第1章 17話 勝負の行方
「いやいや、まだわからない。僕に10ポイント以下を選ばせたら司祭の勝ちだ。ジャミール、よく考えてポイントを振り分けるんだ。らららー。勝利の歌が聞こえるー!」
リチャードは上機嫌で唄っている。ジャミールは背中を向けて紙にポイントを書き手渡した。ふと窓の外を見ると雨は止んでいた。リチャードは紙を受け取り、不敵に笑った。
「ふっふっふっ。偉大なる司教にはジャミール司祭の心がみえーる。この紙には3箇所に10ポイントより下の数字が示されているだろう。勝負に出たなジャミール・ドレスタ!僕の勝率は25パーセントしかない!しかしゲームというのは3回勝負がつきものだ。つまり今回はジャミールよりわずかに負けるか、大きく引き離すかのどちらかだ!勝負はまだまだ!僕は恐れずに行きたいところに行くぞー!!」
「え!?3回勝負なんですか?聞いてません」
ジャミールは1回で終わると思っていたので戸惑った。
「何を言うんだジャミール司祭。このゲームは紙にポイントを書くのは後手の方が作戦を練りやすい。そこに気づいて君は先にボールを転がしたのだろう?だが僕は1回勝負というのも聞いていなーい。だから3回勝負だー!らりほー!」
リチャードは歌い終わる前に、箱を持ち上げた。A地点を目指して進んでいる。ジャミールの顔がほころんだ。
「おっとっと。危ない危ない。ポイントが低いんだな。ここはやめておこう。これで僕が引き離す確率は33パーセントに跳ね上がったぞ!」
そう言ってリチャードはB地点にボールを運んだ。ジャミールは感情を読まれないように無表情を装う。リチャードはそれを確認したあとにB地点に到達し紙を広げた。
「ふむふむ、この紙によると……あれ?全部25ポイントに振り分けたのか?A地点25ポイント、B地点25ポイント、C地点25ポイント、D地点25ポイントをそれぞれ相手に差し出す。まあいい、これで逆転だ!僕が25ポイント相手に差し出すのだ!これで僕が……、あれ?差し出す!?」
リチャードははっとして紙を凝視する。紙には「25ポイント相手に差し出す」と書かれている。
「こ、これは……」
おどろきを隠せないリチャードにジャミールは答える。
「言われたとおりに100ポイントを振り分けました。これで僕が35ポイント。リチャード司教がマイナス25ポイントです」
「ちょっと待った。ジャミール司祭よ。こんな条件をつけてもいいとは知らなかったぞ!」
リチャードは焦って声がうわずっている。
「僕もバガテルが3回勝負とは知りませんでした。お互い様です」
ジャミールは落ち着いて答える。リチャードはがくっとうなだれてから腕を組んで黙った。どうやら後の2回で逆転する方法を考えているようだ。しばらく沈黙して突然リチャードは両手を叩いた。
「そうだ!バガテルは3回勝負だがすべて僕が後手というのはあまりに不利すぎる。そこで2ターン目はまだジャミールが先手でいい。だが3ターン目は僕を先手にしてくれ!そこで司教の意地で逆転勝ちをしてみせる!そして今度はルールに忠実に行おう。相手にポイントを差し出すのはナシだ。なんでもありになると秩序がなくなる。法律がそうであるように、ゲームもルールに誠実であるべきだ。どうだ」
ジャミールは少し考えてからうなずいた。
「わかりました。それで勝負します。僕が先手ですね」
ジャミールは涼しい顔で紙にポイントを記すようにリチャードにうながした。リチャードは背中を向けて紙に得点を書き、ジャミールに渡す。
「さあ、勝負だ!ジャミール司祭!まだ僕の不利は続くが、ここで少し盛り返させてもらう!そして最後に逆転だ!」
リチャードは唄うように話す余裕がなくなっていたが気力はまだ衰えていない。ジャミールはボールを真ん中に置いた。
「始めますね」
ジャミールのボールは真っ直ぐにA地点を目指した。リチャードは神に祈るポーズをした。ボールがA地点に到達したときにリチャードは小さなガッツポーズをつくった。紙を広げると……、
「A地点0ポイント。B地点0ポイント。C地点100ポイント。D地点0ポイント」と記されていた。
「よーし、司祭は頭はまわるようだが、勝負運はないと見受けられる。とりあえず今回はポイントなしだ。まだまだ勝負はわからないぞー。さあ司祭よ。ポイントを紙に記すのだ。らららー」
リチャードはジャミールが0ポイントだったことに満足している。ジャミールは後ろを向き、迷う様子もなく紙にポイントを記して渡した。
「さあ、この紙には僕の運命が記されている。一発逆転か?大きく差を縮めるのか?はたまた0ポイントという悲しい結末か?だがここで僕が差を広げられることはない!よしいざ出航だ!!」
リチャードは再びテンションを上げた。
「さてさて!司祭はA地点がすきのようだが、ポイントも高いのかなー?」
リチャードはボールを転がしながらジャミールの顔色をうかがうが、ジャミールは表情を変えない。
「うむ、やっぱりD地点を目指そうかなー。らららーん」
ジャミールは相変わらず表情を崩さない。感情が表に出にくい彼に駆け引きは持ってこいのようだ。リチャードはジャミールの顔をのぞき込むように見ている。
「うーむ。司祭はなかなかの強者だな。よし、では僕は天に運を任せてC地点に舵を取ろう!」
リチャードはジャミールの顔色をうかがうのをあきらめて、C地点にボールを運んだ。ポケットから紙を取り出し広げる。
「うん、A地点25ポイント。B地点25ポイント。C地点25ポイント。D地点25ポイント。また一律か。司祭は手堅い作戦がおこのみのようだが、これで25ポイントも差が縮まってしまったぞ。司祭が35ポイントのままで、僕がマイナス25ポイントに25ポイント加算するから、僕は0ポイントに戻してポイント差は……うっ!?」
リチャードは思わず言葉に詰まった。重大なことに気づいたのだ。
「そうです。僕が35ポイントで、司教が0ポイントです。つまり最後の勝負を残して35ポイントの差がある、次に僕がすべてに25ポイントを振り分ければ司教は僕に勝てません。1ターン目に60ポイントの差がつき、条件を加えられなくなった時点で僕の勝ちは決まっていました」
ジャミールはリチャードに状況を説明した。大逆転を夢見ていたリチャードは肩を落として黙り込んだ。そしてそのあとに笑顔になった。
「そうだ!単純な計算だ!冷静に考えれば気づきそうなものだが、最初の奇襲に混乱していたようだ。大きく取り戻そうとしても無理な点差だったのか。いや参った参った。司祭の策略にまんまとはめられたよ。でも直感的にこの戦略を思いつくとはジャミール、君は天才だな!いやー楽しいなー!こんな好敵手と出会えたんだ!最高の気分だ!こんなときはー」
リチャードは唄いながら、ポケットに手を突っ込みウイスキーを取り出した。どうやら酒を飲む口実があればそれだけでいいらしい。
「ぷはー、親愛なるジャミール司祭よー。一時の勝ちに酔いしれてはならぬぞー。らららーん。司教は司祭に花を持たせるのも仕事だよーん。ららららーん」
リチャードは酒を飲みながら説教まではじめた。早くも酔いがまわったようだ。
「今日の授業は終わりですか?」
ジャミールの質問にリチャードは顔を赤らめて答えた。
「そうだね。今日は終わりにしよう。耳をすましてごらん。素敵な足音が聞こえてくるよーん。らららーん」
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