第3話 未来

「まったく理解できない」

「ウルも二百年前の方にどう説明してよいのか……」

「なんで僕が悪いみたいになってんだ……」


 昼食はウルの言っていた通り、すでにリビングテーブルに並んでいた。

 椅子に座り、ウルの手作りらしいパスタを箸でずるずるとすする。

 行儀が悪かろうがどうでもいい。

 ここは志真の家なのだから何をするのも自分の勝手だろう、というスタンスは崩さない。


「未来から来たってどういうこと? なんかそういうキャッチコピーの製品なの?」

「違います。本当に二百年先から来たのです」

「嘘臭い」

「志真様の目を治したことで説明がつくのです。志真様の目の病気は、今の時代では原因不明。ウルは未来から来た医療用のサポートSLPなのです。だから治療することが出来たのです」


 ウルのわかりやすいようでわからない説明を聞きながら、言葉のとおり理解していいのか悩む。

 心の底から理解しているとは言えない。納得も出来ていない。

 だが――


「僕の目は、どんなな検査をしても、原因不明だって言われ続けてきた」

「そうでしょう? 未来の医療の力で治したのです」


 どうにも納得してしまいそうになる。ウルの言葉を信じてしまいそうな自分がいる。

 悔しい話ではあるのだけれど。


「今のところ、反論できる要素がない。だから信じるしかない。……の、かもしれない」


 そう言うと、ウルはパァッと明るい顔になり、尻尾をぶんぶんと振った。

 そして志真の周りをくるくると飛び回り「ありがとうございます!」と嬉しそうな声色で言うのだった。


「でもさ。どうして僕の病気がわかったの? 僕は何も言ってなかったのに」


 それに志真の名前も顔も、全てわかっているようだった。

 引退はしたものの、一応「シーマ」は有名人だ。そこそこ疑ってかかりたい。

 ここで話を誤魔化すようなら絶対に信じてやるものか、と思ったが、ウルは当然というような表情――というかドヤ顔で、自信満々に言った。


「ウルは志真様のことを何でも知っていますので」


 なんだそれは。

 煙に巻かれたような気がしたので、さらに突っ込んで聞いてみる。


「たとえ知ってたとしてもの話だよ。助ける義理なんかないだろ。お前は僕のところにピンポイントで来て、速攻で目を治した。……なんかあるよね」


 スカイバイクという若者向けの派手なことをやっていたため、”何か”を求めて寄ってくる人は多かった。

 金、相手チームの情報。裏社会のスカウト。欲望丸出しのものからよくわからないものまで、いろんな話を聞いてきたし誘われてきた。


「僕に何を求めてるの」


 自分自身がひねくれているという自覚はある。

 純粋に信じることが出来れば、全てが丸く収まることもあると知っている。

 だが、信用していない相手からの施しほど怖いものはない。だからこそどうしても、怪しんでしまう。


「今、それ以上聞くと、お食事が不味くなるかもしれないのです」

「ってことは、結構やばい話なんだね」


 さて、どうしたものか。

 目に関してはどんな犠牲を払っても治したいと思っていたので、視力が回復したことは心から嬉しいし、ありがたいと思っている。

 問題は、その見返りに何を求められるのか。そして、逃げる方法があるのかどうか。

 色々と考えながらパスタをすすっていると、前方からフォークが差し出された。


「志真様は、フォーク、というものを御存知ですか」

「知ってる。家の中だから箸使ってるだけ。僕しか住んでないから綺麗に食べる必要なんかない」

「なるほど。失礼いたしました」


 空中に浮いているフォークをテーブルに下ろしたウルは、「やはりお箸が一番使いやすいですもんね」と笑う。

 その図を正面に置きながら、志真は黙々とパスタを食べ続けた。


 恐らく絶対、逃げきれはしないだろう。

 だって、ウルのようなモノは、今まで一度も見たことがないのだから。

 空中浮遊する機械はそこまで珍しいものではない。地域や場所が限られてしまうが、役所の許可さえ取れば所持も使用も可能となっている。

 しかし、立体光のものは初めて見た。

 というよりも、立体光自体が発明されてから十年も経っていないので、加工技術も無いに等しい。

 スカイバイクコースとしての加工は出来ているが、未だ不具合が多い。

 完全に浮かせたうえでAIの意思に合わせて自在に動かす、といった技術は、今の時代にはないものだった。

 しかも、搭載されているAIが、かなり賢い。己の意志を持ち、自ら行動している。感情もあるようだ。

 命令に従うだけではなく、生きているかのような反応を見せる。


「ありえない」


 AI、立体光、目の治療。全てにおいて、ありえない。

 そう思うのは、きっと絶対、正しいはずなのだ。技術が高すぎる。

 ウルという存在のありえなさが、「未来から来た」という発言を妙に納得させるし、志真がいくら理由を付けて逃げようとしたところで、捕まってしまうだろう、と想像させる。


「ええー!? ありえないくらい不味かったのですか!?」

「いや、美味しいけど……」

「それはよかったのです! お店で新鮮なものを選んだ甲斐がありました」

「待って。お金どうしたの」

「良い質問なのです!」


 ウルは立体光の体からピリピリと微かな電気のようなものを出し、カウンターの上に置いてあった家計用財布を引き寄せた。


「ちょっと」


 驚く志真ににこりと返したウルは、


「私は立体光だけで作られているわけではありません。中心部にコアがあります」


 と言う。


「いや、それは知ってる。コアは立体光の中心に必ずあるだろ」

「そうではないのです! コアの中に、磁力を発して物を引き寄せる機能が搭載されている、ということが言いたいのです」


 財布には、小さな金属のキーホルダーがついていた。祖母が旅行のお土産でくれたものだ。

 とりあえずつけなければ悪いと思って家計用財布につけていたわけだが、まさか悪用されるとは。


「その電気だか磁力だか知らないけど、そういう機能を使って、買い物や料理をしたってこと?」

「はい」


 笑顔で言いのけるところが憎らしい。


「つまりお前は、なんかすごいAIなんだね」

「AIでもかまいませんが、正確にはステレオライトパートナーと言います。それぞれの頭文字を取ってSLPなどとも言います」

「よくわからないな」

「我々は意志を持たぬAIから進化し、人間のパートナーへと進化を遂げたということです」

「なるほど。つまりお前は、なんかすごいAIなんだね」


 そんな会話をしていると、家のインターホンが鳴った。

 いつもならば居留守を使っているのだが、今日はとても気分がいい。

 たとえ、わけのわからないAIに絡まれても、家に不法侵入されても、勝手に財布の中身を使われても、視力が戻ったことの嬉しさのほうが勝る。

 志真は足取り軽く玄関へ行き、ドアを開け、


「お前、学校行けよ」


 と、言い放った。

 実は、来客の素性はわかっていた。


「……え、いや? あはは。行ってますよ」


 そうして相手がそう言って誤魔化そうとするのも、わかりきっていた。

 というか、誤魔化す気があるのなら普段着で来るな。説得力がない。


「テンマ。お前、僕と歳はそんな変わらないよな。学生だよな」


 全てのスカイライダーに問題を起こされては困るのだ。

 ちゃんと学校に行って、ちゃんと授業を受けて、ちゃんとスカイバイクしなさい。

 落車事故を起こした『元エース』が説教を垂れたところで説得力がないのはわかっているが、それでも


「こんなところに来る必要はないから」


 とは言いたい。

 毎度毎度、用もないのに家に来やがって。

 そして「ゲンさんのお店行きましょうよ」などと傷口をえぐるようなことを言いやがって。

 レーサーとして走ることが叶わず、絶望しているスカイバイク狂のシーマが、どれだけ傷ついたかおわかり?

 恨みを込めて睨みつけると、テンマは少しだけ「お?」という顔をした。


「いや、シーマさんと俺、同い年っす。そんで同じ学校です」

「そうだっけ? 敬語使ってるから年下なのかと思った。じゃあ尚更学生だろ。行けよ」

「行きますから。ゲンさんが心配してたので寄っただけですって。ちゃんと飯食ってるのか心配してたっすよ」


 テンマは大きな紙袋を前に出し、わざと紙袋の音を出した。

 目の見えない志真への配慮というやつだ。

 紙袋の中を見ると、ゲン手作りのオードブルやデザートが袋にみっちり入っていた。ゲンらしいなと少し笑ってしまう。


「ええと、中身は――」

「あ、これ僕の好きなやつじゃん」

「え?」

「こっちのデザートは新作? 見たことない色してるけど」

「あ、はい。新しいコースがやっとお披露目になるので、先駆けでメニュー出すって言ってて。それっすね」

「相変わらず器用だな。新コースはいつから?」

「今日からっすよ。今日の福祭りに合わせてのお披露目っす。けど……。あの……」


 テンマはそう言ってから、志真の目をまじまじと見た。


「もしかして、見えてます?」


 志真の目の前で、手をひらひらさせて聞く。


「見えてる」


 思わず得意げになってしまった。自分で治したわけではないというのに。

 テンマは「うそぉ!?」と驚いたのち、さらに手をひらひらさせる。

 鬱陶しいので蹴飛ばすと、家の前の数段ある階段でバランスを崩して立て直したのち、もう一度「うそぉ!?」と言った。


「僕の目が治ったら問題なの?」

「問題ないですけど問題っすね! どうしよう、今からゲンさんに電話――いやでも、今日はレースあるし、バイクの調整もあるだろうし……」

「連絡しなくていいよ。面倒だし。っていうか、なに? こんなところで油売ってるってことは、お前出ないの?」

「まぁ、テクニカルコースじゃないので」


 テンマはつまらなさそうに口を尖らせた。

「何でもアリ」が魅力のスカイバイクレースはチーム戦だ。走るメンバーはコースによって違う。

 速さだけじゃ勝てないし、テクニックだけでも負ける。コースによってメンバーを変えなければ勝てない仕組みとなっている。

 志真は速さに特化したライダーだ。テンマは志真とは正反対で、テクニックに秀でている。


「ふぅん……。新コースはスピードコース、ね……」


 どうりで差し入れのデザートに大量のウエハースがささっているわけだ。

 というかゲンは、新コースのデザートを、泣く泣く引退を余儀なくされた元エースのシーマ様にどういう気持ちで食べさせるつもりだったのだろうか。

 後でゲンに問い詰めなくてはいけない、と思った。


「というか、シーマさん。俺は目について聞きたいんですけど」

「なんというか、色々あってさ」


 どこから説明したらいいのだろうか。

 しばらく腕を組んで考えてから、


「不本意な出来事が起こって本意になった」


 ひとまず、そう答えた。

 当然、それだけではわからないとテンマが首を傾げたので、信じてくれないだろうと思いつつも、説明する。


「未来からAIみたいなのが来て、そいつが治してくれたんだ」

「またまたそんな~。ポケットから秘密道具を出す青いタヌキみたいなこと言って~」

「あながち間違ってないかもしれない」

「え?」


 そんな会話をしていると、志真の背後から明るい声がした。


「志真様。お友達なのですか?」


 ウルは尻尾があることから、恐らく動物をモチーフにして作られているのだろう。タヌキではないだろうけれど。

 青い光を放つ物体がニコニコしながらテンマの前に現れた。

 テンマは目を見開き、しばしの沈黙ののちに「なんですかこれは」と言う。本当に、それな。


 丁度いい。閃いた。

 ウルという存在に一人でどう向き合えばよいかわからなかったが――


「暇なら、ちょっと僕を助けてほしいんだけど」


 テンマを道連れにすればいい、という天才的なひらめきが、志真の頭を駆け巡った。

 学校へ行けと言ったかもしれないが、あんなところ行くな。

 学校なんか勉強して青春するところだから。メビウスには関係のないところだから。

 そんな真っ当な場所に行くよりも、元エースの言うことを聞け。


「僕と一緒に困って欲しい」


 志真はドアを開け、テンマを中に招いた。

 当然、私服姿で学校に行く気のないテンマはのこのこ入ってくる。

 リビングに通したのち、ウルに飲み物と菓子をリクエストすると、ウルはニコニコしながらキッチンへ向かった。


「なぁ、アレどう思う?」

「いや、どうと言われても……」


 困惑するテンマがあまりに人間らしい反応をするので、思わずとホッとしてしまった。

 ウルはすぐに金属のお盆に飲み物と菓子を乗せ、志真たちの方へとやってくる。

 そうして、テンマの前へ移動したのち、


「初めまして。ウルは志真様をサポートするために未来からやってきたのです。志真様のこれからの運命を阻止するため、全力で頑張るのです」


と言った。

なんだって?

衝撃的な発言を聞いたような気がして、はじめましての挨拶中に横槍を入れた。


「僕のこれからの運命?」

「はい。これから志真様は死ぬ運命なのです。ウルはそれを阻止するために来たのです」

「僕が……死ぬ?」


 なんだって?

 テンマの頭を抱える姿を想像していたというのに、頭を抱えたのは志真の方だった。

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