第4話 ”ご主人様”の目的

 リビングテーブルを、志真、テンマ、ウルが囲んでいる。

 先程から、ウルの「志真にとってはよくわからない話」が続いていた。

 未来から来ただの、志真の目を治しただの、この時代は物があふれていて混乱するだの。

 志真本人も未だに状況が掴めていない話を、ウルはテンマに説明していた。

 そこはAIの本領発揮と言うべきか、人間なら面倒くさくて端折るところも丁寧に説明している。

 そしてウルは機械ゆえ、事実しか話さない。こちらが口をはさまなくとも上手く話してくれるため、大変助かっていた。

 だが、この突拍子もない話をテンマが理解するのかどうか……。

 未来から来ただなんてありえない、と熱くなって、ウルと大喧嘩をしたらどうしよう。その場合自分はどちらにつけばいいのだろうか、と、ひとまず考えはした。

 だが――


「なるほど! すげぇ~!」


 テンマの感嘆の声に、志真は耳を疑った。


「なんで信じれるんだよ」

「二百年先の未来からシーマさんの病気を治しに来たってすごくないっすか!? SLPが自分の意志で動き回って、人の力を借りずに治療が出来るってすごくないっすか!?」


 こいつ、正気か?

 SLPという妙な単語も難なく覚えて会話に組み込み始めた。

 どうしてこうも情報処理能力が高いのか。そして、受け入れてしまうのか。

 テンマが見た目にそぐわず読書家なのは知っていたが、そのせいだろうか。まさかここまで速攻で理解するとは思わなかったけれども。

 自分の頭が固いのかと疑ってしまう。志真だって若者だ。「シーマ」は年齢を伏せてやっているが、実のところ中身は高校生なのだ。頭は柔らかいと思っていたのだ。少しだけ、傷つく。

 ゲンお手製のデザートをつまみながら、志真は思わずうなだれてしまった。


「で? で? シーマさんの目は、もう完治したんすか?」

「完治と言っていいとは思いますが、症状を探りつつ、しばらく様子を見るのです」

「視力は?」

「問題ありません。発病前の視力まで戻っているかと思いますが、志真様、如何でしょう」

「うん、ちゃんと見えてる」


 目に違和感はないし、視力の低下も感じない。


「ってことは、シーマさんはスカイバイク復帰出来るってことっすね!?」


 テンマはデザートスプーンを天井に掲げた。スプーンに付着していた生クリームが近くの壁に飛び散る。

 ウルは動じずに話を続けた。金属類以外の物は動かせないのだろう。ふきんは電磁石でどうにかなるものではない。


「結論から申し上げれば、復帰出来るのです。まぁ、志真様はスカイバイクに人生をかけるようなクソバカ野郎ですので、たとえウルが止めたところで復帰するのです」

「おい今なんつった」

「いやぁ、確かにシーマさんはスカイバイクバカっすね。学校一の高嶺の花でお嬢様の羽鳥を振ってるって聞いてますし~」

「その話やめろ。ってか、なんでお前がその話知ってんだよ」

「同じ学校ですし。同じ学年ですし? というか、同じクラスですし?」


 テンマの発言に、少々思考が止まる。


「同じ……クラス……? 僕とテンマが?」


 先程玄関先で「同じ学校」という情報は仕入れていたものの、同じクラスだと……?

 元々学校にはあまり行っていなかったうえ、目が悪くなってからは一度も行っていない。

 なのでクラスメイトの顔も名前も、まったく覚えていないのだが……。


「嘘だろ……?」


 さすがに、チームメイトが同じクラスに居たら気付くのではないか。

 同じクラスにテンマがいるだなんて、まったく知らなかった。


「えっ、志真様はクラスメイトのお名前をご存じないのですか?」

「ね? スカイバイクバカでしょ? シーマさんはスカイバイク以外の事は本当にどうでも良いんすよ」


 テンマとウルが大きな声でコソコソ話し始めたので、志真はムキになる。


「スカイライダーは身バレ防止のために若干変装して私生活送ってんの! 個人情報のやり取りもしないの! ライダーだってバレたら学校とか職場に迷惑がかかるから!」


 とは言ってみるが、テンマとウルは白けた顔だ。


「変装してるとはいえ、同じクラスなんですよね?」

「そうっすよ。俺、何度か話しかけたことあるのに、大体無視されるんすよ」

「どうしてなのですか?」

「スカイバイクバカだからっすよ。名前もさ、いくらライダーネームと本名は別とはいえ、わかるでしょって話っすよね。俺はシーマさんの名前は当然同じクラスだから知ってますけど、多分シーマさんは俺の名前なんて……」

「知らない」

「ね? スカイバイクバカでしょ? 覚える気もないし、聞く気もないんすよ」


 酷い言われようである。

 だが、これは言われてしまっても仕方がない。志真はスカイバイクに関しては「真面目」で「優等生」だからだ。

 「スカイバイクバカ」の志真は、出来る限りチームメイトの個人情報を得ないようにしていた。

 現メビウス発足前に知り合ったゲンなどの情報はもう知ってしまっているのだが、街中でばったり出くわせば知らないふりをする。

 それが小さな小さなスカイバイク界での常識だし、暗黙の了解で行われていることだった。


「同じクラスだからって僕に話しかけるテンマが悪い」


 クラスメイトとしての待遇を期待するな。

 そしてお前はクラスメイト以前にチームメイトだろうが、と言いたい。

 こちらに非はない。掟を破っているのはテンマのほうなのだ。

 そう言うと、テンマはぐぬぬと唸るかと思いきや、


「クラスメイトがクラスメイトに話しかけて何が悪いんすか。話しかけないほうが不自然っすよ」


 と言う。それは確かに。

 この話を強引に終わりにしたかった志真は、ウルが用意してくれた飲み物を飲む。

 テンマとウルは気が合うようで雑談を始めている。会話の隅に隠れるようにして、一度ゆっくりと目を閉じた。

 なんだか楽しい会になっているが、本題から大きくそれてしまっている。

 目が見える、ということで浮かれてしまったのかもしれない。

 志真はグラスをテーブルに置き、ウルを見た。


「あのさ、ウル。さっき、僕のこれからの運命を阻止するために来たって言ってたけど。どういうこと?」


 突然空気をぶった切ったからか、テンマが、「ほえ」と間抜けな声をあげた。

 ウルは明るい声で「良い質問です!」と答えてから、料理器具にふきんをひっかけて生クリームがついた壁を拭いた。なるほど。


「志真様のこれからの人生はですね。原因不明の目の病気でスカイバイクを引退し、生き甲斐をなくして腑抜けになったタイミングで来た縁談に流されるまま乗ってしまい、好きでもない相手と結婚したものの、スカイバイクが忘れられずに精神を病んで死ぬ、といったものなのです」

「なんだそれ」

「まぁ、私のご主人様がそう仕向けているのですけどね。自分自身の望む人生を、楽して歩むために」


 耳を下げつつウルは言った。


「お前のご主人様?」


 ウルは未来から来た。

 ということは、そのご主人様とやらは未来の人間なのだろうか。

 ウルはひとつ頷いてから、


「ちなみに、ご主人様は志真様のご子孫なのです」


 と付け足した。マジか。


「未来の人間――んでもって、僕の子孫が僕の人生に干渉してるってこと?」

「はい、そうなのです。今のところの人生――目の病気でスカイバイクを引退、生き甲斐を失くしていた、というところまでは合っていると思うのです」


 確かに合っている。

 ウルが来てくれなかったら、今も志真はお先真っ暗の状態だった。


「私が志真様の前に現れたのは、ご主人様の行動を阻止し、志真様にきちんと本来の人生を歩んでもらいたいからなのです」

「それはありがたいけど。でも、お前に何の得があるの?」

「私は機械ですから、得はしません。それに志真様がどんな人生を歩もうと、ウル自体は困らないのです。SLPの末路は変わりませんから。ただ、自分自身に組み込まれた正義感だけでここにいるのです」

「正義感ねぇ……。過去を変えちゃいけない、とかいうやつ?」

「それもそうですが、それよりも。……ウルはご主人様に、しっかり自分の人生を歩んでほしいのです。過去を変えれば当然、未来は変わるのです。なら、過去を変えれば、欲しい人生が簡単に手に入ってしまう。ウルはご主人様にはそういうズルをしてほしくないのです」

「機械のくせに、人間っぽい考え方をするんだね」


 ウルはしばし時間を置いてから「そうかもしれません」と言った。


「ウルはバグが発見されたことで、市場に出回らずに破棄されたSLPです。ご主人様に拾われて修理されました。やはり、他のSLPとは違うのかもしれません」


 そう淡々と話すウルだが、どことなく声色に悲しさを感じる。もちろん志真の勘違いかもしれないけれど。

 だが、事情はなんとなく分かった。

 ウルにはウルの事情があった。ご主人様とやらにしっかりと生きてほしくて、志真の目を治した。


「まぁ、いいんじゃない。今回ので僕が本来の人生に戻れば、そのご主人様ってやつも諦めるってことでしょ?」


 目を治した見返りに何かを求められるのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

 既に見返りは発生しており、ウルが未来に帰るだけで全てが丸く収まる。全員がハッピーで終われるエンディングだ。


「いやでも、大体そういうやつって往生際悪いんすよ」


 見てきたような物言いでテンマは言う。

 腕を組んで首をかしげて、むむむと唸りつつ言葉を続けた。


「だって、過去を変えようとするくらいの執念があるってことっすよ。普通、人生上手くいかないからってそこまでします? 自分の力だけで、自分の人生の中だけで何とかするでしょ」


 そうして、テンマはそこそこ的確に分析しているのだった。


「人生なんてそう簡単に変わるもんじゃない。持って生まれた能力とか。国とか、親とか。環境とか呪いとか。平等じゃないんです。で、普通は諦めるんです。自分の中で出来る範囲の努力はするけど、どう頑張ってもどうにもならないことが起きたらもう身を任せるしかない。これが自分の人生なんだ、運命なんだって言い聞かせる。でも、そうせずに、過去を変えようとしてる。普通じゃないっすよ」


 テンマは志真とウルを交互に見て、


「シーマさんの目が治ったから諦めよう、とは思わないんじゃないですかね?」


 と言った。


「まぁ、これは俺が勝手に思ったことなんで、間違ってたら申し訳ないですけど」


 テンマはそう付け加えたが、妙に目がガチだったので何を言おうか悩む。茶化せもしない。

 テンマってこんなやつだったっけ? もっと量産型モブのように大らかじゃなかったっけ? と思ったが、テンマのことは何も知らないし、知ろうとすらしていなかったな、と今さら思った。


「相手が次の手を打ってくるって言いたいの?」

「そうっす。人生かかってるのに一回失敗しただけで引くなんて、ねぇ?」

「確かに」


 一度、「志真の目を潰す」ということには成功しているのだ。

 それに失敗は成功の基とも言う。成功と失敗を活かしつつ、次の策を考えたとしてもおかしくはない。


「ちなみにウルは、そのご主人様とやらに黙って過去(ここ)に来たの?」

「はい。もちろんなのです」

「だよね。宣言してから来るバカいないよね」

「ちなみにご主人様はウルを家事代行SLPとして扱っていますので、ウルに治療機能や戦闘機能があることを知らないのです」

「お前、ご主人のこと結構裏切ってるよね」

「長い目で見たら裏切ってないのです。それに機能面については聞かれませんでしたし、披露する場もなかったので仕方のないことなのです」


 ウルは「ご主人様が諦めるまで、ウルは元の時代に帰りません。志真様に全面的に協力するのです!」とやる気満々の笑顔を見せた。

 何だか頼もしいではないか。さっきまで意地でも信用してやるものかと思っていたが、どんどん印象がよくなっていくではないか。


「まぁでも、本当に”次の手”が来るとしても。いつ来るのかはわからないよね。それまでにウルからもっと話を聞いて、作戦を練る必要がありそう」

「俺は協力しますよ。というか、メビウスは全員力になってくれるんじゃないっすかね。最近成績落ちてきてるから、みんなシーマさんに戻ってきてほしいと思ってますし」


 成績が落ちていることはいただけないが、力になってくれるのは有り難い。

 今日のレースが終わってから、ゲンに連絡を取ってみよう。志真がレースに戻れるとなれば、マイナスな事情込みでも話を聞いてくれるはずだ。


「ちょっと難しい話は休憩にしようか。さすがに――」


 ――疲れた。……と、言う予定だった。

 だが、その言葉を口にする前に、一瞬、窓の外が大きく光ったので黙ってしまう。

 昼に太陽以外の光が目立つなんて、おかしい。

 しかも一瞬光って、すぐに元に戻ってしまった。それもそれで、なんだか変だ。

 志真は自身の目の不具合かと思ったが、テンマも窓の外を見ているので、外が光ったのはおそらく間違いではない。


 それからすぐだ。

 大きな音と共に家が大きく揺れた。

 キッチンのほうからは、食器がカタカタ揺れる音が聞こえる。棚に置いてあった写真立てと観葉植物が地面に落ちた。


「な、なんだよ……」


 地震を一瞬疑ったものの、音と衝撃はすぐ近く――二階から伝わってきたものだ。

 地震ではない。他の天災でもない気がする。


「うちの二階で、何が……?」


 耳をすませば、外の環境音がよりクリアに聞こえてくるではないか。

 なんだなんだ。おかしいぞ。


 急いで階段を駆け上がる。

 そこで見たものに、志真は声を上げてしまうのだった。


「はぁ!?」


 二階の廊下には、木材の破片が大量にばら撒かれていた。

 物が転がる音と、舞った埃の臭いもする。

 志真は大慌てであたりを見渡すと、そこには――


「嘘でしょ!?」


 二階にある志真の部屋が、なかった。

 部屋ごと、木っ端微塵に吹き飛ばされているのだった。

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