第2章 37話 フットボール②

 バルデスのセンタリングにラルフがヘディングシュートを放った。デビットの左横を抜けるのをラルフは期待したがデビットが、がっちりキャッチした。


「シャルロット!」キャッチした瞬間にシャルロットが中央でフリーになっているのをデビットは見逃さなかった。


 スローイングされたボールがシャルロットの足元に来た。敵陣にはシュリングとケインの2人だけしかいなかった。


「いける!」今がチャンスだと彼女は勢いよくボールを蹴り、敵陣にダッシュした。横からケインが割り込もうとしたが、さっと避け、シュリングがゴールの前方で守っていたのをスピードに乗って軽くかわすことに成功した。


 そのままシュートを打とうとした瞬間、黒い影が素早くシャルロットの目の前に飛び込んできた。キーパーのアルバンテスが前に出てきたのだ。


「いいや、いけ!」シャルロットは狭くなったシュートコースをものともせずにアルバンテスの右横を狙ってシュートを放った。


 アルバンテスは手を伸ばしたがシュート角度が鋭く、速度も速くて触れることができなかった。


 しかし惜しくもシュートは決まらず、ボールはゴールポストに当たって跳ね返った。こぼれ球をシュリングが捉えて前方へ大きく蹴り上げた。


 そしてちらっと時計を見て、笛を長く鳴らした。試合終了だ。笛の音を聞きながらシャルロットは苦しそうに大きく息をして唇をかんだ。


 後半は3対1のまま点数が動くことはなかった。シャルロットのチームの負けだ。全員がハーフラインに整列をして互いに礼をした。


 シュリングがシャルロットに「おつかれー」と言って、にんまりと笑った。


「負けちまったな」


 デビットがカイゼルに話しかけた。


「助っ人が女じゃ仕方ないぜ」


 カイゼルが相づちを打った。


「何それ!私のせいで負けたっていうの?」


 会話を聞いていたシャルロットが鋭い視線で2人を見た。


「その通り!チームに女がいるなんてモチベーション下がるわー」


 長身のカイゼルはシャルロットを見下ろすようにして言った。シャルロットの頭に血が上り口調がきつくなった。


「この前参加したときは私が2点入れて勝ったわ!」


「この前はキーパーがへろへろサンダースだったからだろ。なんで女はいちいち過去のことを持ち出すんだろうな!」


 カイゼルは「おー怖い怖い」と肩をすくめながら答えているが、返答は嫌味に満ちあふれていた。


「だな。おまえ女のくせに出しゃばってるなら最後の場面くらい決めてくれよな」


 デビットは残念そうに答えた。


「黙れ!女なのは関係ない!!」


 シャルロットは殴りかかりたい気持ちをぐっと抑えたが怒鳴り口調になった。デビットとカイゼルは顔を見合わせ、軽く吹き出した後で大きく笑いあった。


「女はおとなしくお人形遊びでもしてな!」


 デビットが笑いながら言った。見かねたシュリングがシャルロットの肩を叩いて言った。


「おまえらチームメイトとは仲良くしろよ。シャルロット、また今度一緒にプレーしよう。おまえなかなかセンスあるぜ」


「ふん!今度はカイゼルとデビットと敵チームになって叩きのめしてやるわ!」


 シャルロットはそれだけ言って背中を向け、大きな歩幅でその場を立ち去った。


「おい、2人とも悪ふざけが過ぎるぞ」


 後ろからシュリングがカイゼルとデビットをいさめる声が聞こえたが、そんなことはもうどうでも良かった。家に帰る途中、自分ではどうすることもできない性別の問題でからかわれることにイライラが頂点に達した。


「あー、兄貴たちのチェス盤をひっくり返したい気分だわ!」


と、シャルロットは八つ当たりしたい感情をむき出しにして、ずかずかと大股で帰っていった。

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