2-7 口頭論文発表会

 季節は冬を迎えていた。口頭での論文発表会の当日、僕はトイレで用を済ませ、手を洗っていた。鏡に自分の顔が写る。


 結局、僕は二つ目の内定通知を受け取り、松山書店に就職するつもりだった。黒崎さんと時々電話をし、ふたりで立派な書店をもう一店舗出店したい。そんな夢物語を繰り返し語り合った。



「あれ、与津君?」

 三田君がトイレに入ってきた。

「もうすぐ、発表の時間じゃないの? 大丈夫?」

 三田君が心配そうに問いかけてきた。

「三田君、発表を聞きに来てくれたんだ。有難う」

 わざわざ、僕の口頭論文発表会に来てくれたのだ。僕は心底嬉しくなった。


「三田君。これからの世の中はどうなるのかな?」

 僕はつい、そう洩らしていた。

 三田君は何も言わなかった。


「僕がたかだか百枚の論文を書いたところで、何も変わらないかも知れない。でも、いいんだ。相変わらず、原子力発電所は稼働するし、自動車の排ガスだって増え続けるかも知れない」

 三田君は辛そうに笑ったが、何も言葉を発しなかった。


「何か、地球のために僕に出来ることがあるかも知れない。ちいさなことかも知れないけど」

 三田君はほほ笑んだ。

「ちいさなコトでいいじゃない」三田君は頷いた。


「このちいさなことが僕にできる精一杯のことなんだ。この論文の発表だけで、地球を変えるなんて不可能さ。でも、その為のちいさな一歩が、とても重要なんだと思う」


 三田君は返答した。

「それでいいんじゃないのかな。正義のヒーローなんて、どこにも居やしないんだよ、きっと。だけど、『少しだけ世の中を良くしたい』と思っている人は、大勢いるんじゃないかな」

「僕もそう思うよ。さて、もう行かないと」

「発表、頑張ってね」



 それが、大学生最後の僕の晴れ舞台直前のことだった。僕は発表を終え、論文を書き上げた。そして僕は大学を卒業し、松山書店へと就職したのだった。



                 第二章 移住についての考察 (結)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る