第1章 16話 ルール
それからジャミールは長々と考えたが、箱に顔が描かれただけのものにゲーム性を見い出すのは難しかった。先ほどリチャードに壊されたので、同じ
ゲームに使えそうなものがひとつある。象牙のボールだ。きれいに磨かれた白い球体はそれだけでも魅力的だった。これを使わない手はない。しばらく物思いにふけったあとにジャミールの手が動いた。
右手にのこぎりを持ち、長い木柱を様々な長さに切り取った。それを1つ1つ箱の内側の底にボンドで貼っていく。さらにハンマーを使って箱の裏側からクギを打ち付ける。ジャミールはコツコツとそれを組み立てて床の上に置き「完成です」と息を吐いた。リチャードはそれを眺めて満足そうにうなずいた。
「ほう。障害物をつくったんだね。象牙のボールを転がして遊ぶのかい?美しいバガテルだ。迷える子羊はどこからスタートしてどこにゴールすればいいんだい?」
「スタート地点は真ん中です。4つの端がゴールですが、毎回正しいゴールが変わります」
「ほほう。では正しいゴールにたどり着くことを僕と競うんだな」
リチャードは一人で納得している。
「はい、でも司教は絶対僕に勝てません。ゴールに着くまで正解がわからないのですが、正しいゴールの決定権は僕にあります」
ジャミールはそう言うと、バガテルをリチャードの前に差し出した。リチャードは呆気にとられたあとに高笑いをした。
「ははははは!すごいぞ、ジャミール司祭!僕に勝てないルールをつくるとは恐れ入った!子どもは天才だと言われるが、こういうことか!いやーじつに愉快だ!酒が飲みたくなってきたぞ!」
リチャードはポケットからいつものようにウイスキーを取り出して喉をうるおした。ぶはっと息を吐くとアルコールの匂いが辺りに充満した。
「さて、ジャミール司祭よ。よくぞ司教である僕を出し抜いた。それにはまずまずの合格点を与えよう。しかしだ。常に勝ててしまうゲームというのは退屈を招く恐れがある。そこでだ。ある程度は司祭のルールにのっとろう。しかしだ、僕の番のとき司祭は前もって正しいゴールを紙に記しておいて欲しい。そして司祭の番のときは僕が正しいゴールを紙に記そう。どうだ?これなら楽しい勝負になりそうじゃないか?」
リチャードはウイスキーのビンをジャミールの目の前で振りながら提案した。ジャミールもリチャードの提案を受け入れた。
「よし、では僕から……、いやもう少しルールを付け加えたほうが面白そうだ。僕が決めてもいいかい?」
「いいですよ」
ジャミールは軽くうなずく。
「よし。では、このバガテルは4箇所のゴールがあるだろう?左上の地点をA、左下をB、右上をC、右下をDとして、それぞれの地点に合計100ポイントを振り分けよう。もちろんプレイヤーはゴールするまで、どの地点が何ポイントかわからない。紙を広げていないからね。ポイントを割り振る側には駆け引きができる。例えばすべてに25点ずつ割り振れば、相手に必ず25ポイント入るがそれ以上は取られない。逆にA地点を100ポイントにして、BCDを0ポイントにすることもできる。相手がA地点を選んだ場合は大打撃だが、残りを選ぶ確率は75パーセントだ。どうだ?ゲームとして面白くなりそうじゃないか?」
リチャードは取ってつけたルールにしては上出来だろうという顔でジャミールを見た。
「……あ。はい、わかりました。僕からボールを転がしていいですか?」
ジャミールはリチャードのルールを受け入れた。
「よし、司祭が先手だね。では私はポイントを紙に記そう!」
そう言ってリチャードはウイスキーを右ポケットにしまい、紙とペンを出してジャミールに見られないように背中を向けてポイントを書き込んだ。
「よし、この紙は司祭が持っておくのだ。ゴールしたあとに紙を入れ替えられたなんて文句が言えないようにね」
リチャードはにやりと不敵な笑みを作った。駆け引きはもう始まっているようだ。
「わかりました」
ジャミールは冷静を装ってボールを真ん中に置く。深呼吸した。
「司教は大きい数字と小さい数字ではどちらがすきですか?」
「うーん、そうだな。基本は早い番号の数字がすきだよ。向上心があれば上になりたいものだ。だが、他人同士で順位をつけるのはあまりよくない。比べるのは常に自分でありたいな。自分が成長できたり納得できればいいのだ。他人とは比べるものじゃない。どうだ?いいヒントだろ?」
リチャードは質問の答えをはぐらかした。ジャミールは少し考える。
「司教は大利のためなら危険をおかすタイプですか?」
「おお、これはいい質問だ!親愛なる大司祭よ!戦場では臆病な者ほど生き残れるんだ!その反面、攻撃は最大の防御という言葉もある!さあ!どちらが正しいんだ?」
リチャードには的をしぼらせる気はないらしい。ジャミールはリチャードの様子を注意深く観察した。
「……わかりました」
そう言ってジャミールは箱を傾けてボールを転がした。ボールは迷路を行ったり来たりしながら、左上のA地点に到着した。リチャードは「おーまいがっ!」と悔しそうに目頭を押さえた。それを見たジャミールは少し得意げに紙を広げた。
A地点10ポイント。B地点35ポイント。C地点50ポイント。D地点5ポイント。
「あれ?」
「はっはー。ジャミール司祭よ。残念だったね。よりによってA地点を選ぶとは、D 地点よりはマシだったが、これは苦しくなってきたぞ!」
リチャードは優位に立てて嬉しそうだ。先ほどの悔しそうな仕草は演技だったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます