第14話 エレクトリカル仁王像

 観客の声がビルの屋上まで届いている。

 どこぞの配信者がドローンを遠隔で飛ばして中継まがいなことをしているし、チームカラーのグッズをもって応援している人もいた。

 盛り上がっている。

 昨日もかなり気持ちのいい走りが出来たが、やはり本番のレースともなれば気合いの入り方が違う。

 志真はヘルメットをかぶり直し、レース開始の合図を待った。

 一分前のアラームからレース開始の合図まで、志真はいつも長い時間を過ごしているかのように感じてしまう。

 たったの一分なのに、それすらも長い。


 『Go!』という文字が映し出された。

 グリップをまわして立体光コース上に飛び出ると、観客の声がさらに大きくなった。

 復活戦をスピードコースで飾れて最高だ。

 おそらくファンもそう思って応援してくれているのではないだろうか。

 志真は口角を上げながら、どんどんスピードを上げていった。


 だが、油断は禁物だ。

 今回のコースもまた、昨日同様におかしくなる、と羽鳥にハッキリと言われてしまった。

 見たらわかると意味深なことを言っていたから、それは後でとことん詰めて聞くとして、おかしくなってしまうコースをどのようにして乗り切ろうか、と考える。

 スタート前にチーム全員に共有はした。

 ゲンはゴアにも同じ共有をしたが、事情のわかっていないゴアからは脅しかイタズラと思われたのか、返答はなかった。

 運営にも共有してみたが、「今度こそは大丈夫! 何度もデバッグしたし!」とよくわからない謎のポジティブさで跳ね返されてしまった。

 まぁ、事情が分かっていなければそうなるとは思う。

 今回のことに関しては、メビウスが尋常じゃなく理解しているだけなのだ。


「志真様、お体の調子はどうですか?」

「僕は問題ないと思ってるけど、なんか変? おかしくなってたりする?」

「いえ。志真様のお体を定期的にスキャンしていますが、異常は見当たらないのです」


 ウルはいつもの明るい声色だ。姿は戻ってはいないけれど。


「ちなみに、嘉がいつ仕掛けてくるかとかはわからないの? コースをスキャンして異常を感知するとかさ」

「ウルがスキャンできるのは人体だけなのです。立体光は対象外なのです」

「嘉のことをスキャンして思惑を知る、なんてことはできない?」

「確かに嘉様は人体ですが、二百年も時代が離れているので難しいのです」


 結局のところ、嘉からの攻撃を待つしかないらしい。

 先手を打てたら楽だったが、なかなか上手くいかないようだ。


『ねぇ、みなさん……。速くないっすか……』


 内部スピーカーで、テンマが弱々しく呟く。


「速いよ。当たり前でしょ」

『合流したときビリだったらすいません』

「絶対に許さない」


 出たくて自ら志願したんだろうが。先程まで自信満々だったくせに。

 志真が冷たく返すと、ゲンが会話に入ってくる。


『そろそろだ。仁王像が動き出すぞ』


 とうとう仕掛けが起動するらしい。志真はカメラを切り替える。

 コース中央にオブジェのように飾られていた立体光の仁王像二体が、それぞれ大きく動き出した。

 片方は赤、もう片方は青を基調としているらしい。

 基調としている色に加え、遊園地のパレードのようにカラフルになった仁王像のそれを見て、ユウキが『エレクトリカル仁王像……』と呟いた。確かにエレクトリカル、なのかもしれない。

 仁王像、またの名を金剛力士像。

 口の開いている『阿形』と、閉じている『吽形』の二体が、ここまでカラフルに作られたことは今までになかっただろう。

 阿形が赤、吽形が青。二色が闇夜に強く色を残している。


『今回のレースは、十周してトップでゴールしたチームが勝ちというルールで行われる』

「なんだ。結構いつもと同じルールなんだ」

『いや。走っていればいいというわけではないんだ。……あの仁王像は、下位のライダーを襲う』

『――えっ』


 ゲンの説明に、テンマが息をのむ。


「よかったねテンマ。これで絶対にビリにならないね」

『待ってください。レーサーはメビウスが五人、ゴアが五人ですよね? んで、十周するんですよね?』

『最悪、全員ぶっ飛ばされる未来もあり得るわけだ』


 静かに説明をするゲンに、絶句するテンマ。

 恐らく今ごろ、やっぱり出るなんて言わなきゃよかった、と思っているだろう。まぁ、遅いのだけれど。


 仁王像はぎょろりとした目でレーサーたちを見ている。

 目の部分にはおそらくカメラが仕掛けられているのだろう。

 そのデータをもとに、自動か手動かは知らないが、下位のレーサーを狙うようになっている、はずだ。


『まー、そこそこやりようはありそうな感じだな』


 ニイナが呟いた。


『おいこらテンマ。オレとお前は仲良く最下位走ろうぜ』

「なんでっすか!?」

『速くないレーサーは速く走らない方法で生き残らないとネ」


 ニイナは速度を落とすと宣言する。

 ゲンが何も言わないことから、任せることにしたらしい。


 このまま何事もなく――仕掛け以外の重たいアクシデントはありませんように。

 志真はそう願ったわけだが、


「――うっ……!」


 願いはどこにも届かなかったようだ。

 個別コースを抜け、トップでコースの合流地点に差し掛かると、ゴアのレーサーも丁度同じ地点にいた。

 本来なら普通に合流して走り続ければいいだけなのだが、何故か迷うことなく腕を出され、志真のヘルメットに直撃した。


「ご挨拶だな……」


 ヘルメットをかぶっているので、怪我はないし痛みもない。

 志真はそのまま走り続けた。


 観客のブーイングと怒声が聞こえる。主犯のゴアのメンバーは全く反応しない。

 こんなに息を吸うようにラフプレイをするようなチームだっただろうか?

 暴力行為は基本的にはしてはいけない、という暗黙の了解がある。

 それは最近設定されたものではなく、前から存在しているルールだった。

 新設したばかりのチームでも、そのくらいはわかっているはずだ。

 だからこそ、引っかかりを感じてしまう。


「……おかしい」


 ――ラフプレイをしなければならない何かがあるのか、それとも、ラフプレイをしてしまう何かがあるのか。

 志真は先程の、トレーラーの妨害を思い返す。

 メビウスのトレーラーに爆薬らしきものを取り付け破壊したのもゴアだ。

 今回のラフプレイももちろんゴア。

 昨日の無効試合に出場していたのも、ゴア。

 昨日の試合を無効試合にしたのは、嘉。

 学校で人を操って志真を襲ったのも、嘉。


 人が操られるようになったのは、志真の知る限りでは昨日からだ。


「まさか、あの無効試合が原因なのか……?」

『シーマ、大丈夫か?』

「うん。みんなも気をつけて。……多分こいつ、ゴアだけどゴアじゃない」


 正確に言うと、外見は本物かもしれないが、中は操られている可能性がある。


「多分、嘉だ。嘉がやってる」


 その仮説を立てると、ウルが言う。


「志真様のお体に一瞬異常を検知しましたが、すぐになくなったのです」

「……どうせ、目でしょ。チカチカするやつ」

「そうなのです」


 ウルは今回、志真を含め全員にプロテクトをかけたと言っていた。

 そのプロテクトのおかげで、試合中に目がチカつくことはなく、きちんとした視界で走れている。

 だが、これがプロテクトをかけていない状態ならば、普通に目はチカついたわけだ。


「……となれば、やはり嘉の仕業なんだね。ゴアのことは」


 嘉が何かをやる度に、志真の目が反応するのだから。

 そこに羽鳥から連絡が入る。


『今あんたは合流部を走ってるんでしょ? そのあたりのコアの動きがおかしいから上手いこと回避して。立体光が起動してないかもしれない』

「それ、マジで言ってんの?」

『嘘言っても仕方ないじゃない。次のラップではちゃんと起動させれるようには頑張るけど、期待はしないで』

「ていうかお前、その情報どこから持ってきてるの?」

『今その情報は必要ない。私を信じるかどうかの問題。じゃあね』


 そう言ってすぐに通話は切れてしまった。

 レース中なのでこちらから掛け直しはしない。羽鳥を信じるしかなさそうだ。

 志真はゴア含めて全員に共有するが、やはり返答があったのはメビウスのメンバーだけだった。


『よし、全員合流したな。脱落者は今のところはナシ。そろそろか――』


 ゲンが言うので、志真は仁王像を見上げる。

 巨大な仁王像が二体共大きく手を振り上げ、一番高い場所でぴたりと動きを止めた瞬間だった。


「――わあ……すご」


 直後、物凄い勢いで下位ライダーに、仁王像たちの掌が振り下ろされる。

 バチバチバチッ、という大きな音が聞こえる。

 振り下ろされた衝撃でその部分のコースははじけて消え、コースが途切れてしまったように見える。

 もちろん、これは演出で、そういう風に見せているだけだ。立体光が壊れたわけではない。

 観客が悲鳴混じりの感嘆の声を上げる。


「迫力あるな。見る側としては、最高のアトラクションだけど――」


 絶対に、食らいたくない。


『無理無理無理無理。何考えてんすかニイナさぁん!』

『ゴア一匹地獄行き~~~!』


 怯えるテンマと楽しそうなニイナの声が聞こえる。

 自ら下位を選んだ二人は、ちゃんと生きているらしい。


『……ねぇ。二人とも、何やったの?』


 ユウキが聞くと、ニイナが嬉々として答える。


『ビリをキープしつつ、ゴアの最下位のヤツに引っ付いてただけだ。仁王像くんが案の定こっち狙って来たから、やられる瞬間に避けた』


 ヘルメットの内部画面を操作して、該当カメラの映像をさかのぼる。

 確かに掌が落とされる直前まで、ニイナとテンマ、そしてゴアの最下位はまとまって走っていた。

 だが二人は仁王像の攻撃ギリギリで掌の範囲を抜け出し、ゴアの最下位だけが被害に遭ったようだ。

 闇夜に落ちていくバイク。空中に飛ばされたゴアのライダーを運営のドローンがキャッチし、近くのビル屋上に運んでいくところまでがきちんと映し出されていた。

 ちなみにレーサーが運ばれたビルには、有志の医療班が待機しているので問題はない。

 適切な処置をして、なんとかいい感じに治療してくれる。

 志真が落車事故を起こしたことがきっかけで、運営はライダーを守るシステムを作ったとのことだ。

 ある程度の落車なら、ライダーの上空で待機している運営ドローンが察知し、地面に落下しきる前に助けてくれるらしい。


『いやぁ、ニイナくんのこういう卑怯なところ、最高すぎるよな!』


 ニイナは自分で自分をほめたたえた。

 自画自賛してハッピーになっているニイナに溜息を吐きつつも、感心してしまう。

 確かに、そういう戦い方もある。

 直接ライダーを殴るよりも、はるかに戦略的で、コースの特性を活かした戦い方だ。

 ……たぶん。だいぶ卑怯だけれど。


『ていうか、ゴアのライダー、やっぱなんかおかしいっすね』


 テンマは、うーん、と言葉を選ぶようにしながら言う。


「操られてるんだよ、たぶん。ゴアのやつら、全員ね」


 志真の言葉に、テンマは「やっぱり」と言った。

 テンマは先程のトレーラー襲撃もそうだが、学校で起きた現象のことも知っている。非常に理解が早かった。


「ゴアが被害者なのだとしたら、面倒っすね」

「本当にね。こっちも被害者なのに、助けなきゃいけない」


 純粋にレースのことだけを考えて走っていたい、というのが本音だ。

 だが、ゴアが嘉により怪しい動きをしているのなら、ゴアのライダーのことも気にしなければいけない。

 何が正解なのか。そして、何をすれば”終わり”なのか。

 未だにまったく、わからない。


 観客の歓声が聞こえたのはそれからすぐのことだった。

 仁王像が再び大きく動き始めたのだ。

 合流地点のコース上に太い腕を置いた仁王像は、助走をつけるように後ろに数歩下がったのを、ヘルメットの内部映像で確認する。

 それと同時に、今走っているコースの前方が動き、個別コースに向けての分岐を始めた。


「マズい」


 仁王像が追って来るから、上手いこと逃げきれ、というコースに込められたメッセージを読み取った。

 だから今、コースは分岐した。

 おそらく仁王像は、分岐コースが出た今、全速力で駆けてくる。


『コースにいるやつら、全員”お掃除”されちまうのか?』

『あ~モップ的な?』


 仕掛けを理解したテクニカル組――ニイナとテンマが余裕そうにしているのが悔しい。

 飛んで避ければいいと思っているに違いない。

 ――というか、待てよ?

 志真は羽鳥から聞いた情報を思い出す。


 ――合流部あたりのコアの動きがおかしいから上手いこと回避して。立体光が起動してないかもしれない――


「……スピード出しても、出さなくてもマズいってことか」


 スピードを出さなければ仁王像に追いつかれるし、出せば仁王像からは逃れられるかもしれないが、危うい立体光コアに乗ってしまうかもしれない、ということだ。

 テクニカル組は腕を避けてからでも対応できる。問題はスピード組というわけだ。

 そうこうしているうちに、助走をつけた仁王像が凄まじい速度でこちらに走ってきた。

 太い腕の高さは、おおよそ十メートル強。壁だ。


『ねぇ、シマくん。これって、これってさ……!』

「そうだよ逃げるしかない!」

『お前ら、急いでスピード上げろ!』

『もうやってんの!』


 シーマ、ゲン、ユウキの三人はスピードレーサーなので、ここは逃げきるしかない。

 背後から追ってくる仁王像の圧を感じながら、どんどんとスピードを上げていった。


 ――どこだ。探せ。

 立体光が起動していない部分を見逃してはいけない。

 爆速でコースを走りながら、コースの光が途切れている場所を探す。


「見つけた」


 前方数十メートル先、コースが途切れているのを見る。


「ウル、あそこって、うちの立体光コアで修復できる? お前、持ってるって言ったよね?」

「はい。修復出来るのです」


 トレーラーから出た際に使った、メビウスが所持している立体光コアがある。

 本来の所有者はゲンなのだが、ゲンはこの危険な状況でケチなことを言う性格ではない。

 ウルはコースに溶けてゆき、コースの途切れを青色の立体光で修復した。


「出来ましたなのです!」


 これは貸しだ。運営よ。

 後方では観客の悲鳴と、仁王像の腕にぶつかって飛んでいくバイクが見える。

 志真は、仲間ではありませんようにと祈りつつ、一番乗りで分岐コースに入っていった。

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