第2章 11話 期待と青い花
次の日は、午前中のうちにシャルロットがクロエの家まで迎えにきた。どうやらロボットのことが気になってしかたがない様子だ。
キャロラインはいつだってシャルロットを穏やかに迎え入れてくれる。シャルロットは優しくされると体がかゆくなるのだが、キャロラインのことはすきだった。今だに褒められるのは苦手だったが。
「あなたは礼儀正しくて本当におりこうさんね」
このように笑いかけられると、シャルロットはキャロラインを騙しているような気持ちになって、ばつが悪くなる。
彼女が返答に困っていると、クロエが階段から落ちるように転がってきた。
「きゃああああ……こんなところに階段があるなんて知らなかったわ!」
キャロラインは「ほんと、あなたはおてんばなんだから」と苦笑してクロエの方に注意を向けた。
シャルロットはクロエに感謝して、その場で小さくなった。
「いたたたた……シャルロット、お待たせしてごめんなさい!これでも急いで階段を降りてきたのよ!」
階段の下まで転がり落ちてきたクロエだったが、怪我をした様子は無く、量の多い髪をかきあげ元気に起き上がり、シャルロットの待つ玄関まで駆けてきた。
「あらまあ、本当に大丈夫なの?」
キャロラインが心配して声をかけたが、クロエは祖母の話が全く耳に入ってないようで、背負っていたバックパックを降ろし、中身が壊れていないか急いで確認し始めた。
「うん、問題なさそうね……サンドイッチ以外は」
シャルロットが「サンドイッチはだめになったのね……」とつぶやいた。
「大丈夫よ、少し問題があるだけでだめになってはないわ」
早口でそう言うと、クロエはもう一度バックパックを背負いなおした。
「それじゃ、おばあさま、いってきます!」
「まあ、クロエ。サンドイッチは大丈夫なの?」
キャロラインの言葉が終わる前にクロエは玄関を飛び出していた。シャルロットはキャロラインに向き合って硬い口調で「それでは行って参ります」と
2人にとって、2度通った道はもう庭のようなものだ。この日、クロエは景色やリスや小鳥たちに興味を示さなかった。口にするのはスコティッシュ・リリィの話題ばかりだ。
「それで、私考えたの。今日は偵察ではなく正面から親友にアタックしたいって。どうかしら?」
両腕を前後にぶんぶん振って歩きながらクロエが質問した。
「どうやって?」
シャルロットは唐突な提案に眉をしかめた。
「私たちは行商人の設定でいきましょ。シルクロードでペンギンに千夜一夜物語を語り、黄金の国ジパングでエメラルドを探し当てたわ。
古代アステカ文明の生け贄を解放して、スフィンクスと一緒に悟りをひらいたことにしましょう。
そして最後に気づくのよ。自分のかたわらに咲く花こそがこの世で1番尊いということに!それを最愛の友であるスコティッシュ・リリィに贈るのよ」
クロエは相変わらず適当な物語を作って、たまたま道端に咲いていた花をつみとった。
「ふーん、つまり探偵ごっこにはもう飽きちゃったのね。ところでその行商人の設定、おかしなところがありすぎるわよ」
シャルロットは呆れたように頭をかいて、これから進む道をじっと見つめた。クロエは摘み取った青い花を彼女に見せつけて、
「そうよ。昨日の文明はすでに風化したわ。発想は鮮度が命よ」
とうなづいた。シャルロットはそれには何も返さなかった。
2人の作戦はあいまいなまま、彼女たちは屋敷へと歩を進めた。青紫のとんがり帽子が見え、屋敷の玄関が近づいてくると、少女たちはどちらかともなく庭の茂みに身を隠した。
「どうして私たち隠れているのかしら?お花をプレゼントしにきたはずなのに」
クロエはひそひそ声で話した。シャルロットは隠れるのは当然というふうに答えた。
「だってこの屋敷にはロボット以外にも正体不明の黒い影がいるのよ。ロボットより先にそいつに見つかったら危ないわ」
「黒い影……?あら、そうだったわ!私、どうして忘れていたのかしら?リビングデッドに似た何かがいたんだったわ!
スコティッシュ・リリィに会う前にその黒い影に出会ったらどうしようかしら?」
クロエは青い花を大事そうに見つめて呟いた。そして何かひらめいたように続けた。
「シャルロット!花は偉大よ。見てこの美しさを!儚さゆえの鋭い輝きを放っているわ。この一瞬の輝きは何よりも強く、黒い影の魔を取り除き、白い天使にすることでしょう!
親友との心の架け橋にもなるわ。愛する人に捧げる誓いにさえなると思うの。あらやだ、このお花をシャルロットにもプレゼントしたくなってきたわ」
クロエは、はにかんで笑った。
「私はパスよ。お花なんて柄じゃないわ」
シャルロットは青い花を
「やっぱりね」
クロエは初めから答えを知っていたかのように納得して深く頷いた。シャルロットはなぜか少し苛立ったが、平静を装った。
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