第2章 4話 リビングデッド

「さて、作り話はほどほどにして探検しましょ。ここは2階建てよね。地下はあるのかしら?どこから回る?お宝があるならどこだと思う?」


「よく書斎の裏に隠し扉があるって聞くわ。でも地下の隠し通路のほうが魅力的ね。あ、地下と言えば食料貯蔵庫があるに違いないわ。きっとお腹を空かせたリビングデッドが歩いているのよ……リビングデッドがね……」


「まず地下があるかが怪しいわね。私は」


 シャルロットの台詞が終わる前に、静寂を切り裂くような悲鳴が上がった。


「きゃああああああ」


 クロエが金属を爪でひっかいたような高い声を出した。同時に力の限りシャルロットに抱きついた。シャルロットは予期せぬ事態に体を硬直させた。


「どうしたの!」


 クロエにしがみつかれたまま、警戒して辺りを見渡した。心臓はドラムを叩いているかのように速い。近くにおかしなものはないようだ。


 クロエは華奢きゃしゃな体を震わせながら、シャルロットの背中にぴたりとくっついている。


「わたし怖くなってきたわ。リビングデッドとはお友達になれそうにないもの。動く死体よ。神に定められた命の盤外に位置する存在よ。


 魂は天国に行けずに現世にとどまって、心すらも忘れて生き物を襲うのよ。きっと命をうらやんでいるんだわ。


 あら変ね。リビングデッドは心を無くしてるからうらやむこともないんだわ。じゃあ目的は何かしら?理由なきままに私たちを襲うの?謎だわ。今度文献を探さなくちゃ。それより私怖いわシャルロット!私リビングデッドだけは苦手なの!」


 クロエは相変わらず饒舌じょうぜつだが、彼女がこれほどまでに何かを恐れることは稀だ。シャルロットにも恐怖心がよみがえってきた。しかし自分のことより、まずクロエを落ち着かせなければ。


「モンスターは作り話よ。実在しないわ。あんたが言ったんじゃない」


 自分自身にも言い聞かせるように語りかけた。脈はまだ落ち着かない。


「リビングデッドは存在するわ。だって昔は生きていたんだもの。人間でも犬でも猫でもいつか死ぬわ。それは事実なのよ。作り話じゃないわ」


「怖いなら帰る?」


「だめよ!それは勇気ある行動ではないわ。ここにリビングデッドがいるとは限らないし、いたとしてもきっと地下よ。地下に行かなければいいわ。2階にはリビングデッドも上がってこないはずよ。


 腐った足で階段を上がるのは疲れるわ。それでも遭遇してしまったら全力で逃げましょう!きっと腐敗した足では遅いでしょうから走れば追いつけないはずよ」


 クロエの言葉を聞いて、シャルロットは心を落ち着かせるために大きく息を吐いた。本心を言えばもう帰りたかった。


 しかし、彼女は普段から男まさりを自慢しているのに、まだ見ぬモンスターに恐れているわけにはいかない。


 クロエが怖がりながらも前に進もうとしているのに自分だけ親友を置いて帰ることはできない。震える体にむち打って、喉から声をしぼりだした。


「よし、わかったわ。モンスターに遭遇したら全力で走る。それでいいわね?」


 クロエは大きくうなずいた。




 再びランプの灯りが動きだした。2人は広間から真っ直ぐに階段を目指した。広間に石像を飾るあたり、昔の貴族の館だとは想像がつく。お宝も残っているかもしれない。


 でもそんなことはもう些細ささいなことだ。2人とも今すぐこの奇妙な屋敷から逃げ出したいのに小さな意地の張り合いで探検をやめられなかったのだ。


 クロエもシャルロットも朽ちかけた階段の手すりには一度もふれることなく黙々と階段を上った。きしむ足音とともに2階に上がった後も、2人は何も話すことなく、1番奥の部屋を目指した。


 突き当りの右側の部屋の扉は開いたままだった。どちらかともなくその中に吸い込まれていく。2人は寄り添うように部屋の中央へ進んだ。灯りは人魂のように部屋を浮遊する。


 何か奇妙だ。時代から取り残されたような館の一部屋には最新型の機械がたくさんあった。床には配線が網の目のように張り巡らされている。発電機のようなものもある。明らかに時代錯誤している。


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