第48話 シンジツ

 魔法も消滅し、今まで戦場だったことなど信じられないくらい静寂に包まれている。


戦いが終わった。それを、あの巨大な魔法を放った二人が一番よく理解している。


しかし、お互いギリギリまで力を振り絞っていたため、体を動かそうにも思ったように動かなくなってしまっていた。


「……あるじ。どうした?」

「あ、アオイ……。本当に、本当に私たちが勝ったのよね?」


やっぱり自分の『勝った』という感覚が心配になってきてしまったルティア。アオイは、そんなルティアの顔の前に飛んでくると、当然のように笑った。


「うむ、我があるじの勝利だ」


アオイの言葉で自分の感覚は間違っていなかったことに改めてホッとするルティア。


決着がついたのが明確だと分かった今、ルティアの視線は地べたに座ってジッと一点を見つめているアンドレアへと向けられる。


(アンドレアさん……)


ルティアは、ゆっくり、そして一歩ずつアンドレアのもとへと近寄っていく。もちろん、アオイも一緒だ。


対するアンドレアは、ルティアのことを警戒してまた自分の剣に手を添えた。


「あ、あの……!」

「何だ?」


ルティアが声をかけると、アンドレアは高圧的な声音で返事を返す。


その声音にも動じず接しようと、ルティアはピンと背筋を伸ばした。


「私、あのときから考えていたの。あなたに世間知らずのお姫様って言われたときから」

「……それで?」


アンドレアは、まだ話の内容がつかめないようで高圧的な声のままだ。


「私は世界のことをちゃんと知れているのかって。皇帝になろうとしているのに、この国のことを何も知らないんじゃないかって」


今までの自分の行動を思い出しながら、ルティアはゆっくり話していく。ルティアの肩に乗るアオイは、そんなルティアをジッと見守っている。


「やっぱり、今になっても知らないことだらけだわ。こんな私じゃあ、皇帝になったって意味が無い」

「だから、何だ?」

「だからね、あなたたちユニオンの皆さんに世界のこと、色々教えて欲しいの。あなたたちの苦労、あなたたちの要望。全部聞きたい。それで、ちょっとずつでも解決できるように、頑張りたいの

それに、私が勝ったら戦う理由を説明してくれる約束でしょう?」


とびっきりの笑顔を浮かべるルティア。その笑顔は、心に強い信念を秘めていることが分かるものだ。


アンドレアも、笑顔からルティアの心の内を理解する。


(皇女様は、我が思っていたよりも強い心の持ち主なのだな。……だから、多くの人間が彼女についていく。納得だ)


ルティアの優しい心に触れたアンドレアも、ルティアにつられてフッと笑いをこぼす。


「私は……皇女様の母君を殺した奴だぞ?」

「それについては、理由があってやったことなのでしょう? 私にとってはとても辛いことだったけれど、理由があってのことなら許すつもりでいるわ」

「……皇女様は、広い心を持っているのだな。さすがだ」


今度は、アンドレアの方からルティアへと一歩近づく。


「分かった。皇女様のお望み通り、我々の知ることを全て話そう。我らの隠れ家に来てもらえるか?」

「……えぇ! ありがとうございます!」


アンドレアに優しげな言葉をかけられて、とてもうれしそうに笑うルティア。


こうして、ルティアたちはアンドレアたちの話を聞きに行くこととなったのであった——。



***



 他のメンバーも連れてユニオンの拠点へとやって来ると、アンドレアは机の中にある一つの書類を持ってくる。


「これが今まで我々がやってきたことをまとめてある書類だ。ここにないことは、われが口頭で話すが、何が聞きたい?」


机の椅子に深く腰掛けるアンドレア。その周りを囲むようにルティアとマリアとオスカーとアーサーが並んでいる。


グレンのことは、イーサンが隣でしっかりと見張っている状態だ。


「戦いのときに言ったとおり、あなたの戦っていた理由が知りたいわ」

「……分かった。それでは、我の理由を話そう」


アンドレアの目は遠くを見つめるような目に変わった。



***



 ここは十九年前のスピカ帝国。


とある住宅地には皆で仲良く穏やかに暮らす三人家族の家があった。


「母さん! 皿洗い終わったぞ!」

「あら、ありがとう。偉いわね、アンドレア」


幼きアンドレアの頭をなでるアンドレアの母。アンドレアは、気持ちよさそうに目を閉じている。


「それじゃあ、アンドレア。遊びに行くかい?」

「うん! いく!」


二人の元にやってきたアンドレアの父。うれしそうに頷きながら、アンドレアは父の足に飛びついた。


これが日常だった。これが幸せな日々だった。


しかし、この幸せな日常は一瞬にして終わってしまう。


しばらく経ったある日、その悲劇は起こった。


「きゃー!」


外から悲鳴が聞こえてくる。この日、一人で留守番をしていたアンドレアは、悲鳴を聞いて何かを察したのか外へ飛び出す。


扉を開いた先には、道路に倒れる自分の両親たちの姿があった。


「父さん! 母さん!」


大声で叫ぶと、二人の元へ歩み寄るアンドレア。二人の息は、もうほとんど無くなっていた。


アンドレアは、こうなってしまった原因を探そうと周囲を見回す。


すると、少し離れたところに王室の紋章がついた馬車が止まっているのが視界に入ってくる。


「あの! 父さんと母さんがヒドい状況なんだ。今は払えないが、いつかお代は絶対に払ってみせる。だから、薬をいただけないだろうか」


馬車の方へ近寄ると、護衛としてついていた騎士たちに話しかけ、頭を下げる。


しかし、騎士たちの方はいい顔をしない。


「はぁ? 誰がお前なんかに薬をやるか!? 帰れ!」

「そうだ。我々はお前のような者が話しかけられるような人物ではないのだぞ!」


それでも諦めきれないアンドレアは、この後もずっと衛兵たちに抗議をし続けた。


しかし、やがて馬車の出発時間が来てしまい、薬はもらえることなく馬車は去って行ってしまったのであった。



***



「そ、それで、お父様とお母様は?」

「もちろん死んだ。それで私はこのような制度を作った王族を恨むようになった。だから、同じような恨みを持つ者を集め、ユニオンをつくったのだ」


暗ったい部屋だということもあって、余計に暗い雰囲気になってしまっているこの部屋。


しばらくの沈黙の後、一番最初にアンドレアが口を開いた。


「こんな人間は生きている必要も無い。どんな刑でも受けるつもりだ」


覚悟の目を浮かべているアンドレア。その後ろで、シリルとクラークも覚悟の目を浮かべている。


「そ、そんなことないわ! これから罪を償っていけば、大丈夫よ!」

「いや。それでもだ。人を殺した罪は重い。ましてや我が殺したのはこの国の皇后だ。許されることではない」


アンドレアも引く気は無いようだ。強い意志で固められてしまっている。


「……なら、」


ジッと考え込んでいたルティアがやっと口を開く。


これによって、ここにいる全員の視線がルティアに集中した。


「なら、アンドレアさんたちは私たちの仲間になってちょうだい。いっぱい仕事をあげるから。それで、ちょっとずつ罪を償ってもらう。生涯働けば、絶対償うことが出来るわ」

「……でも」

「いいから。これは、命令よ。私からのお節介」


ルティアは、満面の笑みを浮かべるとアンドレアに手を差し出す。終戦と仲間になったことの証拠として。


「……分かった。それでは、ありがたく仲間にならせていただこう」


ルティアの気迫に負けて、アンドレアはルティアの手を握る。


二人は、しばらく握手を続けると手を離す。それを確認すると、ルティアはすぐさまグレンへと視線を向けた。


「ほら、グレンも! 私たちのところに、戻ってきてちょうだい!」

「そうです! グレン、戻ってきて下さいです!」


今度はルティアだけでなくマリアも声をかける。他のメンバーもグレンに向けて優しげな笑みを浮かべている。


「で、でも……俺は、裏切った人間だ」


グレンは一瞬うれしそうな表情を見せたが、すぐさま目を背ける。しかしルティアは諦めない。


「これも私のお節介よ。安心して戻ってきて」


そう言われると、なんだか断ろうにも断れなくなってくるグレン。少し考え込んだ後、顔を赤らめて言う。


「……ありがとう、みんな……。俺も、戻るよ」


ルティアたちの優しさに触れて、うれしくなってしまったグレン。うれし涙を浮かべている。


——こうして、ユニオンのメンバーを仲間に迎え、グレンも無事戻ってきて、新体制となったのであった。



第二章おわり♫

第三章へつづく♪




〈次回予告〉

ル:ルティアです!

イ:イーサンだ。

グ:グレンだ。

ル:グレン、お帰りなさい! 私たち、ずっと待っていたのよ。

グ:皇女殿下。申し訳ありませんでした。勝手に出て行ってしまって。

ル:それは良いのよ。ちゃんと戻ってきてくれたもの。

イ:姫様がこう言っている。俺は姫様に従うのみだ。

グ:皇女殿下、イーサン……。ありがとうございます。

ル:えぇ。それでは、次回の『皇女サマの奮闘記〜試練に追われて大忙し!〜』は……?

イ:ユニオンのリーダー・アンドレアの口から語られる内容とは、

グ:それを聞いてまず手始めに皇女殿下がとった行動とは……?

ル:第三章、第49話『フオンナケハイ』

ル&イ&グ:皆さん、第三章もよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る