第2章 47話 いつも通り
次の日、クロエは目を覚ますと、さっと起き上がり両手で自分のほおを2度叩いた。するとエメラルドの瞳がぱちりと開いた。クロエはそのまま大きく伸びをしてあくびをしながら目を擦り、鏡台の前に移動して、鏡に映った自分の姿をまじまじと観察した。
大きな鏡には質素な部屋着を着たやせた少女が座っている姿が映った。彼女のくせっ毛は大きく広がってあらゆる方向に跳ね、彼女の目の下は真っ赤に充血していた。クロエはそれを見てぷうっとふくれっ面をして「鏡の意地悪」とつぶやいた。少女は鏡の前からすぐにフェードアウトして思いっきりクローゼットを開けた。彼女は1番右端のハンガーにかかった水色のワンピースを手にとってうっとり眺めた。
「やっぱり今日はこのこじゃなくちゃね!」
クロエはお気に入りのワンピースを掴んでその場で踊るようにくるくると回転し、そのまま目を回して壁にぶつかった。
「いったっ!頭打った……」
クロエはぶつけた頭をさすって、それでも口元に笑みを浮かべたまま立ち上がった。すぐに部屋着からワンピースに着替えてまた鏡台の前に移動する。絡まる髪の毛を時間をかけて梳かし、髪を左右に2つおさげに結い、にっこりと自分に向かって笑顔を作った。
「うん、今日も素敵よクロエ!真っ赤な目は屋敷に着く前に治るわ」
クロエ、キャロライン、アルバート、ミッシェル。家族みんなが映っている集合写真におはようの挨拶をして「今日も1日素敵でありますように」と神様にお祈りをして、クロエは机の上の小さな鏡を立てかけた。
この小さな置き鏡はクロエが5歳の誕生日に母親のミッシェルからもらったものだ。ミッシェルは微笑みを浮かべて「クロエがどれだけ可愛いか見せてあげたかったの」と、この鏡をクロエに手渡した。
それまでクロエは自分の顔をはっきりと鏡で見たことがなかった。ただ、両親や祖母がクロエのことを「かわいい、かわいい」と連呼するので、自分は絵本に出てくる妖精のように可愛いのだと思っていた。だから、鏡を見たときはとてもショックを受けたのを覚えている。髪の毛がくるくるのぼさぼざで、野生児のようだったのだ。
クロエは部屋を出てキッチンに降りた。キャロラインは落ち着いた笑顔で「おはよう。昨日は良く眠れたかしら?」とクロエを出迎えてくれた。やはりキャロラインの目も真っ赤だった。
2人は互いの目を見て笑い合って、いつも通りの朝食を済ませ、いつも通りの雑談をした。クロエもキャロラインもできるだけ普通に振る舞おうとしていたのだ。クロエはとりとめのない会話をした後、少し言いにくそうに「おばあさま、今日はお昼のお弁当を作ってもらいたいの」と切り出した。
「じゃあ、おばあさま、出かけてくるわね……わっ!!」
昼食のサンドイッチをバスケットに詰めて玄関のドアを開けた瞬間、クロエは驚いて声を上げた。目の前にいたシャルロットも同じく目を丸くした。
「ちょっとクロエ!あんたタイミング良すぎよ!ちょうど私がベルを鳴らそうとしたときに飛び出してくるんだもの!!」
シャルロットは眉間を手で押さえて苦笑いした。
「シャルロット。どうしてここにいるの?」
予期せぬ親友の登場にクロエはきょとんとして言った。シャルロットはクロエのすっきりした顔を見てぽかんと無表情になったが、すぐに安堵の表情になった。
「どうしてって……、昨日のクロエの姿を見たら心配になるわよ。病人みたいな顔してたじゃない。キャロラインさんとのことも気になってたし……今日は大丈夫そうで安心したわ。っていうか、気を張ってたからあんたがいつも通りすぎて力が抜けたわ……」
そう言うとシャルロットは大きく息を吐いてから柱にもたれかかった。親友が気にかけてくれていたことに感動したクロエは、思いっきりシャルロットに抱きついた。
「シャルロット〜!大好きよ!ああ、もう今日は素敵な日になることが確定よ!」
シャルロットは急に抱きつかれて戸惑ったが、昨日のこともあるのですぐには振りほどかなかった。
「抱きつくほどのことじゃないわよ。私はただ暇を持て余していただけよ」
シャルロットは照れくさそうにそっとクロエから離れた。どうやらキャロラインとの話し合いはうまくいったらしい。良かった、と胸をなで下ろした。しかしクロエがお気に入りのワンピースを着ているのに気づいた瞬間にはっとした。クロエは特別な日にしかこの服を着ない。
「抱きつくほどのことだわ!千回抱きついたって足りないくらいよ!あなたの言うとおり、話し合いってとても大切なのね!私、シャルロットのおかげでおばあさまと仲直りできたのよ!!」
クロエはシャルロットをきらきらした瞳で見つめてハイテンションで言った。短い髪の少女は歯を見せて笑った。
「仲直りできたのね!それは良かったわ。心からそう思う!」
「ありがとう!では次なる冒険に旅立ちましょうか?愛しのスコティッシュ・リリイを悪い魔法使いの束縛から救う旅よ!私は天使役でいいわ!」
クロエはさらに瞳を輝かせて「そうだわ!」と続けた。
「シャルロットはシスター役がピッタリだわ。いつも私に大いなる慈悲と優しい説教を与えてくれるもの」
「……は?」
話の流れについていけないシャルロットは短くそう答えた。だが、嫌な予感がよぎった。いや、だいたいの流れはわかっていた。わかりたくなかったのだ。
「……私はシスターなんて嫌よ。勇ましい戦士がいいわ」
とりあえずクロエの話に乗っかってみた。
「ええ、シスターだろうが戦士だろうがシャルロットは私の親友よ!それ以上でもそれ以下でもないわ。さあ行きましょう!」
そう言って右手を高く掲げて、クロエは前に向かって力強く歩き出した。
「……どこに行くつもり?」
シャルロットは一応たずねてみた。無意味なことだと知りながらも。
「シャルロットが水筒とお弁当を持ってきてくれて良かったわ。ランプとシートは私が持っているから大丈夫よ!」
シャルロットにとっては何も大丈夫ではなかった。しかし、普段通り子どもっぽくはしゃぐクロエを見て、辛い出来事から立ち直ってくれて本当に良かったと思った。仕方ない、今日はクロエに付き合ってあげよう、とも。シャルロットは頭をかきながらクロエの後をついて屋敷への道を歩き始めた。一部始終を見ていたキャロラインは幸せをかみしめるように玄関から2人の姿が見えなくなるまで眺めていた。
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