第29話 タノシイジカン

 市場に来てから一時間ほどが経っても、ルティアたちは興奮したままだった。笑顔は絶えず、ここにいる人たちの中で一番楽しそうにお店を回っている。


「ルティア様、そろそろお昼を食べに行きましょう。もうすぐ十二時ですよ」

「……あら。もうそんな時間? そうね。どこに食べに行こうかしら」


アメリアによってそれまでお店や町の雰囲気などについての話題だったのがお昼の話題に変わった。


「ルティア様、あそこのお店とかはどうです?」


少し後ろの方で市場の見物を堪能していたマリアがルティアのすぐ近くに寄ってくると、お店の方向を指さしてルティアに伝えようとする。


「えっと……ラーメンの、お店?」

「はいです!」


お店に立て掛けてある看板に書いてある言葉を読み上げるルティア。その言葉に、マリアはうれしそうな笑みを浮かべながら大きく頷く。


「ラーメンって、私は食べたことないのだけれど、どういった食べ物なの?」

「えーっと、ラーメン用の器であるラーメン鉢の中に、麺とかスープとか具材とかが入っている食べ物です! おいしいですよ〜!」


ラーメンのおいしさを想像していると、ついつい顔が緩んでしまうマリア。


そう言われてもいまいち味のイメージが出来ないルティアは、後ろから着いてくる三人に顔を向けた。


「みんなも、食べたことあるの?」

「あ、はい。一度だけ、食べたことがありますよ。麺とスープがよくマッチしていて、おいしかったです」


ルティアの問いに笑顔で答えたオスカー。オスカーだけでなく、イーサンやアーサーもオスカーの言葉に頷いて同意する。それを見ると、ルティアは少しの間考えてから笑顔になった。


「それなら、お昼はラーメン屋さんに行きましょう!」

「「「「「はい!」」」」」


そうして、お店に向かって歩いて行くルティアたち。このとき、反対側からよく知っているはずの人物が歩いてきていたのだが、話に夢中で気づいていない人が大半だった。


——が、たった一人、その人物に気づいた者がいた。


「……? あれは……」

「ん? どうしたの? イーサン」

「い、いえ。あの、姫様。ちょっとだけあっちの方見てきます」

「えぇ!? ちょっと、イーサン!? どこに行くの!?」


ものすごいスピードですれ違った人物の歩いて行った方向へ駆けていくイーサン。いきなりの行動にあたふたするルティアたちを気にせず、彼を追いかけて行ってしまう。


置いて行かれてしまったルティアたちは何テンポか遅れてイーサンを追いかけていく。


少しの間走って行くと、相手は歩いていたこともあってすぐに彼に追いついた。


「グレン!」

「……? って、イーサン様!?」


イーサンが声をかけると、こちらに振り向いたグレン。そう、反対側から通りかかった人物は、グレンだったのだ。


「いきなり出て行ってしまったと聞いた。なぜ、姫様のところから逃げ出した?」

「……お前のせいだよ」


ぼそっと小さな声でつぶやくグレン。上手く聞き取れなかったイーサンは、表情でもう一度と促したが、結局にらみつけられてしまい、二度目はダメだったらしい。


「まぁいい。それで? 今はどこにいるんだ?」

「お前に言うほどのことでもない。が、これだけは言っておく。今はお前たちの仲間の立場ではないってことをな」

「仲間ではない……? どういうことだ、グレン!?」


唐突なグレンの驚くような言葉に慌てふためくイーサン。血相を変えてグレンを問いただす。


しかしグレンの方は落ち着いており、イーサンをなだめるような表情を浮かべた。


「まぁまぁ、落ち着けって。一応、敵でもないぞ? まぁ、気持ち的にだけどな」

「気持ち的に……? じゃあ、実際にはどうなんだ?」

「さあな。それは自分で考えてくれ」


イーサンが問いかけても、グレンはしっかり答えようとしない。自分の感情を表情に出さないよう隠すのが得意になったなとイーサンは感じる。


以前は感情が出やすかったのに、と。この短時間でかなり成長したのが伺える。イーサンとグレンは、しばらく少々にらむように見つめ合う。


そうこうしているうちに、イーサンの事を呼ぶ声が聞こえてきた。


「イーサン? どこに行ったのー?」

「イーサン様〜? いたら返事をしてくださいです〜!」


ルティアとマリアの声だ。他にも、アメリアやオスカーの声も聞こえる。二人は、それに気づいてにらみ合うのを止めた。


「ちっ。俺はここで退散させてもらう。じゃあな!」

「あ、ちょっと……!」


そそくさと退散していくグレン。イーサンは引き留めようとするが、グレンは気に留めもしないで去って行った。


そして、そんなグレンとすれ違うようにルティアたちはやってきた。


「イーサン! やっと見つけた……。って、どうしたの? イーサン」

「い、いえ……何も。気のせいだったようです。すみません、お騒がせして。早く行きましょう」


そう言って、イーサンはグレンと会ったことを隠す。ルティアたちはイーサンのごまかしの言葉に少々の違和感を覚えながらも市場の見物に戻っていくと、再び楽しい時間を取り戻す。


それから五日後、ルティアたちは楽しく過ごしたグリーンヒベルデ地域を出発し、王都へと帰っていったのだった。



つづく♪




〈次回予告〉

イ:イーサンだ。

グ:ちょっと、お前何考えてんだ? 俺をここに呼びだしたりして! 俺はしばらく皇女殿下の元には戻らないって言っただろ!?

イ:……挨拶、しなくていいのか?

グ:……くそっ! えっと、みなさんお久しぶりです。グレンです。

イ:次回『皇女サマの奮闘記〜試練に追われて大忙し!〜』

グ:楽しい休暇も終わり、皇女殿下たちはまた王宮での生活に戻る。

イ:その頃、ユニオンメンバーの動きは……?

イ&グ:第30話『ショウタイジョウ』

イ:次回も、見てくれ。

グ:俺……ここに来る意味あったのか……?

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