1-3 入社試験にて

「あの……」

 女性の問いかけで、僕は我に帰った。

「あ、ゴメン。……君、大学は何処?」

「私、東京の四星大学です」

「僕も、あの大学を受験したんだ。ダメだったけどね」

「そうだったんですね」


 僕らは試験の会場である二階の会議室まで連れ立って歩いた。女性−−その時知ったのは苗字だけで「黒崎」さんといった−−は、本当に緊張していたらしく、話すことでやっと心を落ち着けたらしかった。



「それでは皆さん、これより試験を開始いたします」

 試験が始まった。思いのほか難しかった。割と得意な一般常識問題が多かったのが救いだった。その後の小論文はなかなか良く書けた。その日は筆記試験だけで、合格者には後で連絡が来る、ということだった。


 僕は試験が終わると、会場から出て行こうとする黒崎さんに声をかけた。

「どうも。試験どうだった?」

「まずまずです。小論文はあまり上手く書けなかったのですが、一般常識の方は出来たと思います」


 そう言う笑顔が素敵で、僕はドキドキした。黒崎さんんは背が割と高く、170センチ位はあった。僕も背は高い方で182センチだ。黒崎さんは目が澄んでいて、目元の美しい女性だった。


「また会えると良いですね。二次試験で」

 黒崎さんの言葉に、僕は嬉しくなり答えを返した。


「僕も本当にそう思うよ。必ず試験に受かって、また会おうよ」

「それまでお別れですね」


 僕は右手を差し出した。

「また会えますように」

 黒崎さんは、その握手を受けてくれた。

「二次試験で……」


 僕たちは、その日そんなふうに別れたのだった。

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