第15話 見つけた
夜の高層ビル。
巨大モニターに映し出されているのは、今冬でブームを起こしている映画のCMだった。
観客が空を見上げる機会が多いため、自然とモニターが目に入る機会が多い。
また、配信者が自身のドローンで好きにレーサーを追えることもあり、その背景には当然モニターが映る。
スカイバイクが行われることの多い時間帯の広告費は、結構な額になると聞いたことがある。
スカイバイクなんていつ開催されるかも把握しづらいし、前回のように急に中止や延期になることも多々あるというのに、世の企業はこぞってモニターの放送権を買うのだそうだ。
それほどスカイバイクというものの影響が大きくなっているのだろう。
だが――
「これってありなの!?」
志真は背後を走る二台のバイクから、必死に逃げていた。
一対二。普通に考えて不利だ。
仁王像の攻撃から逃れるために、自身から一番近かった分岐部に入ったことが間違いだったのか、それともゴアの戦略だったのか、偶然なのか。
各五人ずつ、計十人のレーサーで競うからと、十本の分岐コースが用意されていると思っていたことにも、認識の甘さを感じた。
そうだった。
人生、皆公平ではないし、平等でもない。
観客はとんでもないレースを肉眼で眺めながら、平和で可愛らしい、愛の映画CMを背後に見るわけだ。
ありなのか……? 広告戦略としていけるのか……?
志真は首をかしげざるを得ない。
結論から言うと、分岐部は全部で七本しかなかった。
必ず三人落ちる、という計算で作られたものではなく、「その分岐本数で戦えよ」という運営の暴力的な意思を感じ取っている。
つまりは、今志真が二台のバイクに追いかけられているように、”リンチ”も出来るというわけだ。
もともと本数が少ないうえ、仁王像に襲われてすぐに分岐に入らなければいけなかった。コースを自由に選べる余裕なんてない。
だから、分岐コースを走るレーサーがかぶっても仕方ないよね、というわけだ。
『シーマ、大丈夫か?』
ゲンが聞くので、
「撒くから平気」
と強気で答えた。
だがすぐにニイナが
『撒ければの話だろ?』
と言うので、何も言えなくなってしまった。
というのも、相手が武器を持っているからだ。
「追尾型のロケット花火なんてバイクにつけられるんだね。知らなかったよ」
余裕ぶって”ロケット花火”なんてバカにしているが、実際の火力はそんなものではない。
先程志真を狙って放たれた一本目の”ロケット花火”はギリギリで避けることが出来たのだが、それは近くの高層ビルに当たり、窓を溶かした。
驚かしやエンタメを狙って作られたものではなく、確実に攻撃するために作られている武器――”ミサイル”だということがよくわかった。
バイクに当たれば最悪動かなくなるだろうし、人体に当たれば――再起不能もあり得る。考えたくもないが。
『タイヤ、気をつけろよ。やられたら落ちるぞ』
バイクのタイヤは、マイナークレイという立体光に触れることの出来る素材で作られている。
タイヤ以外はマイナークレイ素材ではないので、タイヤを溶かされてしまえば、バイクはコースをすり抜けて地面に叩きつけられてしまう。
レーサーはマイナークレイのジャケットを着ているため、落車してもコース上に留まることが出来るが、バイクが落ちればその下にいる観客が巻きこまれてしまう。
確実に被害者が生まれてしまうので、どうにかしても阻止しなければいけなかった。
「そろそろバイクの素材、全部マイナークレイで作ろうよ。そしたらコースから落ちないし」
『それやったら、スカイバイクレースは金持ちしか参加できなくなんだよ。今だって普通のバイクより高いってのによ』
不眠不休で働く不死身のアルバイターのニイナが悪態をついた。
ごもっともだ。
志真はカメラを起動させ、自身の後ろについている二台のバイクの動向を追いながら走っている。
ミサイルは連続して撃てるわけではなく、レーサーが補充しなければいけないようだ。
その間に出来るだけ距離を稼いでしまいたいのだが――
「くっ……!」
バイクは二台ある。
ミサイルバイクが補充で動けないのならば、当然もう一台が攻撃してくるわけだ。
後ろからBB弾のような軽い弾を、マシンガンのごとく発射され、志真のイラつきゲージが溜まっていった。
カンカンカン、と、愛車から弾が当たる軽い振動が伝わってくる。バイクには影響はないかもしれない。だが――
「クソみたいな武器でクソみたいな傷つけたら殺してやるから!!」
傷が格好よくないだろうが。傷が。
ミサイルで攻撃されることよりも、遊びのような軽い攻撃をされる方が志真的にはムカつくのだった。
やり返したいという気持ちはある。
だが志真のバイクは速さに特化しすぎているため、「対バイク」用にカスタマイズはされていない。
トップでい続ければ、攻撃をしなくていい。防御にもなりうる。
志真はそのプライドだけで今までやってきているのだ。
「ウルに出来ることはないのですか?」
見かねたウルが聞くが、志真は「ない」と即答する。
「お前は嘉と対抗するための武器だ。今のこれは、”スカイバイクレース”なんだ」
「でも、相手は嘉様に操られている可能性があるのです」
「そうだけど。出来る限り僕は、スカイバイクレーサーでいたい」
スカイバイクレースでは、肉弾戦以外の攻撃は普通に”ある”ものだし、それがひとつの醍醐味として見に来る人もいる。
だから志真もスカイバイクレーサーとして対応しているというだけなのだ。
二発目のミサイルが飛んで来たので、志真はスピードを上げた。
スピードを上げてもなお追尾して来るミサイル。非常に出来のいい武器だ。
どちらが速いか、勝負したくなってくるではないか。
分岐部が終わり、再び合流部がやってくる。
そうなると、当然、仁王像たちが待ち構えている。
今回もトップで合流部に入った志真に、仁王像が反応するわけがない。
志真はそう思っていたが――
「嘘でしょ?」
今回は、するようだ。
ぎょろりとこちらを睨みつけた仁王像――阿形が、動きはじめたのだ。
後ろからはミサイルの音がする。普通にまずい。
志真は直線コースでぐるりと回転し、ギリギリまで引きつけていたミサイルをかわす。するとミサイルは阿形へと向かっていった。
ミサイルは志真の方向へ軌道修正しようとしたが間に合わなかったようで、阿形の胴体部にぶつかり、大量の立体光が溶けて消えた。
もちろん、溶けたから終わりというわけではない。
立体光は小さなコアの集合体なので、一か所が消滅したとしても、別のコアは問題なく起動する。それぞれ個別でプログラムが与えられているのだ。
今回の場合、阿形の胴体はなくなってしまったが、それ以外のコアは生きているため、元々組み込まれたシステムどおりに光るし、動く。
ただ、ミサイルのおかげでワンテンポ遅いタイミングで動くこととなったようだ。
志真たちだけを狙っていたはずの阿形の攻撃は遅れ、一通りのレーサーが合流部に入ってきたタイミングになった。
もちろん、その分被害者は増える。
『またこいつ? さっきと同じ攻撃がいいんだけどなぁ』
「無理だろうね」
『だよね。泣きそう』
はからずとも、ユウキの希望を打ち砕いてしまった。
だって、ポンコツの運営が、そしてレーサーをいじめることに長けた運営が、優しいことをするわけないじゃないか。
志真の予想は的中した。
阿形は合流地点を蹴り上げたのだ。下から、思いっきり。
蹴り上げた地点が一番大きく盛り上がり、水の波紋のように次々と盛り上がってゆく。
速く走れば、後ろから襲ってくる波紋に巻き込まれずに済むだろう。
だが――
『上!!』
もう一体の仁王像――吽形が、波紋から逃げるライダーを、容赦なく狙っている。
先程は上から叩きつけようとするモーションだったが、今回は横から、張り手でコース外へ出すような動きをした。
張り手は後続をランダムに狙っている。
狙われてコース外へ落ちるのか、避けてスピードを落として波紋に追いつかれてしまうのか。
観客は大喜びしているが、実際に攻撃を受ける側としてはかなり怖い。
『これさぁ。手は普通に避ければいいとして、波紋みたいのはまた飛べばいけるんじゃね?』
『ですよね~』
別の合流部での回避方法に味をしめたテンマとニイナは、後部を走るゴアのレーサーを挑発しつつ、波紋を飛んで避けようとした。
『おっ……あら――!?』
波紋は大きな波のようで、前を走るレーサーからは壁のように見える。
だからこそ、波紋の頂上以降のコースがどうなっているのかがわからなかったようだ。
『ニイナさん!? コースないんですけど!? 消えてるんですけど!?』
志真のヘルメットのモニターに映し出されたのは、テンマとニイナがコースアウトしたという文字表示だった。
そこから、二人の音声は聞こえなくなる。
死人に口なし――もちろん物理的に死んではないし、大した怪我もなく元気なのだろうが、スカイバイクレースにおいて、コースアウトしたレーサーの声は聞こえなくなるのだ。
「やっぱり速く走るしかないね」
『ズルしちゃダメってことだね』
志真の呟きに、ユウキが同意する。
ちなみに、生き残っているレーサーの声は、脱落したレーサーにちゃんと聞こえる。通信が一方通行になるのだ。
なので生き残っているレーサーが”死んだ”レーサーの悪口を言えば、相手に聞こえてしまうというわけだ。
口は禍の元。マイクにはきちんと”まともな言葉”を乗せなければいけない。
それに、いつどこで盗聴されてもおかしくない時代なのだから。尚更気をつけねば。
『ゴアは……今のでまた一人、やられたようだな』
「メビウス三人、ゴア二人ってこと? まだ一周なのに結構減ったね」
『新しいコースで戦い方が未知数だということもあるし、こちらも向こうも、スピードレーサーだけではなかったんだろう。昨日の今日だしな』
一週目のチェッカーラインを踏むと、観客が湧いた。
おそらく、仕掛けはこれだけではないはずだ。
コースの仕様にもよるが、周回が進むにつれてどんどん過激になっていくコースが多い。
今回のコースもどんどん速さが求められていくに違いない。集中しなくては。志真は深く息を吐いた。
『結構速いじゃない』
羽鳥から通信が入る。
「結構? バカ言うな。僕は最高に速いんだ」
志真はそのまま言葉を続けた。
「あのさ、今回のは新しいコースだから、何が不具合で何が仕掛けなのか、僕には判別つかないんだ」
『早めに連絡をくれって言いたいんでしょうけど、無理ね。私だって本格的に立体光コースを見たのは初めてなんだもの』
羽鳥は言葉は強いが、不機嫌というわけではないらしい。
声の奥から「いやマジで助かりますよ~俺一人だったら絶対とんでもないことになってましたよぉ~」という、何だか聞いたことのある声がした。
「お前今何してるの?」
『運営で不具合直してるわ』
「は?」
『あんたの端末に瀬那ってやつのアドレスが入ってたから連絡したの。そしたら運営にご招待されたってわけ。だから私は不具合を修正するために動けてる』
ということは、後ろの声は瀬那か。
志真は運営メンバーとはあまり関わりがないが、新コースの説明や、運営のやらかした件に対する謝罪などで数回メンバーと会ったことがある。
こちらもレーサーと同じく、あまり相手個人の情報を聞かないようにしていたため、運営についても名前くらいしか知らないのだった。
だが瀬那は運営の中でも古参に入るため、なんとなく覚えている。
「あんまり内部掻きまわさないようにね。お前は今回、僕が連れてきただけの、ただの一般人なんだから」
『失礼ね。不具合起こしてるコアが見えないっていうから、教えてあげてるの』
「……本当に?」
『本当に。コース、そこそこ走れるでしょ? 私たちがちゃんと修正してる証拠じゃない。もちろん間に合ってない修正もあるにはあるけどね』
羽鳥は”ご招待された”と言うが、羽鳥のことだから無理矢理ご招待されに行った可能性もなくはない。というか、普通にある。
だが、今ここで喧嘩をしている場合ではないので、詳しいことは後でじっくり聞くことにしよう。
羽鳥は大きなため息を吐いてから、話を続けた。
『ネタバレしない程度に言うけど、今回のコースにはあまり異常は見られない。穴が急遽開いたりするくらいね』
「……”コースには”、ね」
『話が早くて助かるわ。今回、立体光で作られているのはコースだけじゃない。仕掛けも立体光なのは当然わかってるわよね』
羽鳥はそこで、呼吸を置いた。
『――仁王像に気をつけて。私、仁王像が意思を持っているように見えるの。もちろんコアが異常なのも見えてるんだけど……嫌な予感がする』
「異常って、どんな?」
『知らない。あんたが考えて』
なんだって?
次に溜息を吐いたのは志真だ。
「”私はこう思うの。そんな気がするの。しらんけど”、で注意喚起しないでよ。お前がただそう思ったってだけだろ?」
『あらそう。じゃあいつも通りレースすれば? 私の話を無視すればいつも通り普通にレース出来るわよね? 確たる証拠が欲しいって言うなら、皇博士の資料読んでからにして。言っておくけど、私は読んだから』
「あの資料を!?」
羽鳥はそのまま、通話を切ってしまった。
現代版ヒエログリフと呼ばれ、様々な技術者に苦難と苦痛を与えた、あの資料を読んだだと?
にわかには信じがたいが、そのことも含めて、あとで羽鳥に話を聞かなくてはいけない。
志真は空を見上げる。
コースを走るレーサーに攻撃をしている阿形と吽形、二体の仁王像が一瞬、志真のほうを向いた。
そうして、ばっちりと――目が合った。
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