第2章 13話 様子見

 ロボットは森の中の小道を蛇行しながらゆっくり進んだ。少女たちは、森に入るのはやめて、ロボットの後ろを一定の距離を保って歩いた。


 彼の足もとをよく見ると、小石を避けるために左右に蛇行しているようだ。


「スコティッシュ・リリィったら、上手に歩くのね……」


 クロエが感心して呟いたときだった。ロボットは道の段差か、あるいは大きめの石につまずいてガシャンと転んだ。


 重い音がやわらかい地面に吸収された。そのまま数秒間、彼は動かなかった。


 クロエは「まさか、死んじゃったのかしら!」と少し焦ったが、 ロボットは思い出したかのように瞳を光らせ、不器用に立ち上がった。


「ああ、良かったわ」とクロエが安堵の息を吐く。



 ロボットは蛇行しながら歩きはじめた。その10メートルほど後ろをクロエとシャルロットが身をかがめながらついていく。


 200メートルほどの距離を30分あまりかけて歩き、ロボットは小川に辿り着いた。


 彼はかがんで桶に水を入れて(半分はこぼれた)川辺に座って、木の竿を両手に持ち、川の中に糸を垂らした。


「釣りのポーズはまともそうね……」


 ロボットがまた謎の行動を取ることを期待していたシャルロットは少しがっかりして言った。


 クロエはまだ青い花を握りしめたまま、どのタイミングでロボットに声をかけようか迷っていた。


 とりあえず魚が1匹釣れれば声をかける機会に恵まれそうだが、待っても待っても魚は釣れなかった。


 それどころか、物音ひとつしなくなって2人は茂みに隠れてお昼ごはんにした。


 シャルロットは麦を編み込んだバスケットの中に母親が用意したハムとチーズのバケットサンドを持ってきた。


 クロエもバスケットの中に薄切りのサンドイッチを何枚か入れていたが、階段で回転したせいで、中のレタスが全部こぼれていた。


 シャルロットは大笑いして、自分のハムを1枚クロエのサンドイッチに載せた。


 彼女たちの昼食の間、ロボットは時おり首を360度回転させて景色を見渡したので、彼女たちは興奮気味にはしゃいだ。


 クロエたちはのんびりと時間をかけてサンドイッチを食べ終えた。が、やはり魚は一向に釣れなかった。


「決めた!私、スコティッシュ・リリィに話しかけてくるわ!シャルロットはここで待ってて!」


 クロエは傍らに置いていた花を握り直して、決心するように呟いた。


 シャルロットは驚いて「私も行くわ」と言い返したが、クロエが、


「いいえ、ここで見守ってて。1人のほうがいいと思うの。2人で行ったら怖がらせてしまうかもしれないわ」


と言うので、しぶしぶ茂みから様子を見守ることにした。


 クロエはロボットと花を交互に見つめた後、意を決して立ち上がり、勢いよく茂みから飛び出した。


 早足でロボットのほうに駆けていく。その物音に気づいてロボットが首を後ろに回転させた。


「はじめまして!素敵なロボットさん!」


クロエは興奮と緊張で震えた声でロボットに話しかけた。ロボットは釣り竿を持ったまま、頭だけをクロエの方に向けて、そのまま数秒間静止した。


「はじめまして、少女。演算の結果、あなたは人間の少女だと判断します。年齢は13歳から14歳だと計算されました。


 正しいですか?そして、確かに僕はロボットですが『ステキ』という単語は知りません。


 どういった意味の言葉ですか?無能でごめんなさい……」


「きゃー!やっぱりお話できるのね!」


 クロエはロボットの返答が終わる前に叫び始め、会話の内容は頭に入っていなかった。


「はい。無知ですが、多少は話せます」


 ロボットは猫目をぎょろつかせて機械的に答えた。クロエの頭の中は様々な空想で満ちあふれたが、言葉にするのを抑えることに成功した。


 彼女はかしこまって、貴婦人のようにスカートの裾をつまんで挨拶をした。


「お隣に座らせていただいてもよろしいかしら?」


 クロエは上品な笑顔を作る。彼女はそういうところは器用だった。ロボットはこれといった反応を見せず、また数秒間停止した。そして、言った。


「僕にはあなたの行動を制限する資格はありません」


 ロボットはやはり無感情に答えた。しかし舞い上がっているクロエには彼が紳士的に接してくれているように思えた。


 まだ茂みの中で聞き耳を立てているシャルロットはロボットが言葉を話すこと、意思疎通ができることにただ驚いていた。


「スコティッシュ・リリィは素敵なジェントルマンなのね。お会いできて光栄だわ」


クロエはスカートを折りたたんでロボットの隣に座った。彼女の心臓は激しいダンスを踊っており、たった今、華麗なターンを決めたところだった。ロボットは首をかしげた。


「『スコティッシュ・リリィ』とは何ですか?そして『ステキ』とは何ですか?」


「あら、ごめんなさい。私があなたの名前を想像してつけたの。あなたの瞳が猫のように素敵だから……」


 クロエはロボットの丸い吊り目を見つめてうっとりした。ロボットはさらに首をかしげて真横からクロエを見るような形になった。


「それは僕の名前ではありません。僕の名前はリトル・リチャード97型です。それ以外の名前はありません。


 あれ?あなたは誰ですか?しまった!僕はあなたを知りません。ジャミールに知らない人と話すなと言われてます!僕は無能です」


 ロボットはそういうと木の枝を手放して、両手でぽかぽかと頭を殴り始めた。


 クロエは「ダメ!」と叫んで慌ててロボットの腕をつかんだのだが、思いのほか彼の力は強く、簡単に振り払われてしまった。


 釣り竿は緩やかに小川を流れていった。


「自分を痛めつけるのはやめて!暴力は弱者の愚かな行為よ!自分を軽んじてはダメ!容易く暴力をふるえる相手に手を出すのはイジメ行為だわ!」


 それでもロボットは行動を止めない。


「ジャミールごめんなさい!僕は愚かで無能です!知らない人と話してしまいました!」


 クロエは咄嗟とっさに機転を利かした。


「私の名前はクロエ・ブラウンというの!どう?覚えた?もう知らない人じゃないわ!」


 それを聞いて、ロボットは動作をピタリと止めた。


「あなたの名前はクロエ・ブラウン。はい、覚えました。情報を更新します。僕はあなたを知りました」


 機械的な対応を取ってから、ロボットは両手をだらりと垂らした。クロエはスカートのポケットからハンカチを取り出して額を拭いた。


 焦りから冷や汗をかいていた。それから彼女は左手の中の花をぎゅっと握った。




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