第3話 囚人の私

 私はドーベルマンと目があったのでこっそりと扉を閉めました。


「やっば……。見つかったかな?うぅ…怖い」



 こそっとドアから離れて窓際の壁に寄りかかって、来ないことを祈っていましたが、ドーベルマンは階段を登り、私の部屋にやって来ました。



 ドーベルマンは慎重に扉を開いて、部屋の中を窺い見ました。そして、部屋に私一人しか居ないことを確認すると中に入ってきたのです。



 紳士服にハットを被り、杖を持ったドーベルマンが帽子を少し上げます。


 背筋がピンっとしていて、表面は優しそうな笑顔を貼り付けているけれど、心が全く笑っていないことが分かる笑顔でした。そして、軍隊経験者などの持つ、あの修羅場を潜って来た人特有の、変に人を怖がらせる威圧感を備えていました。


 私は目があった瞬間に、背筋がぶるっと凍る様な思いがしました。


 ドーベルマンが凍てつく笑顔でドアの辺りに立ち、窓際の私に声をかけて来ました。



「ご機嫌よう、マドモアゼル」


「ご、ごきげんよう?」


 私の挙動をみて、ドーベルマンが片目だけ大きくした。怪しいと思ったのでしょう。



「私はこの国の警察官ドーベン。以後お見知りおきを、マドモアゼル」


「はぁ…」


「ところで、ここらへんに猫が逃げたと聞いて捜査に来たところでね。君、名前は?」


「あ…秋後真冬です」



 ドーベンが眉に皺を寄せた。今のどこに怪しいところがあったのかな、と私は少し疑問に思いました。



「アキシロ…マフユ…?随分と長いな。それにあまり見たことの無い種族だ。君はどこから来たのかな?」


「えーっとー…」


 私は頬を掻いて、思わず目を泳がせました。名前を答えただけで違和感抱かれるのに、こんな質問なんて答えればいいのー!と内心叫びたくなったのです。


 「異世界から来ました」なんて言ったらきっと頭がおかしいとか思われるよね。警察だっていうし、あまり突飛なことは言わない方がいいかな。そう判断しました。

 私はしどろもどろになりながらも答えました。



「す、少し遠いところからです」


「遠いところ?どこだね?」


「日本ってとこです…」


「ニホン?聞いたことがないな」



 そう言い終えた瞬間、ドーベンが杖の隠し剣を抜いて、こちらに構えました。私はびっくりして硬直しながら、木箱を抱えていない方の手を挙げました。



「あまりふざけたことを抜かしていると斬るぞ。こちらにはその権限がある。さぁ、答えろ。どこから来た?猫を隠そうとしたってそうはいかんぞ」


 ドーベンは、剣先でさっきゴロニャが集めたガラス片を指しました。


 あちゃー。普通に考えて窓が割れてガラス片が散っている部屋なんて怪し過ぎるよね……。


 私は焦りながらも必死で弁明します。



「ほ、本当に日本というところから来たんです。気付いたらこの部屋にいて、さっき猫人?人猫って言うんですかね?猫みたいな人がこの部屋に飛び込んできて…」


「ほぅ。それで?」


「私のこの木箱を跳ね飛ばしたから帰ってもらいました」


「なんと言われた?」


「えっ?なんでしょう?何か頼もうとしていたみたいでしたけど、覚えていません。私、頭がかーっとなっていたから…」


「では、貴様のいた所についてもう少し話してみろ。作り話のようであれば、貴様を猫との共謀罪で牢屋にぶち込む」


「えっ?!なんだろ……。あっ、私の街の猫や犬って、喋らないし、貴方たちのような"人"はいなくて、結構今びっくりしているんです。だから、多分異世界なんだろうなぁーって思っていたんですけど」


「…異世界?」


「えっ、あっはい。でも、それが本当かは分かりませんよ?もしかしたら、私の知らないだけなんですかね。でも、教科書には載ったなかったからなぁ。逆にアメリカとかロシアだったら知っていたりします?」


「知らん」


「ですよねー…。どう説明しようかな。あっ、そうそう。とにかく犬とか猫とかって、私たちの街ではペットなので、言葉は喋らないし、首輪をつけて散歩したり、餌も私たちが用意したり。だから、きっとここは異世界なんだって思っているんですけど……」


「なに…?」


 

 ドーベンはこめかみをピクリとさせ、ワナワナ震え出して、怒りを露わにしました。血走る目で睨み付けられながら、私は冷や汗を垂らして首を傾げました。


「わ、私何かやっちゃいけないことをやっちゃいました?」



「首輪…?餌…?」


「えっ?はい…」



ドーベルマンが怒声をあげた。


「貴様らの国は、我らの仲間にそんな非道なことをしているのか!」



 私はビクッとした。


「ええっ?!」


 私は驚きの感情をそのまま声に出してから、首をブンブンと振りながら取り繕おうとしました。




「お、落ち着いてください!いや、その、いや待ってください。なんか多分誤解しています!そうじゃないんです!なんというか…ちょっと違うというか…」



「何が違う事がある!さっき首輪や餌やりと言っていたろう!違うと言うか!?」



「あっ、首輪とかはたしかにしているんですけど…」



「この人でなしめ!逮捕だ!死刑に処する!!」



 私は思わず叫びました。


「えぇーーーっ?!なんでそうなるのーー!」



 異世界ってもっとこうワクワクして、もっと驚きと楽しさに満ちた日々がやってくるんじゃないの?!


 こうして私は異世界で逮捕され、手錠をかけられました。



 うぅう。悲しい。


 私の初めての"異世界見学"は、ドーベンに連れられ歩くときという苦い結果になってしまいました。


 この世界の建物は木造三階建てが多いけれど、塗装がされていて一見するとイタリアの海岸の街みたい。道路は芝に線路がひかれていて、ひっきりなしにトロッコが行き交っていた。



 本当だったら、そんな非日常風景を楽しんで歩くものなのでは…と思いながら、私はトボトボとドーベンの後を歩くのでした。

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