第1章 13話 学校でのリチャード
次の週にジャミールは1日だけ登校した。親の顔色をうかがってしまい、週に1回の約束を守っていたのだ。だから社会の授業がある日を選んだ。ジャミールは全教科の中で社会が1番すきだった。自分が知り得ない過去の出来事を知識として取り入れるのが楽しかったからだ。
学校に着くと、めずらしくリックとジャンが話しかけてきた。2人はリチャードとジャミールが一緒に馬車に乗っていたことが気になっていた。
「ジャミール、どうしてリチャード先生と馬車に乗ってたんだよ」
リックが詰め寄って尋ねた。
「うんと、一緒にミフェイズ湖に行ったから……」
ジャミールはしどろもどろになって答えた。
「なんでミフェイズ湖に行ったの?」
ジャンが興味深そうにきいてきた。
「えっと、釣りを……したかったのかな?」
ジャミールはあいまいに答えた。
「いつ先生とそんなに仲良くなったんだよ?」
リックは不愉快そうに質問を続ける。
「え?……知らない」
ジャミールは問いただされるのが苦手だ。会話を続けるのが辛くなってきた。
「黙ってないで教えろよ。先生と他に何をしたんだ?」
リックはカリカリしている。早口で責めるような言い方になった。
「わからない……ただ湖にいっただけ……」
ジャミールの声がだんだん小さくなってきた。下を向いて視線を合わせない。ジャンはジャミールの要領を得ない答えにつまらなさを感じ、リックは会話を続けることでイライラが募ってきた。
ちょうどリアがやってきて3人に「おはよう」とあいさつをしたので、リックとジャンはそのままジャミールから離れた。彼はほっと胸をなでおろす。
リアは相変わらずジャミールにもあいさつをしてくれる。振り向きざまにミッシェルとも目があった。ミッシェルは驚いた顔をしたが、すぐに視線をそらした。ジャミールの心がズキンと痛んだ。そのときチャイムが鳴った。
「はっはー、ごきげんよう。僕のかわいい生徒たち!今日の授業は地理の予定だったんだが、気が変わった!僕は歴史の授業をするぞ!安心しろ!深い意味はないぞ!なんとなく今日は歴史の授業がしたい気分なんだ!」
リチャードが相変わらずのマイペースで教室に入ってきた。そして教科書も使わずにローマ帝国の成り立ちから最盛の話、衰退するに至った経緯などをおもしろおかしく話しはじめた。
「君たち『ローマは1日にしてならず』という言葉を知っているか?かの有名なローマ帝国も築きあげるまでには700年もの歳月がかかったのだ。それまでにどれだけの悲しみや喜びがあっただろう!想像するだけで壮大だとは思わないか?偉業というものは決して短い期間で達成できるものではない。先生だってそうだ!君たちの最高の友になるための信頼を歴史のように少しずつ積み上げてきたのだ!」
リチャードは目を輝かせてみんなに言い放った。
「先生、僕のお母さんは入学式に休む先生を初めて見たと言ってました!」
アンガスがにやっと笑った。生徒たちにどよめきが起こる。
「あの日はだな。みんなには言えない秘密のミッションがあってだな。仕方なく学校を休んだわけだ、うん」
リチャードは動揺した様子も見せない。相変わらずの口達者だ。
「お酒は学校に持ち込んだらダメですよー」
リアが話に乗っかった。教室が歓声でわいた。
「まいったなー。先生の秘密を君たちは知っているのかい?まあいい。隠す気はないからね。君たちに会える前祝いに酒があったら素晴らしいじゃないか!」
リチャードはなおも平然としている。
「でもそれで入学式に僕たちに会えなかったんですよねー。寝込んじゃって!」
アンガスは少し意地悪そうに笑う。
「はっはー。僕たちが出会うべき日は入学式ではなかったのだ!重要なのは、今こうして仲良くなれていることだ。これが積み上げられてきた信頼の結果だ。ローマ帝国だって多くの年月を積み上げてきた。そうさ歴史は大きな建築物だ。ひとつひとつの出来事がピラミッドのように積み上げられ今日がある。同じように僕への信頼感も積み重なって、いま君たちの最高の友達になれているんだ!どうだ!先生はすごいだろ!」
リチャードは「へへん!」と子どものようにいばった。自己満足のために歴史の授業をしているようだった。
「本当に自分勝手な先生だな」
後方の席で誰かが小さくつぶやいたのをジャミールは聞き逃さなかった。
「先生はうすっぺらくて信用できませんー」
リアが楽しそうに叫んでいる。リチャードは「なんだって!?」とショックを受けたようなポーズをした。
それでもクラスの大半の生徒が楽しそうにリチャードの話を聞いていた。きっと信頼されているんだろうなとジャミールは思った。なんだか複雑な気分だった。
授業が終わるとジャミールはリチャードに呼びだされた。裏門の近くの噴水の前にだ。めずらしい場所に呼ばれたので、何が起こるのか分からずにジャミールは緊張していた。
枯れ葉で埋もれた噴水の前に着くと、リチャードが何食わぬ顔で待っていた。
「ジャミール、ご両親に学校に行けと言われているのか?」
やわらかい口調で質問されたが、内容は重かった。
「あの……、できるだけ行ってほしいと言われています」
ジャミールは顔を赤らめて下を向いた。
「うーん、やっぱりそうだったのか。でも怒られているわけではないんだね?」
「はい、何も言ってませんから……」
ジャミールは叱られている気分でその場にいた。会話の間が怖かった。
「そうか、できればジャミールに説得してほしかったんだが、やっぱり難しいよな。よしわかった。日曜日に僕がご両親を説得するよ」
リチャードは真っ直ぐにジャミールの目を見て言った。
「でも……無理だと思います」
ジャミールは頭から湯気が出そうなほど顔が熱くなるのを感じた。リチャードは大げさに笑った。
「はっはー、大丈夫だ。最高の交渉人と
そう言い残し、すれ違い様にジャミールの頭を軽く叩いて、リチャードはその場を去っていった。残されたジャミールはまだ上った熱が下がらず突っ立っていた。それでも遠くから、
「ジャミール、気をつけて帰るんだぞー!」
と、リチャードに声をかけられると、その場を立ち去るより仕方なかった。
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