2-2 移住のはじまり

 その日の午後、授業の空きコマに僕は図書館にいた。

 このところ梅雨前線が停滞し、ここ数日は雨が続いていた。本降りの雨となった今日、クーラー要らずの図書館は、快適な温度だった。


「えーと、1973年日本有機農業研究会が発足。お隣の山形県か……。この時は、食の安全がテーマだったのか。その後、東京の大学などとの交流があって、移住者が生まれたんだ」


 僕は文献を探しながら、図書館の棚をあちこち巡った。大学の図書館は、研究書や学会の論文が充実しており、この手の情報はすぐに調べることが出来た。もっとも、インターネットでの予備調査は既に実施済みである。

 僕は調べた内容を整理するため、図書館の入り口のラウンジから、田君へスマホをかけようとした。三田君は僕と同じ大学四年生で21才。文化学を専攻している学生で、割と仲が良かった。


「もしもし、三田君?」

「良一か。何? どうしたの」

「実は……」


 僕はかいつまんで、卒論のテーマを話した。説明は五分程続いた。


「そうか、大体分かったよ。面白いんじゃないかな」

「有難う」

 僕は嬉しくなった。


 三田君が話し始めた。

「昔、マンガで読んだんだけど、嫁不足の農家へ、アレルギーの子どもを持つ女性がやってくる、なんて設定の話があったな」

「ああ、あったあった。僕もマンガ雑誌か何かで、そのストーリーを読んだことがあるよ」


 三田君が続けた。

「そんなマンガを『農村シンデレラ』と、誰かが呼んでいたな」

 僕は少し可笑しくて、クスクスと笑った。

「『農村シンデレラ』か。言い得て妙だね。今日は話を聞いてくれて、本当に有難う。それじゃ、切るね」

「じゃあ、また」


−− 移住か。僕が生まれる前の九十年代には、あんなマンガになる程、流行っていたのかな。


 僕は、雨の晴れ間に自宅へと向かった。帰り道、紫陽花が静かに咲いていた。

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