第2章 移住についての考察

2-1 卒論のテーマ

 社会学の大学教授である、五色恵造ごしき けいぞう先生は、ちょっと変わった癖を持っていた。それは、「まばたき」をしないことである。先日の授業時間中に行ったまばたきの回数は、わずか五回。僕の友人である三田君の計測によると、それが最低回数らしい。


 僕は今、向陽大学の四年生で、五色教授のゼミに入っていた。今年の年末に卒業論文の口頭発表会があり、二月に卒業論文の提出がある。


 六月下旬、今年の梅雨は雨が少なく、割りに過ごしやすい陽気だった。ゼミで卒論のテーマを決めるように、と五色教授から指示があったのが、GW直前のこと。僕は今、どんなテーマにするのかを悩んでいた。



 僕は朝六時半に起きる。まず歯を磨き、顔を洗って、七時には食卓のテーブルにつく。それが僕の一日の始まりだった。 


「おはよう、良一」

「ああ、母さん、おはよう」


 僕の家は四人家族で、両親と僕と弟が山河市の郊外に暮らしていた。



「さて、次のコーナーは『田舎で暮らそう』です」

TVの情報番組ライズのコーナーが切り替わった。毎週水曜日のこの時間は「田舎暮らし」や「地方への移住」がテーマのコーナーなのだ。


「良一、卒論のテーマは決まったの?」

 母が心配そうにこちらを見た。そして、お味噌汁の椀を僕の席の前へと置いた。

「まだなんだよ」

「大変ねぇ。卒論がない学部もあるんでしょ」

「それは有るけど……。良いんだよ、論文とかレポートを書くのは割と好きだから。

では、いただきます」

 僕はお味噌汁腕に口をつけた。


「だったら、良いんだけど……」母さんは言い淀んだ。


『今日、私は長野県松本市に来ています』

 僕はTVに目を向けた。

『ここ松本市は、近年移住者の問い合わせが急増しています。今日は新鮮な野菜や果物が並ぶ産直のお店からの中継です」


 母が一言二言つぶやいた。

「最近、多いのねぇ。山河市も田舎の方だから、移住者の問い合わせとか有るのかしら」

「どうだろうねぇ」


 −− 移住か……。都市部への人口流入・過疎が問題となっている昨今、これは面白いテーマかも知れないな……。


「あのさ、この辺りにも移住している人っているのかな?」

 僕はそう母に尋ねた。

「どうかしら。お隣の山形県南部は、有機農業で有名だから、その街への移住者はいるって、聞いたことはあるわ」

「そうなんだ、有難う。参考になったよ。出来るかどうかわからないけど、『田舎への移住』というテーマで卒論を書けるかどうか、調べてみたいと思うんだ」

「できるといいわね」

 母はにこやかに頷いた。



それが、僕の卒論テーマを考えついた朝のことだった。

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