第2章 14話 プレゼント

「あなたはリトル・リチャード97型さんというのね。素敵な名前ね。呼ぶときはリチャードとお呼びすればいいのかしら?リチャード……とっても親しみのある名前だわ」


 クロエはもうすっかりロボットの新しい名前を気にいっていた。


「はい。創造主からはリチャードと呼ばれています。ところで『ステキ』とはどういったたものですか?『親しみのある』という言葉も知りません」


 平静を取り戻したロボットはまだ聞き慣れない言葉の意味を知りたがっていたが、ふと、カラになった両手を見つめて、数秒間停止した。


「では、リチャードと呼ぶわね。よろしくねリチャー……」


「しまった!釣り竿を無くしました!僕は無能です!」


 ロボットは状況を把握して、またぽかぽかと頭を叩き始めた。やはりクロエの腕力では彼を止めることはできなかった。


「釣り竿を無くしたくらいで自分を無能扱いしないで!物を無くすことなんて誰にでもあるわ!それが無能なら、全人類が無能よ!


 あら……そうかもしれないわね。いえ、その考え方はダメよ。自分を卑下ひげばかりしていると本当につまらない存在になってしまうわ。


 あなたは無能なんかじゃない。釣り竿を無くすくらいでは無能とは呼ばないの。釣り竿くらいいつ無くしても大丈夫よ!」


 考えるより先に口がしゃべって、クロエの発言はおかしな方向にいってしまった。しかし、ロボットは動きを止めてクロエを見た。 


「わかりました。釣り竿は無くしてもいいのですね。情報を更新します」


 彼は何か勘違いをしたようだが、クロエは訂正することもなくロボットを見つめて「そうそう」と深くうなずいた。


 ロボットは瞳を赤と青に光らせて「情報を更新しました」と呟いてから、静かに川と桶を眺めて、首をひねった。


「釣りができなくなりました。僕はどうしましょう?」


 彼は川に向かってひとりごとを言った。クロエは返答に困って、おろおろとシャルロットが隠れている茂みの方を見つめた。


 何を求められているか勘づいたシャルロットは、左手を握りしめてクロエにも見えるように上に掲げた。


 クロエはそのジェスチャーの意味を理解できずに、ロボットのマネをして首をかしげた。


 見かねたシャルロットは茂みから頭を出して握りしめていた左手を見つめ、右手の人差し指でさした。


 クロエはようやく自分の左手に注意して、手の中のしおれかけた花に気づいた。途端に彼女の顔から笑みがこぼれた。


「リチャード!私あなたにプレゼントを持ってきたの!見て!この素敵な青い花を!この花は私たちの友情が色褪せないのと同じように、決して色褪せたりしないわ!」


 しかし、その花はもはや元気を無くし、だらっとしなだれていた。クロエは小さく咳払いして言い直した。


「この花は私たちの友情が決して途切れないのと同じように、いつまでも心の中に咲き続けるわ!リチャード、親友の証としてお花を受け取ってくれるかしら?」


 そして、クロエは握りすぎてしわしわになった青い花をロボットに差し出した。だが、ロボットはじっと花を見つめるだけで受け取らなかった。


「花を摘み取ることは悪です。その花は摘み取ったものですね。受けとれません。動物は生きるために生命を奪います。


 それはしかたがないことです。しかしあなたは自己満足のためにその花の生命を奪いました。


 その花は心の中に咲き続けることはありません。このまま枯れて終わりです。僕はジャミールのところに帰ることにします」


 ロボットはそれだけ言い残して、水の入った桶を重そうに引きずり、盛大に水をこぼしながら蛇行して元来た道を引き返していった。


 残されたクロエはしばらく呆気にとられて立ち尽くした。そしてロボットの言葉を何度も頭の中で反芻はんすうした。


 茂みから2人の様子を辛抱強く見守っていたシャルロットは、会話のすべてを聞き取ることができなかった。


 ただロボットが突然帰って行き、クロエが無表情のまま突っ立っている姿は見て取れたので、クロエが何か良くないことを言ってしまったことは想像できた。

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