第2章 3話 アーシャインの救世主
錆びついた扉は期待通りの悲鳴をあげた。2人は火のともったランプを手に、室内に踏み込んだ。埃の臭いが鼻につく。照らされた室内に人影が見えた。
シャルロットは悲鳴を上げかけたがなんとか耐えた。クロエも驚いたが声は出さなかった。よく見ると人影の正体は槍を持った石像だ。2人は
「なんだあ石像か。一瞬モンスターかと思ったわ。こういう場所に置くと石像も存在感が増して見えるのね」
シャルロットが胸をなで下ろして言う。クロエは石像に近づき、灯りを照らしてまじまじと見ている。
「ねえ、この石像ってもしかしてアーシャインの救世主じゃない?」
「アーシャイン?何それ?」
眉をひそめるシャルロットに対して、クロエはうっとりした表情で語り始めた。
「アーシャインは15世紀に東ヨーロッパにあった王国の名前よ。時の女王フロイア14世は絶対王政をしいていたの。逆らう者には厳罰を。従う者には過酷な労働を。子どもには輝く未来を与えなかったわ。
でも不思議なものよね。絶対的な権力や恐怖が確立してしまうと誰もそれに異を唱えることができなくなってしまうの。国民はこぞって意見を押し殺したわ。
与えられた重税のせいで老人も子どもも働かざるをえなかったにもかかわらず誰も逆らえなかったの。
人々から笑顔は消え、彼らは気力もなくしていったわ。国に病人が増え、穀物や工業製品の生産高も落ち込むし、芸術や文化のクオリティーも下がって経済は回らなくなっていった。
でもそんなときに近衛兵の1人がフロイア女王に提言したの。このままでは国は衰退する一方だって。それを聞いたフロイアはヒステリーを起こしたわ。
彼女は自分に逆らう者には流刑を与えてきた。でも彼女はその近衛兵のことが好きだったの。だから牢屋に閉じ込めたわ。
そうすればまた忠実な近衛兵に戻ってくれると信じたのね。けれど彼は信念を貫いた。彼女の意見には耳を貸さなかったの。
彼女は何度も牢屋に行って彼と話したわ。それでも意見はすれ違うだけだった。近衛兵の意見は女王としてずっと育てられてきた彼女にとっては受け入れがたいものであり続けたの。
そして近衛兵が牢屋に閉じ込められてから3年がすぎたころ、ついに国民が反乱を起こした。彼らが今まで押し殺していた感情はすさまじかったわ。
女王と一緒に美味しい汁をすすっていた軍部の高官はともかく、実際に城を守っていた兵隊は彼らの意志とは無関係に徴兵されていた国民よ。兵隊たちが反乱軍に加わらないと思う?
あっさりと女王は捕まり処刑されることが決まったわ。でもそのときに牢屋から解放された近衛兵が声をあげたの。
『たしかに女王の政治は間違っていた。王宮側の人間の僕でもそう思う。しかし怒りに任せて自らの精神を血に染めていいのだろうか?僕たちの正義の終着点はしょせん人を殺めることなのか?もっと気高いものではないのか?正義の名を語った復讐なんて自分のプライドを傷つける行為だ』
と。それにはみんな戸惑ったわ。彼は言葉を続けた。
『アーシャインの国民は気高い。僕らには理性と信念がある。冷静な頭と法で裁こう。今をもって王政は廃止だ。もうここに殺すべき女王はいない』
と。みんなは戸惑ったままだった。でも結局女王は処刑されずにすんだの。そのまま彼女は牢屋に入れられ、長い裁判の後で、懲役20年の刑に処されたわ。
ここからがおもしろいところよ。王政は倒れ、民主制が敷かれ、近衛兵は初代の首相になったの。そして20年が経って刑期を終えた女王が出所した。
それからどうなったと思う?首相は女王と結婚したのよ。これには国民はあぜんとしたわ。近衛兵が長い間牢屋に入れられたことをみんな知っていたから。女王はもうおばあさんになっていたしね。
でもみんな祝福した。その後に革命の象徴として近衛兵の石像が作られたわ。武力での革命を高尚な精神での革命に変えた立役者としてね。彼はいつしかアーシャインの救世主と呼ばれることになったのよ」
クロエはそう言うと石像に対し敬意を込めて敬礼した。
「そんなに深い歴史があったの……知らなかったわ」
短い髪をかきながら、シャルロットは感心する。
「知っていたら驚きだわ。今ここで作ったお話だもの」
クロエはいたずらっぽい目でシャルロットを見つめた。シャルロットは一瞬頭が真っ白になったが、しばらくして苦笑いした。
「本当にあんたの頭の中を一度覗いてみたいわ」
そして辺りを見渡すようにランプを左右に振る。正面に階段が見えた。
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