第2章 48話 友達の任務
2人が屋敷に到着すると錆びた扉が半開きになっているのが見えた。そこにロボットとジャミールの姿はなかった。クロエは2日前の約束を守れなかったことを思い出して不甲斐ない思いで唇を噛みしめた。しかし、すぐに気を取り直して一歩前に出た。今日は大切な話し合いをすると心に決めてここに来たのだ。一方のシャルロットは開きっぱなしの扉を見てため息をついた。
「不用心ね……」
「ん?何か言った?」
シャルロットが呟いた言葉を聞き取れなかったクロエが尋ね返した。シャルロットは迷ったが思い切って不愉快な気持ちを前面に押し出すことにした。彼女は苛立った顔をクロエに向けた。
「クロエ、私は昨日あんたが弱っていたから心配になって様子を見に来たのよ。バックパックにはお昼しか入ってないわ。私はもうここに来るつもりはなかったんだもの。あんた、私がこの屋敷にもう行きたくないって話したのはいつだったか覚えてる?いえ、そもそも私がもうここに来ない宣言したことを覚えているのか疑問だわ。あんたはいつも私の気持ちを考えずに引っ張り回しすぎよ。付き合うほうの身にもなってよね」
シャルロットはそれだけ言うとスッキリした表情になってニカッと笑った。しかしクロエはしんみりして、
「ごめんなさいシャルロット。私、いつも自分勝手に動きすぎてしまうの。直そうと思っていてもどうしても舞い上がってしまう。きっと私、天性のトラブルメーカーなのだわ」
小さな声で言った。シャルロットは腕組みをしてふんぞり返っている。
「謝るなんてあんたらしくないわね。人を巻き込むのはあんたの才能でしょ?私は言いたいことを言っておきたかっただけよ。屋敷の中に入ったらまたストレス溜まるだろうし、その前に溜まってるぶん吐き出してストレス発散しとくわ。あ、リアクションは求めてないから大丈夫。ちゃんと横についていくわよ。でも私、ここの住人は苦手だわ。屋敷の中では黙ってると思うからフォローは期待しないでね。何を話したいのか知らないけど、全部あんたがうまくやるのよ。私は何もしないわ」
シャルロットはふんっと鼻を鳴らして言った。クロエはシャルロットの率直な忠告を受けて、下手な期待を持たせない親友の言葉がとても頼もしく思えた。
「ありがとう。私の良き親友シャルロット。あなたの率直な言葉はとても信頼できるわ。私、今日何を話すか具体的には何も決めてないの。その場で話したいと思ったことを話すだけよ」
「アドリブ!?」
シャルロットはクロエの言葉に目を丸めておどけてみせた。クロエは口角を少しあげて、
「ええ、そうよ。生まれたての新鮮な言葉のバスケットよ」
と満足そうに笑った。シャルロットはその自信に溢れた姿を見てほっとひと息吐いた。
「じゃあ、行きますか。悪い魔法使いを倒しに」
シャルロットはからかうように目配せをして手のひらを上に向けクロエを誘導するかのように手招きした。
「いいえ、シャルロット。悪い魔法使いを説得しにいくの。彼らは人の心の中にいるのよ。誰の心の中にもね」
クロエもいたずらっぽい顔で答えた。その後は何を言うわけでもなく2人は扉に向かった。シャルロットは勇ましくクロエの前を歩いたが、呼び鈴の前にくるとクロエの後ろに下がって、静かに見届ける姿勢に入った。
クロエは胸に手を当てて大きく深呼吸をした。それから思い切ったように呼び鈴を叩いて鳴らした。錆びついた音が大きな屋敷へと吸い込まれていく。屋敷内から物音は聞こえてこない。クロエは途端に不安になった。横にいるシャルロットはいつも通りの表情をしている。ぶっきらぼうに言った。
「奥の部屋にいたら聞こえないかもしれないわね」
クロエはもう一度大きく息を吐き、右手で強く呼び鈴を鳴らした。カンカン。
すると、屋敷の中からがしゃん、がしゃんとロボットが歩いているときの音が響いた。2人は無言のまま足音が近づくのを待った。音はゆっくりと大きくなり、ついに半開きの扉からぼんやりと青い瞳が見えた。
「あ、友達失格のクロエとシャルロットです。今日は会う約束をしていません。何の任務でここに来たのですか?そもそも友達を失格になったのでもう任務はないはずです」
ロボットは2人に驚いた様子もなく、ただ無機質な声で話しかけてきた。クロエが返事をした。
「遅くなってごめんなさい。2日前の約束を果たしにきたの。リチャードとジャミール、そしてシャルロットとみんなで話し合いたいわ」
クロエの言葉を聞いたロボットは目を青と赤に点滅させた。
「2日前の約束はクロエによって破られました。破棄した約束は果たすことができません。そしてなぜかシャルロットもいます。クロエはシャルロットはもうここには来ないと僕に報告しました。あれは虚偽報告だったのですか?それともシャルロットが約束を破ったのですか?今日僕はクロエとシャルロットをジャミールに会わせる約束をしていません。ジャミールが許してくれるでしょうか?しかし僕はクロエとシャルロットの友達です。友達としての任務を果たさなければなりません。僕は2人をジャミールに会わせるべきなのでしょうか?」
ロボットは瞳を青くして立ち尽くしたまま口だけをぱくぱく動かして答えた。
「ジャミールが私に会いたくないと言っているの?」
「はい、ジャミールはあまり会いたくないと言っていました。しかし、2日前は約束の任務を果たすためにクロエに会わなければなりませんでした。僕にはわけが解りませんが、ジャミールは約束が破られて良かったと言っています。約束は守らなければならないものです。素敵な僕にはジャミールの言ってる意味がわかりません。どういう意味でしょうか?そして本日は任務がありません。よってジャミールがお2人に会うかわかりません」
シャルロットはロボットが「約束が破られて良かった」と言ったところで眉をつり上げた。約束を破られて良かったという発想は彼女の辞書にはなかった。クロエは膝を折ってロボットに目線を合わせた。
「約束を破ったのは本当にごめんなさい。全部私が悪かったわ。でも悪意があって約束を破ったわけではないの。本当は約束を果たしたかったわ。罪悪感で圧縮機に胸が押しつぶされてペラペラになりそうよ。だからお願い!私にもう一度チャンスをちょうだい!私どうしてもジャミールに会って話がしたいの!」
クロエはかがんだまま手を組み、目をつぶって祈るようなポーズをとった。ロボットはしばらく彼なりに考えを巡らせたあとで、2人に背を向けた。
「ジャミールは今リビングにいます。ついてきてください。僕は友達の任務を遂行するようにプログラムされています。友達……なぜ僕がこのような重大な任務を任されているのでしょうか?僕は無能で素敵なのに……」
ロボットはそう呟きながらゆっくりとリビングに向かって歩き出した。クロエとシャルロットは顔を見合わせてうなずいた。
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