女〉は、〈またたびもどきの木〉が花を咲かせると枯れる事を突き止め、〈フルールの魔女〉の魔法で二人はその木を枯らせる事に成功するのだった。



 優太は物語をなぞって笑った。


「ははっ、ばあちゃんらしい話だな。でも……」


 優太は戸惑いを浮かべながら頭をワシャワシャとかいた。


「……真冬が恋に落ちるってのはどうだろうな?」


 それから少し悩んで、一人で決心した。


「よし、オレも行こう。でも、その前にどんな設計になっているか念の為見ておくか。ばあちゃんのことだ。どんなイタズラがあるか分からない」


 パラパラと本を読み進める。優太の目には、普通の人には見えない魔法の設計書が、独特な文字列として空間に浮かんで見えていた。


 

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