3-3 神社のことば
松山書店は山河市に二つあり、僕はその一店舗に配属された。同期の桜である黒崎杏子さんと共に、山河中央店で研修を受けることになった。研修とはいっても、実際にお店に出て、レジ打ちをしたり商品を並べたりする作業だった。四月は新年度で、文具や教科書、副読本などの売上が良いらしい。
最初の休みの日、僕と杏子さんはデートに行く予定だった。ところが、連日の仕事で体に疲れがたまり、デートどころではなかったのだった。それはデートの前日、水曜日の夜のことだった。
「本当にゴメン。体がいうことを聞かないんだ」
「わたしもクタクタで、動けないのよ」
そういう訳で、僕は木曜日の休日の午前中を眠ることに充てた。
時計は、午後二時を指している。眠気はすっきりと解消し、体の気怠さも無くなった。
⎯⎯ これから、どこかへ行こうか。
僕は、ナップザックを手に取ると行き先について考えを巡らせた。x
⎯⎯ コンビニにでも行こうか。
僕は近くのコンビニに向けて走り出した。
自転車は、春の好天の下、かろやかに走った。僕はコンビニで、どら焼きとコーヒーゼリーと、カフェラテを買って支払いを済ませた。
帰りしな、稲荷神社の前を走っていた。
⎯⎯ 神社にでも立ち寄ってみるか。
僕は、稲荷神社の入口脇に自転車を停めると、参道に入っていった。
そこは全く異なる世界だった。
鳥居の朱い連なりが、神秘的だった。
音が無かった。風は凪いでいた。
⎯⎯ 神秘的だな。
僕は、他の人と同じように、神さま仏さまが実在するのかどうか、疑問を持ったことさえ無かった。実在しないと思っていた。それでも神社の境内の神秘的な雰囲気は、無神論者の僕に、考えるように問いかけた。
⎯⎯ 僕は何のために生きているのだろう。
突如、そんな考えが降りてきた。そんな問いは、教職を諦めた教育実習の日に捨てたものだった。 僕は人生を再起できずに、ここまで来てしまったのだ。
⎯⎯ 神さまに聞いてみようか。僕はこれから、どう生きたら良いのだろうか、を。
僕は、五円玉を賽銭箱に放ると、手を合わせた。
こんな心境になったのは、久しぶりだった。人生をやり直したい、僕は本気でそう思った。
⎯⎯ 神さま、僕はどうしたら良いのでしょうか?
「書いてみることだよ」
そんな心の声が聞こえた気がした。僕が半分諦めていた答えだだった。
書いてみること、か。とりあえず、何か書き出してみようか。
僕は一礼して自転車へ戻ると、自宅を目指してペダルをこぎ出した。ゆっくりと辺りに夕焼けのオレンジの光が、溢れ始めていた。
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