3-5 異界の物語

 杏子さんは、少し考えた後につぶやいた。

「どんな小説?」

「えーと……。映画の『ロード・オブ・ザ・リング』の原作だった『指輪物語』みたいな小説を書いてみたいんだよ。若い頃によく読んでいたんだ」


 僕は全てを言葉にして伝えた。

「今なら、WEB小説があるわね」

「ああ、それが良いいかもしれないな」

 WEB小説は僕も知っていた。SNSに近い感覚で小説を投稿できるサイトで、いくつか有名なものがあった。


「若い頃に夢中になって読んだ、血湧き肉躍る冒険譚を書いてみたいんだよ。今、中学校生徒くらいの子に、読んで欲しいんだ」

「立派な夢ね」

 杏子さんは優しくそう答えた。


「どんな時代にも、ヒーローは必要さ。アオモリトドマツの研究をしている学者の先生が、現代のヒーローチームのリーダーかな」

 杏子さんが、クスクスと笑った。

「その大学の学生が、戦隊の実働メンバーなのかしら」

「僕は、アオモリトドマツの立ち枯れの原因を突き止めることは出来ないんだ。専門分野が違うからね。それでも、ヒーローを物語ることは出来るんだ」

「森林の研究をしている先生を書くの?」

 僕は慌てて遮った。

「いや。ハイ・ファンタジーを書いてみたいんだ。アオモリトドマツではなくてね」

「そうなんだ。私、アオモリトドマツの先生がヒーローだって言うから、そっちかと思った」


「同じ所に生きているんだよ。大学の先生と勇者は。同じ異界に」

「異界って?」

「樹氷は、異なる世界の象徴さ。ライトアップされた樹氷の脇をスキーで滑ったことがあるんだ。この世の風景とは思えなかったよ」

「だから『異界』なのね」

「そう。勇者が生きているのも、この世ならざる別の世界なんだ。ふたりは、同じ異界に生きているんだ」

「モンスターと戦ったり、助けたりするのね」

「モンスターと戦うのは比喩なんだよ。心の中の醜い自分がモンスターだったりするんだ。駄目な自分自身と戦うことを、モンスターを登場させることで、表現するんだよ」

「心理学的ね」杏子さんは素敵な声でつぶやいた。


「まさにそう。シンデレラの昔話は、古くから、そして世界中に存在するのを知ってる?」

「『灰かぶり』の話ね。少し聞いたことがあるわ」

「シンデレラは、ひとつの神話とさえ言えるだろうね。『農村シンデレラ』なんかもそうさ。つまり、僕たちは『戦い』を比喩として擬似体験することで、自分の成長を文学作品やゲームで楽しむんだよ」

「レベルアップが、あんなにも楽しいのは、そのためなのね」

「『自分を成長させる』ことは、いつの世でも重要な命題だからね」


「書いたら、私にも読ませてね」

「ああ。早速書いてみるよ」

「じゃあ、また」


 僕と杏子さんは、そこで電話を切った。それは、透明な夜のことだった。

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