第58話 フントウキ

 ルティアは今、自分の意識の奥底で眠りについている。走馬灯のように流れてくる過去の思い出。


ルティアは、心地よいこの場にずっといても良いように思えて来るようになっていた。


(なんだか、もうどうでも良くなってきた……)


朦朧とする意識の中、自分の記憶はしっかりと自分の目に映っていくルティア。これが死というものなのだろうか。


なんだか、あっけない気がする。そう思いながら目を閉じようとしてしまう。しかし、そんなもの神は許すはずがない。


「ルティア、ルティア」


記憶の一つが、急にリアルな感じでルティアに近づいてくる。しかし、その声に聞き覚えがあるルティアは、すぐさま意識の中で目を開けた。


「お母様!!」

「久しぶりね、ルティア。会いたかったわ」


そこにはノエルが立っている。ルティアが駆け寄ると、しっかり抱きしめてもくれた。


(あぁ、お母様だわ。本当に、お母様だ)


身に覚えのあるぬくもりが、とても心地よく感じられるルティア。ずっとこのままでいたい、そう思ってしまう。


「あのね、お母様。私、お母様に伝えたいこと、いっぱいあるんですよ。ちゃんとあの魔法具を使っていて、かなり上達したこととか、お父様が相変わらず親バカなこととか」

「えぇ、全部空の上から見ていたわよ」

「本当ですか!?」


うれしいノエルからの返事にはしゃぐルティア。見守っていてくれたこと、それが分かってはしゃがない娘がいるだろうか。


しかし、ふと何かを思い出したようでルティアははしゃぐのを止める。


「でも……一番お母様に伝えたいのは、試練のことです。イーサンをはじめとした仲間たちと、協力して頑張ったんですよ」


ノエルは優しく微笑みながら聞いている。話している内に、意識がはっきりしてくるルティア。ノエルに話しかけるのを中断した。


「そうよ、皆はどうなったの!? 戦いは!? 勝ったのかしら!?」


急に外の様子が気になり始めるルティア。そんなルティアを見て、ノエルは一瞬だけ寂しそうな表情になったが、すぐさまうれしそうに微笑む。


「えぇ、気になるわよね。さぁ、ルティア。行きなさい。あなたには返るべき場所がある。私は帰れない分、あなたがいっぱい生きてちょうだい」

「え!? お母様!?」


だんだんノエルの姿が薄れていく。慌てて手を伸ばすルティア。しかし、ノエルは全く手を伸ばそうとしない。笑顔で手を振りルティアを見送っている。


「そ、そんなの嫌だ! お母様―っ!」


ルティアはガバッとベッドの上で身を起こす。気づくと、自分の部屋のベッドにいた。あそこにいたノエルは、夢だったのだろうか。


「お母様……」


自分の手のひらをジッと見つめ、一緒に戻ってくることが出来なかったことへの後悔からかぎゅっと拳を握るルティア。やっぱり、あれは夢には思えないようだ。


「ん? 皇女様? 目を覚ましたか?」


天蓋の外から顔を覗かせるアンドレア。どうやら、ルティアが目を覚ますまで見張っていてくれたらしい。


「あ、アンドレアさん……。ねぇ、もしかして私、気を失っていた?」

「? あぁ、そうだな。実に八日ほど気を失っていたぞ」

「よ、八日!?」


そんなに長く気を失ってしまっていたのかとルティアは目を丸くする。その驚きの声にも、冷静にアンドレアは頷いた。


「あぁ。他の者たちが心配していたぞ。特に、イーサンとアメリア、オスカーと……後、皇帝様だな。皇帝様なんか、気を失っている皇女様を見て、気分を悪くするぐらいだった」


自分が気を失っている間、たくさんの人に心配をかけたと知って反省するルティア。


恐らく、あのときの魔力大量使用とそれまでの疲れがたたったのだろう。


あれだけイーサンに無理はするなと言われていたのにも関わらず、無理をしてしまっていたようだ。


「そう……心配かけちゃったこと、謝らないといけないわね。あ、そうだ。アンドレアさん、戦いはどうなったの?」

「あぁ、もちろん我々の勝ちだ。エイダンは騎士団長の任を外され、国外追放。グレイソン様の処分はレイラ王国に一任されたが、少なくとも宰相の任は外され、爵位も剥奪されるだろうな。他の者たちもそれぞれ処分を受けている」


アンドレアから語られることの顛末は、ルティアの予想していた通りだった。この話をする際、アンドレアはルティアの温情に感謝するように語っていた。


恐らく、自分もこうなる可能性があったと考えると、やはりルティアの行動は感謝してもしきれないものだと改めて思ったのだろう。と、そのとき——!


「ルティア! 目を覚ましたって本当か!?」


バタンと勢いよく扉が開く。目を覚ましたと聞いて急いでやってきたのか、肩で息をしている。


「お、お父様……?」

「ルティア!!」

「!?」


いきなり抱きつかれるルティア。急なことにびっくりして体が固まってしまう。


「ルティア、無事で良かった……」


グランツのルティアを抱きしめる力が更に強くなる。結局逃れることは出来なさそうなので、そのままの状態でいるルティア。


しかし、聞きたいことはちゃんと聞く。


「心配させてごめんなさい。ところでお父様。私の試練、合格で良いかしら?」


予想していたことと違う言葉が発されて、目を丸くしているグランツ。


ルティアから腕を放し、しばらくまじまじとルティアのことを見つめると、すぐに笑いだした。


「ははは……ルティアは気を失っていたというのに、真っ先にそれを聞くとはね。あぁ、合格だよ。ユニオンの制圧が試練だったのに、その先のことまでやってくれたルティアを不合格になんて、出来るわけないじゃ無いか」

「お父様……!!」


うれしくなったルティア。今度はルティアがグランツに抱きついたのだった。



***



 そして、今日はスピカ帝国の建国千年記念日で、ルティアの皇帝即位の日。


ルティアは戴冠式用の衣装を身に纏い、玉座に座るグランツの前にひざまずいていた。


「これより、皇太子ルティアの皇帝即位を認める。国のために動き、国のためを思うと誓うか?」

「はい、誓います」


グランツの問いに、強い意志を宿した目で頷くルティア。そんなルティアに優しげな目を向けると、グランツは次の工程へ移る。


「それでは、皇帝になることへの誓いを」

「はい」


ルティアは、グランツの言葉を聞くと身を翻して立ち上がる。そして、地面にしっかりと足をつけ、この会場に来ている者に向けて話しかける。


「私は、今この場でこのスピカ帝国の国民が安全に、そして不自由なく暮らせるよう尽力することを誓う!」


ルティアの誓いの言葉で、わあっという歓声が沸き上がる。そしてそれに続け、続きを話し始める。


「また、私の御代では平民でも女性でも才能ある者は国の仕事も任せることを約束する! 我こそはという者は、いつでもこの王宮の扉を叩いて下さい!」


これは、ルティアが戦いを通して感じたこと。アンドレアのような平民たちも堂々と仕事に就けるようになれば、更に帝国を栄えさせることが出来ると考えたからだ。


この結果が分かるのはだいぶ先の未来。だけど、後悔は微塵もない。これからのスピカ帝国を見守っていこうと、決心したルティアだった。



***



 そして、時は経ち、十五年後。


 試練の時と変わらずルティアの執務室にいるグレンとマリアの左手の薬指には、結婚指輪が光っている。二人は、夫婦となったのだ。


「グレン、いや、宰相様。この書類はここで良いです?」

「あぁ。って、宰相呼びは止めろって言っただろ? 俺たちは夫婦なんだから」


あの後、グレンは宰相の任に就いた。イーサンではなく、グレンが宰相になったのである。


また、ルティアの護衛騎士だったオスカーはエイダンの代わりに騎士団長となり、部下たちにスパルタ指導をしている。


アーサーは、学園の頃得意だった魔法化学の研究をしたいとルティアのそばで働くのは辞退した。


しかし、研究が功を奏しなんと今では世界で有名な研究者の中に名をはせているのだ。


「もう、別に良いじゃないですか!」

「良くない! そうやってからかわれるからマリアに宰相補佐を頼むのは嫌だったんだ!」


マリアは、書類の斜め読みが得意なことを生かしてグレンの奥さんでありながら宰相補佐もしている。最も、グレンはあまりよく思っていないようだが。


「すみません! ルティア様を見ませんでしたか!?」


ケンカになりかけたところに、アメリアが入ってくる。アメリアは、今もルティアの筆頭侍女だ。今では部下も出来、侍女たちの憧れの的となっている。


「いや、見ていないが?」

「そうですか……。分かりました。失礼しました」


そう言って、扉を閉めて去って行くアメリア。突然のことで何が起こったのか分からない二人は、顔を見合わせたのであった。


 一方のルティアは、自室にこもって机に向かっていた。皇帝になったルティアは、毎日忙しい日々を過ごしていた。


仕事量も多い上に、公務にも出なければならないから。だが、かなり充実した日々を送っていることは間違いない。そんなルティアに後ろから近づく影が。


「姫様、今日は何をやっているんですか?」

「い、イーサン! もう、私たちは夫婦でしょう!? 姫様呼びは止めてって言ったじゃない!」

「あ、すみません」

「ほら、敬語も!」

「……あ」


そう、イーサンはルティアの伴侶となったのだ。おかげで、ルティアを手伝うことも増えた。しかし、持ち前の実力でなんとかこなしている。


「それで、何を書いている?」

「あぁ、これ? ほら、私の今までの人生をまとめた小説を書いてくれって頼まれたでしょ? あれの原稿よ」

「あぁ……。でも、あれはやらなくても良かったのに」

「まぁ、そうなのだけど、楽しかったから良いのよ」


うれしそうにニコニコ笑うルティア。と、そこにルティアを大声で呼ぶ声が。


「ルティア様―! どこですかー!」


その声を聞いて、ルティアはハッとする。


「あ、いけない! アメリアだわ! お茶会の予定が入っていたんだった! ごめんなさい、イーサン。ちょっと行くわね」

「あ、あぁ。気をつけて」


笑顔で送り出すイーサン。ルティアが完全に部屋から出て行ったことを確認すると、ルティアの机の上にある小説を確認する。


ルティア視点の戦いのことがつらつらと綴られており、イーサンが初めて知るルティアの感情もあった。


そして最後には、こう綴られていた——。

  「皇女様の奮闘記は終わり、皇帝様の奮闘記となったのです。」と。






〈次回予告〉

ル:ルティアです! 皆さん、とうとう『皇女サマの奮闘記〜試練に追われて大忙し!〜』が完結いたしました!

ア:おめでとうございます! ルティア様。

ル:ありがとう、アメリア。

イ:平穏な日々が戻ってきて良かったです。

グ:俺もマリアとの仲が深まったしな。今では裏切ったことも良い思い出だ。

マ:そんなこと言って良いです? 私たちを散々大変な目に遭わせたくせに。

グ:そ、それももう良いんだよ!

ア:グレン様、良いように考えすぎ。

グ:アーサーまで!!

ル;ふふっ。終わり良ければ全てよし、ということで、そろそろグレンを許してあげたら? 今は人一倍働いてくれているのだし。

グ:ルティア陛下!! 一生ついていきます!

マ;まぁ、そうですね。許すですよ、グレン。

グ:ありがとう、マリア。

オ:それにしても、終わりだなんて少し寂しいですね。

ル:そうね。でも、楽しかったからいいわ! 皆がいれば寂しくないもの!

イ:そうですね。

ル:それでは! ここまで読んで下さった皆様! ありがとうございました! せーの、

全員:皆様! お元気で〜!!

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