第2章 36話 フットボール①
「ねえ、私も仲間にいれてよ!」
突然、背後から大声が聞こえてみんなが振り返った。シュリングの出したパスは相手に届くことなく転々と転がった。
「シャルロットか。久しぶりだな。いいぜ、入れよ!」
シュリングが周りに目配せをしてから答えた。彼は仲間内ではリーダー的な存在でみんなを引っ張っていた。
「そうこなくちゃ!たまには体を動かさないとなまっちゃってさあ」
シャルロットは腕を回しながら笑顔でフットボールをしている男の子たちの輪に入った。その中の2人は彼女を歓迎していない様子だったが、いつものことなのでシャルロットは気にせずにボールへと向かって走ってきた。
「1、2、3……合計13人ね?ということは7対6で試合をしているの?ちょうど良いわね!どっちが6人チームなの?私がそっちに入るわ」
彼女は足でボールタッチをしながら話を進めた。それにデビットが反応した。
「俺とカイゼルと、アーシャ、ミリムにマロス、グィードが6人のチームだ。今こっちは3対1で負けてる」
デビットとカイゼルはシャルロットがよく衝突する相手である。6人チームにその2人がいることにシャルロットは一瞬表情を歪めたが、相手のキーパーが鉄壁のアルバンテスであることを認識して、少人数で1点取っていることに驚いて目を丸くした。
「おおっ、すごいんじゃないの。アルバンテス相手に1点取ってるんだ?」
それには同じポジションのデビットがあからさまに嫌な顔をした。
「まるで俺がキーパーやってるから3点取られても当たり前みたいな言いぐさだな」
「あ、ごめん。そうじゃないよ。こっちの方が人数が少ないのに頑張ってるなと思って」
シャルロットは内心めんどくさいと思いながら頭をかいて謝った。
「お前いつも偉そうなこと言ってるんだから活躍しろよ。とりあえずこっちのチームのボール支配率を上げてくれ。ずっと劣勢だから俺はゴールから飛び出せないんだ」
デビットは攻撃的なキーパーだ。チームが攻め込んでいればゴールを離れてフィールドプレーヤーにもなる。しかしゴールから離れられない状況だったらしい。
「オッケー。とりあえず数の不利は解消されたし頑張るわ」
シャルロットの瞳がめらめらと輝いた。いつもよりすんなりとフットボールに参加することができたからだ。普段は仲が悪いデビットとカイゼルもチームの人数不足でメンバーを選り好みしている場合ではなかったのだ。
「とりあえず残り時間はどのくらい?」
ゲームを止めたシャルロットが尋ねた。シュリングが腕時計を見た。
「もう前半終了時間だな。10分ほど休んで後半も45分でやろう」
「え、これからって時に10分休憩?」
シャルロットがうずうずして答えた。
「おまえは今来たばかりだろ。俺たちは休むぜ」
カイゼルが舌打ちをして目をそらして言う。
「ごめんごめん。休憩なしでしようってんじゃなくて、すぐに始まると思ったから肩すかしをくらっただけ」
シャルロットは愛想笑いをしながら場を和まそうとしたが、カイゼルは不機嫌そうにシャルロットに中央のミッドフィルダーになって走りまくれ、と指示だけ出してベンチに座った。
「はいはい、了解ー」
シャルロットはいつものことだとあまり気にしなかった。
「ピー」とシュリングが首にぶら下げていた笛を鳴らした。彼はプレーヤー兼レフリーをしている。試合再開だ。ミッドフィルダーとして入ったシャルロットは右サイドから上がり、果敢にパスを要求した。
フォワードのミリムがそれに合わせてパスを出す。正面とボールを交互に見つめる彼女の前を黒い影がよぎった。
影の正体はシュリングだった。シャルロットの実力を認め、彼女をマークしていたのだ。
「チッ」自分が受け取るはずだったパスをシュリングにカットされたシャルロットはボールを奪おうとするが、シュリングはすばやく前線にボールを送った。
「ほら、早く戻らないと4点目が入るぞ」
シュリングは軽く挑発し、自陣コートの守備に戻った。どうやらシャルロットに体力を使わせて、自分の体力は温存する作戦のようだ。
3対1で勝っているのだからミッドフィルダーでも彼は無理して攻める必要はない。シャルロットのチームのカウンターがきたときの備えにまわったのだ。
冷静沈着な彼らしい作戦だ。シャルロットは鼻を鳴らして自陣に全力で戻った。右サイドから中央に切り込み、グィードが抜かれたあとのルーズボールを奪うことに成功した。
「よし」心の中で呟き相手ゴールに向き直る。相手チームのラルフがスライディングしてきたところを華麗にかわした。
そのまま真っ直ぐに進みミリムとワンツーリターンパスをして中央からシュリングへと向かった。ミリムも上がって来てもう一度パスを受け取るポジションに入った。
次の瞬間、シャルロットはフェイントを2ついれてシュリングを抜き去った。が、その先で待っていたバルデスにボールを奪われてしまった。バルデスはすばやく前線にパスを送り、自身も前線に走っていった。
「ほら、4点目が入るぞ」
シュリングは尚も挑発を繰り返した。
「あとで、吠え面かかせてやるわよ」
シャルロットは強気に笑って捨て台詞を吐いた。シュリングはシャルロットを対等なレベルの仲間として高く評価している。
しかしそれはフットボールをしているときの話であって、スポーツ以外では彼らは軽い付き合いだった。
「デビット、戻って!速く!」
シャルロットが自陣を見るとキーパーのデビットが飛び出していた。言われずともデビットは慌ててゴールに走っている。
「間に合え!」シャルロットは息を止めてダッシュをした。相手のパスは繋がりどんどん攻め込まれている。
デビットがゴール付近に戻ったときには左サイドから絶妙なクロスが上がっていた。
ラルフがボレーを合わせる。ゴールとの間にアーシャが割って入った。ボレーシュートはアーシャの体に当たりラインを割った。
「コーナーキックか」
ディフェンスに間に合わなかったシャルロットは大きく息を吐きながら速度を緩めてゴール前にきた。シュリングもコーナーキックに参加しようと上がってきた。
「何してんだよシャルロット!ボール支配率を上げろって言っただろ!さっきのはミリムにパスを出すところだ!」
デビットはチャンスがひっくり返ってピンチになったので苛立った。
「抜けると思ったのよ!あんたも飛び出しすぎ!それよりも今は守る場面でしょ。私がシュリングのマークにつく」
シャルロットはしかめっ面から真面目な面持ちに切り替えてシュリングとコーナーの間に体を入れた。シュリングもマークを外そうとフェイントを織り交ぜて体を動かす。
コーナーから蹴られたボールはカーブを描き直接ゴールに向かった。コーナーキックをしたラルフは直接ゴールを狙うことも多い。
デビットが素早く反応してボールをしっかり掴んだ。「上がれ!上がれ!」「戻れ!戻れ!」互いのチームの指示が飛び交った。
シャルロットも急いで前に上がった。シュリングのチームのディフェンスの戻りが速かったのでカウンターにはならなかった。
「落ち着いていこう」デビットは声に出して、1番近くにいたカイゼルにボールを転がした。カイゼルは全体を見渡しながら、少し前にいたアーシャにパスをだした。前線ではシャルロットとシュリングがポジションの取り合いをしていた。
「試合時間はあと30分だぜ」
シュリングが腕時計を見て話しかけてきた。
「30分あれば同点まではいけるわ。そこから延長戦よ!」
シャルロットはシュリングに背を向けて答えた。ボールはなかなか上がってこない。しびれを切らしたシャルロットは中央へ戻り、自らボールを迎えに行った。
「絶対に1点もいれさせねぇ」
シュリングはシャルロットの後ろ姿を見つめて息を吐いた。試合への集中力を上げた。
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