4-3 山河図書館にて
第三週の水曜日は、五月晴れだった。僕は山河市立図書館へ、自転車で乗りつけた。僕は自動車免許を持っているのだが、車はまだ持っていなかった。車で出掛ける用事がある時には、父と母に頼んで車を借りていた。
山河図書館は、昨年新築工事が終わり、新しくなった図書館だった。文化ホールの隣に建てられた図書館で、新鮮な感覚にあふれていた。
「やっと来た。5分遅刻よ」
「ご免ね」
図書館の入り口のラウンジで、僕と杏子さんは待ち合わせた。待ち合わせ時間の十時半に、僕はやや遅れて到着したのだった。
「今日は晴れて良かったね」杏子さんは、少し笑った。
「そうだね、すごく爽やかな風だったよ。今日の自転車は」
杏子さんは、嬉しそうに頷いた。
僕は二階の書架へ行くと、杏子さんと離れて調べ物を始めた。幸福主義について知りたかったのだ。杏子さんは、文芸の本棚の前へ赴き、そこで本を眺めていた。
僕は、三十分程して二冊の関連書籍を見つけた。読書をするブースへと行き、内容を調べる。
「近年、多ロット少生産のオンデマンド印刷が盛んになっている。少数部を多品目つくれるようになったのは、オンデマンド・プリンターの進化によるところが大きい。この技術の発展により、書籍やオリジナル・グッズの印刷が、安価で身近なものになったのである」
僕は所々メモをとりながら読み進めた。
「このオンデマンドは、インターネットとすこぶる相性が良い。少量多品種の注文を汲み出しやすくなったのだ。この時点で、大量生産・大量消費のみの時代は、終わったといえるだろう」
⎯⎯ そうなんだ。今はそういう時代なのか。
「わたくし雨音多一は、それを『幸福主義時代』と名付けた。人々の多様なニーズに対応した時代である。それは既に、資本主義とは呼べない。何故なら、資本主義は大量生産・大量消費を根幹としている社会だからである」
なかなか刺激的な論文だった。著者の雨音多一氏は何冊か本を出版しており、僕が手に取ったのはその中の一冊だった。
「与津君、調べ物はもう済んだ?」
「大体ね。黒崎さんの方はどう?」
「私、良い小説を三冊見つけちゃった。今日借りていこうと思ってるの」
それから僕たちは、駅近くのサンドウイッチ専門店へと足を運んだのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます