4-6 小説の完成

 僕はその日から「ミッション」にWEB小説を綴りはじめた。毎日、夜九時から十時の間に、一時間を使って作業を進めた。


 そんな日が、半年ほど続いたのだった。


「これでよし。完成だ」

 僕は最後に「戦士ドラガルの旅路 完」の文字を入力して作業を終えた。日々、書き連ねていくたびに「いいね」をもらったり、コメントを受け取ることが楽しかった。仕事の合間に書いている一時が、無常の幸せだった。


「杏子さん、まだ起きているかな」

 僕は時計を見た。。時刻は十時十五分。スマホを手に取る。

「もしもし……」

「杏子さん? ついに小説が完成したんだ」

「おめでとう。ついに最後まで書き切ったのね」

「いままで、応援してくれてありがとう。『いいね』とか、コメントとか、本当に嬉しかったよ。杏子さんのお陰で完成することができたんだ」

「本当に良かったね」


 杏子さんは、涙声になっていた。少し間をおいて、杏子さんが続ける。

「完成したら、どうするの?」

 僕は、その言葉を受けて答えた。

「POD出版してみようかと思っているんだ。安価で造ることができるらしいんだ」

「それが良いわ。イマドキで、与津くんらしい」

「褒め言葉だよね」

 僕は思わず笑ってしまった。

「一応はね」

 僕らは小一時間位話して電話を終えた。


 WEB小説を書いている多くの人が待つものがある。それは編集者からのオファーだ。大勢の人が紙版の本にしたいと願っている。もしかすると、今日「ミッション」の編集者からEメールが来るかもしれない。そう思い、どこかで期待している人は多いだろう。僕もその一人だった。


 もし、オファーが来ないなら、自分の手で出版してみようか。僕が雨音多一氏の本を読んで教えられたのは、現代なら個人出版が可能だ、ということだった。


「もう一度、ホームページを見てみよう」

 僕は「ウルトラ・パブリッシング」のHPを確認した。本文のひな形があり、そこにテキストを流し込めば完成だ。表紙をつくるのは、少し手間だが、「フォトショップ」というアプリケーション・ソフトがあれば便利だと、雨音多一氏の本に書いてあった。月千円少々の使用料なら、なんとかなる。



「良一、年越しそばできたわよー」


 一階から、母の声が聞こえた。

「今、行くよ」

 僕はウルトラ・パブリッシングのHPを消して、パソコンを立ち下げた。

「本づくりは、来年からスタートしよう」

 僕はひとり頷くと、部屋を出た。



『自分の力で本を造る』


 それが僕の来年の課題となった。編集者のオファーを待っていては駄目になる。コンテストに応募しても、あまり期待できない。そう何度も自分に言い聞かせた。

 幸い、本屋の仕事での収入が少しあったので、出版費用が少額であるらしいいから、その点はクリアできた。



『いつか作家になりたい』


 その夢が、もうすぐ叶いそうな気がした。



                 「第四章 幸福主義についての考察」 (結)

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