第21話 ナヤミ

「ルティア様!! 大丈夫ですか!? 返事をお願いします!」


ユニオンが戦場から逃げて行ってから数時間後。あの場にいた王宮側の人間は、数人の調査人を残して城へ戻ってきていた。


しかし、アンドレアの言葉で動揺していたルティアは、城への帰路でもうつむきがちな状態。その上、今は自室にこもり、誰とも会おうとしない。


どんなにドアを強く叩いても全く反応が返ってこなかった。


しかも、そんなルティアの状況を表しているのか、空には黒い雲が広がっている。


「困りました。ルティア様がこんな風に塞ぎ込んでしまったのは皇后陛下がお亡くなりになられたとき以来です……」


長年ルティアに付き添っているアメリアでも、こうなってしまったルティアの対処は難しいらしい。


そんなアメリアを囲むようにしてルティアの部屋のドアの前にイーサンやマリア、オスカーにアーサーが立っている。そして、その五人から少し離れたところで何か思い詰めた様子でグレンが立っていた。


黙り込んだままドアノブを見つめていたイーサンは、何か思い立ったように顔を上げる。


「……ちょっと姫様と話してくる」

「イーサン様? 鍵がかかっているのに、どうやって中に入るんですか?」

「ドア以外にも入れる場所はある」

「え? い、イーサン様!? どこに行くです〜!?」


オスカーの問いに小さな声で吐き捨てるように言葉を発すると、どこかへと走ってしまうイーサン。残されたメンバーを困惑させてしまう。


——少し離れたところからジッとその様子を見つめ続けていた、グレンを除いて。


(やっぱり、こんなときに役に立つのはイーサンだ。俺は役に立たない。ここにいても、俺の気力を削っていくだけだ)


冷静に自分のことを考えるグレン。そのうちに、一つの考えに辿り着く。


(俺は、ここにいない方がいい……)


そんなことを思ってしまった自分が悲しくて、グレンは思わず駆けだしてしまう。それも、イーサンの向かった方向の反対方向へ。


「ぐ、グレンー!? 何をしに行くです〜? 勝手に出て行っちゃダメですよ〜!」

「すまない! 俺、この場にはいられない!」

「グレン様……」


そう言い捨てて城の外へ向かって走って行くグレン。大声で遠回しに「来るな」と言われてしまっては追いかけることもできない。


結局、グレンは王宮の敷地外へと出て行ってしまったのだった——。



***



 ここはルティアの部屋の中。灯りもつけず暗い部屋のベッドの上には、膝を抱えてうずくまっているルティアの姿があった。


(お母様……。あの人が、お母様を殺したの?)


もう閉じこもってから三〇分以上が経過しておりずっと考え込んでいるのだが、暗い方向ばかりにいってしまう。


ルティアの瞳にはもうすでに涙が浮かび始めてきており、悲しいあの思い出がこみ上げてきていた。



***



 時は遡り、ルティアが五歳の明暦六〇八年捌月二十四日。ルティアたちスピカ帝国皇家の者たちは王宮内の中庭でお茶をしていた。


「ルティア、ちょっと来なさい」

「はい、おとうさま」


椅子に座るグランツの元へ小さな足を動かしてやってくるルティア。そんなルティアにグランツは青い箱に入れられた何かを差し出した。


「おとうさま、これはなんですか?」

「開けてごらん」


うれしそうに微笑んでいるグランツ。優しそうなグランツの微笑みに、ルティアはキョトンとしながらも箱を触っている。


しばらく表面をいじくっていたルティアだったが、とうとう箱の中身も気になり始めたようで、言われた通りに箱を開けた。


「わぁ〜。おとうさま、すてきなうでわですね〜! これ、どうしたのですか?」

「これはね、腕輪型の魔法具なんだ」

「お父様とお母様からのプレゼントよ。これから少しずつ、使い方を教えてあげるからね」


不思議そうに魔法具を見つめているルティアに、愛おしげな優しい微笑みを向けるのは、ルティアの母親でスピカ帝国皇后のノエル・クラリア・スピカ。


グランツと共に、ルティアのことを見守る素敵な女性で、スピカ帝国の女性の鏡とも言われている。


「わぁっ! ほんとうですか!? おとうさま、おかあさま!」

「えぇ。本当よ。この魔法具、ルティアのために作ってもらったのだから」

「大事に使うんだよ。ルティア」

「はい! おとうさま、おかあさま! ありがとうございます!」


初めてもらう魔法具にはしゃぐルティア。試しに腕にはめてみたり、魔法を出すフリをしてみたりと、うれしさが体中に溢れているのが分かる。


そんなルティアの微笑ましい様子を見て、グランツとノエルも笑顔になった。


(うれしい! おとうさまもおかあさまもだいすきよ! こんなじかんがながくつづけばいいのに)


ルティアは思わず心の中でこう願う。


 しかし、実際に起こったことはルティアの願いとは真逆のこと。そう、この幸せな時間も、長くは続かなかったのだ——。



つづく♪




〈次回予告〉

アーサーです。次回の『皇女サマの奮闘記〜試練に追われて大忙し!〜』は……?

皇女殿下の過去、そして、どこかへ行ったイーサン様のお話。

第22話『ケツイ』。……見てください。

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