第21話 一石二鳥で追加タスク
最近は、皇家に誰かが来ることが多くなった。
ウルが来る前までは特定の人物以外は誰も来なかったというのに、不思議なものだ。
しんとしたリビングや自室しか、志真は知らない。家に自分以外の声がするということに、未だに違和感を覚えてしまうのだった。
「すごい……すごい……! 皇博士の直筆文字が……こんなにたくさん。うわあっ、なんて書いてあるかわからない……! 本当にわからない……! さ、最高だっ!」
父親の資料を見て大興奮している瀬那を遠目に見つつ、志真は椅子に座ったまま自身の通信端末をいじり続けた。
「お馴染み」となってしまった父親の客間には、志真、羽鳥、テンマと、今回のゲストでありメインの瀬那がいた。
「羽鳥に鬼のように連絡とってるみたいだけど、もう勘弁してあげてよ。立体光開発初期の資料見せるからさ。こういうの見るの好きでしょ?」
「はい好きです! えへへ、こういうレアな資料はなおさら……。……あのでも、この資料を見たら、羽鳥さんみたいに立体光の不具合が見えるようになるんですか?」
「羽鳥はなったけど、サンプル数がイチじゃね……なるかもしれないし、ならないかもしれない。とりあえず家電もかけてこないでね。普通に怖いから」
次電話してきたら問答無用で端末を破壊するから。ウルが。
……そんな脅しは口にはしないが、一応”最終手段の前段階”として呼び出してはいる。
「あと、僕の素性とかも外に出すのやめてね。家とか父親とか、自分の実力以外のことで騒がれても嬉しくないし」
「はい! もちろんわかってます。スカイバイクレーサーはみんなそうですよね」
「この資料のことも口外禁止。不具合が見えるようになる・ならないの結果も言わないで。全部心の中にしまって墓場まで行ってね」
おそらく不具合が見れるようにはならないだろうが、絶対にならないという確証もないのでふわっとした発言になってしまう。
羽鳥はこの資料を見たから”見れる”ようになったわけではない、……はずだ。
見れるようになったきっかけはわかっていない。なので僅かな確率ではあるが「資料を見たから”見れる”ようになった」という説はまぁ、ワンチャンありえてしまうのだ。
「資料だけじゃ”見えない”と思うけど」
羽鳥がぼそりと呟く。志真もわかっている。
今回の目的は「瀬那に気持ちよく帰ってもらうこと」だ。見える・見えない問題はどうでもいい。
詐欺か何かに相手をはめようとしているかのような気持ち悪さはあるが、今回はこれで勘弁してもらいたい。
瀬那は熱心に資料を見つつ、「読めない……読めない……」と嬉しそうにつぶやき続けている。よし、上手くいっている。これならば不満なく帰ってくれるはずだ、と志真は思う。
「ていうか、瀬那さんって、社会人だったんすね。運営陣の素性は知らなかったんで、ちょっと意外というか……」
「あ、学生だと思ってましたか? ポンコツな運営なので、年下に見られがちなんですよね~」
「いやいや、そんなことはないっすけど……。っていうか、社会人とはいえ俺らとそこまで歳は違わないと思いますけどね」
瀬那の素性がわからなかったため、志真は学校が終わる時間を見計らって瀬那を呼び出した。その時刻ならば確実に呼び出せると思ったからだ。
すると瀬那は外に出るとは思えない「部屋着」で現れたため、三人は驚いたのだ。
ただラフな格好で来た、というわけではない。朝から晩までその部屋着で過ごしていなければ「そうはならない年季」を感じさせるスウェット姿に、志真は自分と同類だと思わずにはいられなかった。
ほうら見ろ。人類誰もがオシャレをしたいわけではないのだ。すすんでダサい格好でいたいわけではないが、着るものに無頓着で何が悪い。
志真が仲間認定をしようとした矢先、テンマはそのスウェットが高級ブランドの限定品であることを言い当てたため、志真はやはり孤独を感じてしまうのだった。
続いて羽鳥が「そのブランドは成人じゃないと会計が出来ない」と説明をしたため、瀬那が成人且つ、結構稼いでいる類であることがわかってしまった。
「僕と同じだと思ってたのに……」
「歳なんて関係ないですよぉ……。それに大人になった途端に周りの人間がぞんざいに扱ってくるんですから。若いほうがいいに決まってます」
嚙み合っていない会話が更に虚しい。
瀬那は分厚い資料をぱたんと閉じ、満足げな表情を志真へと向けた。
「資料、ありがとうございました。まさかこんな素晴らしいものを見れるなんて思ってませんでした……ふふ。本当に最高です……」
資料を受け取った志真は「わかってるよね?」と念を押す。
ただの親切心で瀬那に資料を見せたわけではない。瀬那の幸せそうな表情を見る限り大丈夫だとは思うが、念のためだ。
「ええ。それはもちろんわかってます。資料を読むことが出来たので、あとは”見える”ようになるのを待つだけですね!」
非常に心苦しいことこの上ないが、”見える”ようになるまで信じて待っていてもらおう。
「なんか副作用的なのがなきゃいいんすけどね。瀬那さんは仕事してるわけだし」
テンマがフォローすると、瀬那はにっこりと首を振った。
「家で永遠に機械の修理をしてるだけなんで、副作用が起きたとしても問題ないんですけどね」
「修理?」
「あ、はい。うち、代々修理屋の家系なんです。接客の類は親が全部やってくれているので……楽させてもらってます。僕はただ修理していればいいだけなので」
家――というか店に依頼に来たものを修理していれば、生活できてしまうらしい。
だからその年季の入ったスウェット姿なのか、と変に納得してしまった。
「どういう修理屋? バイクも修理できるの?」
「はい。うちは何でも修理します、っていう謳い文句でやってるので、壊れた物ならある程度は動かせるようになるかと……」
瀬那はそう言って、周囲を見渡した。
そうして、部屋の隅に置いてあった古い端末機を指差す。
父親が遺した、古い通信端末機だ。志真が物心ついたときにはすでに動いておらず、志真としては見慣れた「ガラクタ」だった。
「ああいうレトロな電子機械や、古すぎる時計なんかも修理出来ます。データのみを取り出すことも出来ますよ」
「え、すごいっすね」
「修理のノウハウみたいなものが代々伝わっているので……まぁ、なんとか」
なるほど。だから何でも修理することが出来る。
物を修理する、ということをしなくなってから、かなり長いこと時代が進んだ。
それでも修理屋という職業が生きているということは、今の時代でも需要があるということだ。
「……直せるの? あのガラクタ」
ふいに口に出た言葉に、志真自身も驚く。
古い通信端末機なんて今までガラクタ以上のものだと思ったことはないし、直そうとも思っていなかったというのに。
直せる、という選択肢が出たとたんに、つい食いついてしまった。見れるのなら中を見てみたい、という気持ちが強くなったのだ。
「親のものだから、壊したくはないんだけど」
「わ、責任重大だ……。ちょっと触ってみてもいいですか?」
瀬那はそうことわってから、恐る恐る端末機を持ち、指先で軽く操作をした。
すると、黒くて分厚い「ガラクタ」の表面カバーが開き、操作をするための光が出てくる。バッテリー生きてたのか、というのが一番先に思ったことだった。
「……すごい。これ、年代物なのに操作パネルだけ新しいんだ……どうやったらこんな……」
「端末は動かなくてもいい。データが生きてたら取り出してほしいんだけど、出来る?」
「ちょっと見たことない端末機なので時間がかかるかもしれません……仕掛けみたいなのを解かなきゃいけないみたいで……」
瀬那は「工具があればもうちょっと調べられるかもしれませんけど」と言いつつ、端末機の外側を開け、中を調べてゆく。
どうやらアナログ部分とデジタル部分とが複雑に組み合わさっているようで、簡単に操作できるものではないらしい。
「どうしてこんな難しいものが……」
「どうせ、市販の通信端末機を好き勝手にカスタマイズしたんでしょ。うちの親、そういう自分だけのオリジナル端末作るの好きだったからさ」
「さすが皇博士……」
「私生活でもおかしかったってことだよ」
瀬那が端末機をいじるカチャカチャという音が、しんとした部屋に響く。
テンマと羽鳥も興味深そうに端末機に注目するなか、端末機がピピピ……と小さく電子音を出した。
「修理出来……た?」
と、思いきや、小さな電子音は次第に大きな音へと変化してゆく。
「……あれ? これ、おかしくないですか……!? おかしいですよね?」
人に何かを知らせる音量としてはおかしい音量まで上がったことで、初めて志真は「マズいかもしれない」という思考に行きついた。
――だが、時すでに遅し。
「うわっ!!」
古い端末機という「ガラクタ」からレーザーのようなものが発射され、壁を一瞬で焦がしたのだから。
「――何これ!?」
ただの光なら、別によかった。
だがガラクタのレーザーはそんな生易しいものではなく、窓際の壁を簡単に焼いた。
照射部分から焼けるような臭いがしたことで、全員一斉に端末から離れる。
「瀬那。その端末――」
危ないからなんとかして。
志真の声も一歩遅かった。
端末機を持っていた瀬那はというと、皆と行動は同じで、既に端末機から手を離していた。つまり、端末機は宙に放り出された状態だ。
すると必然的にレーザーの方向が不安定になり、焼けた壁近くの窓が次の被害に遭うことになる。
最近、皇家に誰かが来ることが多くなった。
そうして、家を壊されることも多くなった。
今後、家を破壊されない日々を送ることは出来るのだろうか。平穏でなくていいいから、せめて。
放たれたレーザーは、皇家の窓を破り、お向かいの家へと向かう。
マズい。これは訴訟問題になりうる。自身の家が壊れるのならまぁいいが、人様の家を壊してしまっては志真一人では解決が難しくなってしまう。
志真が端末機に手を伸ばす同じタイミングで、
「ウルがやるのです!」
ウルが出てきた。
そうして体からピリピリと音が聞こえ始める。
「ウルがこれを停止すれば、なんとかなるかもしれないのです!」
言動があまりにふわっとしているが致し方ない。止まるなら止まれ。なんとかなれ。
ウルが端末機に電気を放つと、端末機はビビッ! という不愉快な音を出してから、すぐに大人しくなった。
重力に従いフローリングに激突したのち、まったく動かなくなる。
「……なんだったの」
床に転がる端末機を見つつ、全員がほっと息を吐く。
レーザーが出る方向が違えば、もしかしたら自分たちが壁のように焼かれていたのかもしれない。
父親が何を思ってあの仕掛けを作ったのかはわからないが、何はともあれ、被害者が出なくて良かった。
「……どうしようどうしようどうしよう……」
若干一名、精神的にダメージを受けている者がいるけれど。
「う、うわああ……どどどどうしましょう。僕が色々といじったせいで端末機が動かなくなってしまいました……! ごめんなさいすいませんごめんなさい!!」
「いや……どっちかというとウルがやったからさ」
どこから破滅への道を進み始めたのかは志真にはわからないが、端末機にとどめを刺したのはウルだ。
瀬那は端末機を拾い上げ、真っ青な顔で再度いじりつつ取り乱している。
「気にすることはないから。本当に」
生きている端末機を死なせてしまったことに関しては残念に思う。
だが、中のデータがあるのかどうかも、仮にあったとしても内容がどんなものかもわからない状態で依頼しただけなので、それほどダメージはなかった。
「あ、あのこれ、家で修理してきていいですか? 家なら道具も揃っているのでなんとかなるかもしれません!」
「いいけど、暇なときでいいよ。別に急いでるわけじゃないし……」
志真は今思い浮かべられる一番やさしい言葉をかけつつも、技術者である父親の仕掛けを解除することは出来るのだろうか、とぼんやり思うのだった。
さて、これにて一件落着だ。
羽鳥に迷惑行為をする瀬那を黙らせることが出来たし、なんなら貸しを作ることも出来た。事故なのだけど。
本日の無駄タスクは全て終了。お前らさっさと帰ってくれ。
志真は、やっとスカイバイクに向き合う時間が出来た、とスッキリした気持ちになったわけなのだが……。
「ふざけんな志真ァ!!」
突如聞こえた怒鳴り声と、インターホンの連打音に舌打ちをする。
どうやら、本日の無駄タスクはまだ終わっていなかったらしい。というよりも、差し込みでタスクが追加されてしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます