第3章 異界についての考察
3-1 初出社日
四月の第一土曜日。菜の花が咲く道を、僕は自転車で走っていた。辺りには春の朝の凛とした空気が満ち、肌に冷たい風があたった。パーカーのフードが風を受けて膨らみ、ナップザックを叩いた。
今日は「松山書店」への初出社の日なのだ。朝十時の開店時間の一時間前に来て欲しいと、川村さんに言われた僕は、自宅から自転車で十五分のところにある書店へ向かっていた。
卒論を提出し、三月に大学を卒業した僕は、二つ目の内定先だった松山書店に就職した。就職試験の時に親しくなった「黒崎杏子」さんと、僕と、もう一人の計三人が、今年入社した。
「あら、与津君は自転車なのね」
松山書店山河中央店の前で、僕と杏子さんは出会った。杏子さんは、店の裏の駐車場に真新しい軽自動車を駐め、僕にそう声をかけた。
「家から近いんだ。健康のためにも良いしね」
僕がそう言うと、杏子さんは可笑しそうに笑った。
「そうね。ガソリン代も掛からないしね」
「みんな、おはよう」
店長の川村さんが、車を降りて声を掛けてくれた。川村店長は、六十五才位の男性で、ベレー帽をかぶっていた。洒落者で、一風変わった服を着ていたところを、僕は何度か見ていた。
「今日から、与津君と黒崎さんは、私たちの店の一員だ。頑張って仕事を覚えて欲しい」
「はい、店長」杏子さんが伸びやかな声で返事をする。
「今日から宜しくお願い致します」僕はそう言って、頭を下げた。
僕の新しい人生は、こうして始まったのだった。
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