5-3 本のプロモーション

 デートが終わって僕が自宅に帰り着いた時は、夕方五時位だった。完全に日が落ちていた。僕は二階の自室で、雨音多一氏の本を読み始めた。


「幸福主義における広告には、注意しなければならない。テレビやラジオ、雑誌・新聞などのマス・プロモーションが効きにくいのである。ニッチ層にアプローチするには、フェイスブック広告などのインターネット・メディアによる広告が、ある程度有効である。しかし……」


 僕はそこまで読んで、考えたことがあった。

 ⎯⎯ 本のプロモーションはどうしようか。


 一般的な自費出版には、数百万円ものお金がかかる。このうちの何割かが、新聞の下段広告や、各マスコミへの著作本の送付などに充てられているのだという。PODによる出版の場合、プロモーション代は入っていない。だからこそ、安価で製作することが可能なのだ。


 雨音氏の本は続く。

「私の考えでは、POD書籍などを既知の友人にプレゼントすることが有効なのではないかと考えている。贈呈本としてプレゼントを行う。その積み上げが、自費出版社の新聞広告に匹敵する効果を上げるのである」


 僕はあまり自費出版については詳しくないのだが、「印刷してそこで終わり」のサービスも多いのだ。販促に力を入れている出版社もあるのだが、出版費用は相当かかる。

「さて、どうしたものか」


 僕はB5ノートを開いた。ページの一番上に「献本者リスト」と下記、一旦筆を置いた。


 雨音多一氏の文章を念頭に置きながら、僕は友人の顔をひとり一人思い返していた。黒崎さん、松山書店の川村店長、三田精一郎君、五色教授……。ざっと十名位のリストをつくることができた。僕は年始に届いた年賀状を机の上に並べ、送り先の住所を確かめた。



「広告って、何だろう……」

 僕はひとりひとりの友人へ、手紙を送り、本を書いた想いを届けようとした。剣と魔法の冒険譚は、僕の若い時代を綴った物語の集大成である。そこに、ラノベだとか純文学の線引きは無い。僕はノン・フィクションをほとんど読まないし、純文学にも疎い。だけれども、ハイ・ファンタジーは良く読んだ。論文を読むのも知的興奮があるけれど、手に汗握るファンタジーが、僕は好みなのだ。

 

 僕は、もうすぐ届くであろうテスト版の仕上がりを楽しみにしながら、そんな事を考えていた。


 自分の書いた作品が「本になる」という愉しみを、僕は味わっていた。テスト版の到着を指折り数えながら、日を重ねた。そして、その日がついにやってきたのである。

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