第2話 まさかまさかの異世界

 「きゃっ」



 そう言って私は光に包まれて、気がつくと別の部屋に移動していた。



「どこ?ここ……」



 私は困惑しながら部屋の中を見回した。


 白地の木製の壁に、六畳程度の茶色い床。アパートの一室みたいに、一つだけ窓があって、反対側には扉。窓からは暖かな陽射しが差し込んでいて、電気がなくてもとても明るい。床には何か魔法陣みたいな模様があった。


 その後で手に持つ木箱に気付いて、中を見ると、白い折れた木の枝みたいなものが絹の布に包まれていた。


「なんだろう、これ?」


 そして、布と枝の隙間に手紙を見つけた。B5サイズの紙を半分に折った手紙を開いて読んでみる。



『貴方ならきっとこの木箱を取ると思ったわ。貴方は私に似ているから。これは魔法の杖よ、まーちゃん。貴方はきっとこの世界で素敵なことにたくさん出会う。その助けとして、貴方にこれを託すわ』



「花子おばあちゃん……」



 手紙の字は花子おばあちゃんのものだった。丸メガネに白髪のパーマのおばあちゃんの姿が思い浮かんで、私はまた涙ぐんだ。


 手紙には続きがあった。



『P.S.

私は〈フルールの魔女〉と呼ばれていたの。きっと貴方もそう呼ばれるわ。それと、私たちの魔法は全てを花に変える魔法なの。きっと喜ぶと思うわ』



「どういう意味だろう…?」


 

 私は首を傾げた。


 と、そのとき。



 窓ガラスを破って外から何かが入ってきて、床をゴロゴロ転がって行った。「きゃっ」と私は悲鳴を上げて壁際に逃げた。



 窓から来た何かは、部屋の中央まで転がると、「いてて」と言いながら立ち上がった。後ろ姿は普通の男性。



 だけど、お尻に尻尾があった。それに振り返った顔には猫のように長いヒゲが生えて、猫耳が頭に生えていた。口もどこか猫っぽい。なんかそんな高校生くらいの幼さ残る猫顔っぽい男の子だった。


 人魚ならぬ人猫。

 そんな表現が思い浮かびました。魚人というと人型の魚って感じだけど、人魚だと人の体に一部魚のパーツがある感じ。彼も人の体に猫のパーツがある感じです。


 服は上裸にマントを羽織り、大工さんのニッカポッカみたいなものを履いたので、私は咄嗟に顔を背けたあとで赤らめて、


「ちゃんと服を着てください!」


 と叫びました。彼が首を傾げてから、ニコリと笑う。



「服はもう着てるにゃ!ところで、オレ様はゴロニャ。君が〈フルールの魔女〉だろ?オババの予言通りだ。ここが魔女の隠し部屋。しかし、何もないにゃ」



 ひと語も喋るんだ……!と私が唖然としていると、ひとしきり部屋を見回した彼が私にズカズカと近づいてきて、私の手の木箱を払い除けて、代わりに私の手を握った。


 ガシャンと音を立てて、花子おばあちゃんの木箱が落ちた。はずみで、おばあちゃんの手紙や魔法の杖が床にちらばった。



「あっ」


 咄嗟のことに対応出来ず木箱を目で追い、立ち尽くすだけの私に、ゴロニャが微笑みかける。



「魔女に頼みがあるんだ。ここは元々オレら猫たちの国だったのだが、卑怯な手で犬たちに奪われてしまったのにゃ。だから、協力して欲しいんだ!」



 私は呆然としたまま、床のおばあちゃんの手紙を見つめた。そして、ボソリと呟いた。



「……いやです」

「へっ?」


「いやです!離してください」


 そう言って私は彼の手を払って、しゃがんで床に散らばったおばあちゃんの手紙とかを拾い集め始めた。ゴロニャは困惑した表情で固まり、私を見下ろす。


 そして、床に散らばったおばあちゃんの物を拾い集め終わると、しゃがんだまま彼を睨みつけた。彼はドキリとしたようで、苦笑いを浮かべた。私は彼に告げる。



「これは私の大切な物なんです。だから、貴方のように大切にしてくれない人には協力できません」


「えぇー…。そんなことがあるのかにゃあ?オババの予言と違うにゃ…。それに、普通こういうときは協力してくれるものじゃないのかな…?この後、オレ達猫のアジトを見せてやろうと思っていたんだけど…」


 ゴロニャが私の気を引こうとして、私をチラリと見た。私は顔を背けてそれを拒絶する。



「無理です。また日を改めてください」


「えぇー…。なら、いつならいいのにゃ?」


「そのうち…です。特に日付は指定しません。どれくらいでこの怒りが収まるか分からないし」


「そっ…そうか…にゃ。どうしても?」


「どうしてもです」


「じゃあ、日を改めるにゃ。なんかおかしいにゃ。てっきりオババの予言だと協力してくれるって話だったんだけどにゃ…」


 ゴロニャが困った顔をして頭をかいた。私は怒った顔のまま言葉を返す。



「予言なんてそんなものですよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦です」


「ハッケ?」


「こっちの予言のことです」


「そうか…。じゃあ、またにゃ」


「はい。あっ、待ってください!この窓のガラス片、ちゃんと掃除してから帰ってください!ここ私の部屋じゃないので」


「は、はい。にゃー……」


 猫人は尻尾で器用にガラス片を部屋の隅にまとめると、肩を落としてトボトボとドアから出て行った。扉が閉まるのを見届けてなら私はため息を吐いた。



「ふーっ。本当に無礼な人。あっ、人じゃなくて猫かな?どっちだろう。それにドアじゃなくて窓から入ってくるし、木箱も落とされるし…。なんなの、もう。異世界ってそんな人ばかりなのかな?なんか思っていたのと違うかも」



 それから私は重要なことに気付いて、あ、わわと慌てた。





「あっ。まずい。私、異世界にいるのか。ゴロニャにこの世界のこと聞かなくちゃいけなかった!」




 私は木箱を抱えたまま走ってドアまで向かい、ゆっくりと扉を開けながら、ドアの周辺に人影がないか窺った。


 この世界で"人"は珍しいかもしれないから、見つかると騒ぎになるかもしれないと少し心配になったのです。


 でも、そこには踊り場と階段があるだけ。踊り場の先には短い廊下のような物があって、その先に扉がありました。


 お目当てのゴロニャの姿は残念ながらありません。私はため息を吐きました。



「どうしよう…」



 そのとき、階段の先にあるドアが開きました。それとダンディな声が聞こえてきました。



「この部屋に猫が飛び込んだのですね?わかりました。通報感謝しますよ」




 そこに現れたのは……犬人!

 英国紳士風の服を着たドーベルマンが人の形になった人でした。犬人がすぐにこちらに気付き、目を細めました。私は小さく悲鳴をあげた。




 結果、私は逮捕されました。




 こうして、私の異世界珍道中が始まったのでした。

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