第2章 2話 探索
2人は勇み足で地図に書かれた目的地に向かって歩き始めた。距離があり、民家もないが、平坦な一本道で迷いようもない。
野生動物も小動物ばかりで危険の少ない道のため、途中ですれ違った大人たちも少女たちを引き留めなかった。
彼女たちは楽しそうに息を弾ませながら歩いた。途中でクロエはリスやキノコに興味を惹かれて立ち止まっては「リスのほっぺはドングリを詰めるためではなくて自分を可愛らしく見せるために存在すると思うの」だとか、「このキノコを見て!大地の半分を手に入れたみたいに威張ってるわ!」などと楽しそうに話し続けた。
その都度シャルロットがクロエの腕を引き、正規のルートに引き戻さなければならなかった。
しかし、前を進むシャルロットの足が止まるときがきた。一本道の先に細い脇道が現れ、その果てに古い洋館の屋根が見えたのだ。
脇道は地図には載っていない。周囲の景色から切り取られたような異様な雰囲気を放っている。昼間だというのに木々が生い茂っていて薄暗いのだ。シャルロットの足がすくんだ。後ろをついてきたクロエが声を上げた。
「なにかしら!深い木々の隙間から顔を出している青紫のとんがりぼうし。私の魂を吸い込んでいくわ。きっと私たちを呼んでるのね。行ってみましょう!」
クロエはルートをそれて脇道のほうへ歩み始めた。シャルロットが青ざめる。
「私たちの宝探しはどうするの!」
彼女は再びクロエの腕を引っ張ったが、今度は振りほどかれてしまった。
「宝探しは素晴らしいわ。でももっと素晴らしいものがあるわ!それは今、たった今、この一瞬のわくわくなの。私気になるわ!あそこには新鮮なわくわくがあるのよ。行きましょう!」
「ちょっと……!」
シャルロットは宝探しを諦めるしかなかった。クロエの緑色の瞳が大きく見開かれている。おまけに焦点もあっていない。これは彼女が現実世界を離れ、夢の国にいるときの現象だ。
こうなってしまうと冷静なシャルロットですら現実に引き戻せない。すでに宝探しはクロエの中では古ぼけた目的になってしまっているのだ。
「仕方ないわね。先にあそこに行きましょう。宝探しはいったんあきらめるわ」
クロエのゆるくカールした髪が弾んだ、と同時に両足も宙に飛び上がる。
「ありがとう、シャルロット!今日はなんて素敵な日なのかしら!地図にも載っていない未知の道に出会えるなんて!しかもその先には古ぼけたお屋敷!私、宝探しより素敵なことがあるなんて知らなかったわ!
しかもそれを親友と分かちあえるだなんて!私これが夢でもいいわ!いいえ、夢だなんてもったいないわ!ああ、どうしましょう。まるで夢のようだわ」
クロエの目が宝石のように輝き、相手に口を挟む隙を与えないほどの弾丸トークが飛び出した。シャルロットはそれを感心しながら聞いていた。
彼女はクロエに振り回されることを楽しんでいた。クロエはステップを刻みながら脇道を進み始めた。シャルロットは苦笑いして後に続いた。しばらく歩いて行くととんがり帽子にたどり着いた。
洋館の周りには背の高い木々が生い茂り、光は微かに入り込む程度だ。壁全面がツタに覆われているのか、いや壁そのものがツタでできているのか、人が住んでいるようには見えない。
ツタは窓ガラスを侵食し、屋敷内にまで侵入してきている。ホラー映画にはおあつらえ向きのカラスはいなかったが、そもそも生物の気配が感じられない。大気がひんやりとしている。
「なにこれ、モンスターの屋敷かしら。もう戻ろう!」
シャルロットは恐怖を感じて肩を震わせた。クロエをかばうように行く手を制す。そのとき、クロエが「きゃあああ」と声を上げたので彼女は数センチ飛び上がった。
「し……心配いらないわ。私がついてるもの」
シャルロットは精一杯の強がりで自分を奮い立たせた。しかし、隣のクロエはというと、目を見開いたまま、シャルロットの声すら届いていない様子で大声でしゃべり始めた。
「私わくわくが口から飛び出しそうよ!物語の世界に入り込むことなんて本当にあるのね。ドラキュラ伯爵が血を分けてくれと言ったらなんと言って断ろうかしら。それともオオカミ男の住み家?ふさふさの尻尾を触らせてくれるといいのだけど。私フランケンシュタインに会いたいわ。彼とは友達になりたいの」
それを聞いたシャルロットはあきれかえって冷静になり、恐怖心が薄れた。
「そいつらが本当にいたらやばいわよ。私たちは銀の銃弾も十字架もタマネギももっていないのよ。わかってる?」
「大丈夫よ、モンスターが恐るべき存在であるという話は子どもたちが危ないところに行かないように大人たちが作為的に生み出した
私たちに必要なのは銀の銃弾でも十字架でもタマネギでもないわ。真実を見つめる勇気よ。恐怖心こそがモンスターの正体なのよ。さっきの詩を思い出して。『いまこそ汝が勇気を示せ、さすれば神の息吹が道を創る』よ。さあ、ともに歩みましょ!」
クロエはハイテンションのわりに現実的なことを言った。シャルロットはこの勇気ある才女をみて、臆病な自分が少しうとましくなり、口角を上げ、笑顔を作った。
「そうよね、モンスターなんて物語の中の存在よね。
そう言うとバックパックからランプを2つ取り出した。
「ああ、古ぼけた洋館に麗しい少女が2人、たった今暗闇に小さな明かりを灯す。謎めいた期待の正体には出会えるのか。伯爵の肖像画は本当に笑うのかしら。古い洋館はわくわくの宝庫よ!」
完全に楽しんでいるクロエを見てシャルロットも安心して羊皮紙をしまった。
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