3-2 初日の仕事
「隣の山形県の樹氷って知ってる?」
お昼休みのことだった。同時に昼休みに入った僕と黒崎杏子さんは、事務室兼休憩室にいた。
「ああ、あれでしょ。蔵王にある『スノーモンスター』。木が凍り、雪が着くことで、大きなオブジェのようになるヤツでしょ」
僕はそう言い、ナップザックからおにぎりとマグボトルを取り出した。黒崎さんはコンビニのサンドウィッチの外装のビニールを解いた。
「そう、そのスノーモンスター。その木であるアオモリトドマツが、今立ち枯れてしまってるんだって。温暖化が原因で害虫が発生したって言われいるのよ。深刻な環境問題ね」
黒崎さんは、パクッと一口サンドウィッチを口にした。
「それは環境問題と云うよりは、『文化問題』なんじゃないかな?」
「文化問題?」
黒崎さんは、目をしばたかせた。
「山頂の木が一部枯れても、生態系にはそれほど影響がないと思うんだ。それよりも『観光資源』へのダメージや、蔵王山の文化的なアイデンディティにかかわることだからね」
「それで『文化問題』ね」黒崎さんは頷いた。
僕たちは、昼食を食べ終えると、少し寛いだ気分になった。休憩室のインスタント・コーヒーを、杏子さんが淹れてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
初日に昼休みは、そうして終わりを告げた。僕は初仕事の日に教わったことを、帰りの道で思い返していた。雑誌の再梱包や、本棚への並べ方。適当に置いているのではなく、決まったルールがあるのだ。
レジの打ち方も教えてもらった。今日僕は、川村店長の後ろについて、商品を袋に入れる作業を担当した。簡単ではあるのだが、息の詰まる作業だった。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫。次はレジのお金の方をやってみるか?」
「はい、頑張ります」
そんな光景を思い出していた。
一日を終えると、体が鉛のように重かった。何とかペダルをこいで、自宅へとたどり着く。
「ただいま」
「おかえり、良一。初日はどうだった?」
母の与津さゆりが玄関で出迎える。
「疲れたよ、ホントに」
「お風呂、沸いてるわよ」
「ありがとう。まず、お風呂からだな」
僕は湯に浸かった。
ざぶざぶと髪を洗う。
「生き返るなぁ」
月給十七万円。お金が入ったら、何に使おうか……。とりあえず、新刊本を買おう。どの作家が良いか……。
全身の疲れが、湯と共に流れていった。
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