2-6 一夏の想い

 夏休みには、論文の骨子を書くつもりでいた。仲が良かった三田君は、地元に一旦帰省し、故郷の和歌山県内での就職活動にいそしんでいるらしい。

 僕は教職を目指して、に学んできた友人たちとも疎遠になっていて、三田君も地元に帰省したことから、独りでいることが多くなった。


 その頃からだろうか。僕が「自分の言葉で考えること」を大事にするようになったのは。


 僕はルーズリーフにアイディアを書き出しながら、図書館の机で考えていた。



 近代社会は、都市へ機能を集中させ、効率的な社会の運営を目ざしてきた。それが第一次産業への回帰や見直しを経て、「絶対に都市に住まなくてはならない」という神話が崩れたのがここ数年の動きだった。インターネット回線の普及や増強によって、テレワークでの仕事が一般的になり、必ずしも会社へ出勤しなくても良くなった。それがアフターコロナの世界だった。そして、スローライフや田舎暮らしの見直しが顕在化してきたのである。


 僕はそこまで考えを巡らせて、メモを採った。そして、はじめに自分で書いた、四つのキーワードをもう一度見返した。そこには「食の安全」「農村シンデレラ」「若い発信者」「コロナ回避」と書いてあった。



 都市問題の根本には、人口過密がある。それが騒音問題や公害問題などを引き起こしているのだ。だから、コロナの時代に一旦田舎や郡部で暮らし、その贅沢さが身にしみてわかった人が、本当に移住をはじめたのだ。


 スマホが無かった時代を、僕は余り想像できなかった。すべてがデジタルへと還元されないアナログな時代を好む人が、最近増えているという。新しい時代の流れなのか。

 そんな中、山河市は福島県という立地から、移住を受け入れている都市のひとつになっていた。


 アフター・コロナの時代、テレワークの普及によって、オフィスワークは自由になった。フルリモートの会社が増え、出勤せずとも良くなった。それは、近代社会の解体だった。今世界は、インターネットによる新時代を迎えているのだ。



 この先、日本はどうなるのだろうか。


 随分前から「地方分権」が唱えられてきた。最高裁や国会議事堂の分館建設や移転というシナリオもあるかも知れない。

 中央への一極集中が見直され、各都市による多彩な文化圏の構築もあるだろう。郡山市や宇都宮市などの中都市が担う役割も増えてくる。


 僕は余り詳しくはないが、例えば東京でしか出来なかったゲームづくりのような仕事でさえテレワークで行える時代が来たのだ。仕事の幅は広いだろう。


 朝、誰もいない砂浜でヨガをしたり、夕べの食事を森の近くで愉しんだり、新しいライフスタイルが次々と現れてきている。新しい時代が、コロナの終結と共にはじまったのだ。僕らは今、その新時代の只中にいる。


 僕は一夏をかけて、卒業論文の骨子を考え、それを口頭発表会用に書き改めた。

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