第1章 10話 沈没船と新大陸

「先生。どうして授業で釣りなんですか?」


 ジャミールはなんとなく聞いた。


「うむ、理由などない。沈没船を釣り上げるのは男の憧れだろう!」


 リチャードは竿を引き、エサをつけ替えている。ジャミールはあきれた。


「湖に沈没船なんかありません。あったとしても、こんな竿じゃつりあげられません」


が、真面目に返答をした。


「どうしてだ?やってみなければわからないだろう?船を出さなければ新大陸だって見つけられるはずがない。新大陸は図鑑には載ってないからな」


 ジャミールにはリチャードの言いたいことがわからない。不快には思わないが戯言ざれごとのように思えた。


「……そうですね。新大陸つれるといいですね」


 とりあえず話を合わせておくことにした。そっちの方が面倒くさくなさそうだったからだ。


「ちっち。ジャミール。釣り上げるのは新大陸ではなく、新大陸を目指して突き進んだ沈没船だ。どうだ、男のロマンだろ!沈没船には何がのっていると思う?」


 同じだった。どちらにせよ面倒な会話は続く。もううんざりだ。


「昔の財宝や亡くなった人の骨だと思います」


 無口なジャミールでも2人っきりで話されると言葉を返さざるをえない。


「いいや、沈没船にはもっと大切なものがのっているんだ」


「……何ですか?」


 ジャミールは首をかしげる、と同時にリチャードの竿に当たりがきた。リチャードは「よし!」のかけ声とともに竿を引き、大きなマスを釣り上げた。


「はっはー。どうだジャミール。沈没船を釣り上げたぞ!」


 リチャードは意気揚々と手をあげた。ジャミールは返答に困った。このマスが沈没船には見えない。沈没船が何を指しているのかがわからない。ただ、長い話になりそうなので追求するのはやめておいた。リチャードは魚を入れる網にマスを入れて、針にエサをつけている。


「ジャミール。そろそろエサをつけかえた方がいいんじゃないか?」


 リチャードに言われてジャミールが竿を引くともうエサはなくなっていた。練り餌は水に溶けてしまうから魚が食いつかなくても時間が経てば自然と取れてしまうらしい。もう一度エサをつけなおして湖に投げ入れた。次は違うポイントにした。


「今だ!竿を引け!」


 リチャードの言葉に体が反応した。浮きが沈んでいる。ジャミールは竿を引いたがすぐに戻された。強い力で水の中に引っ張られる。これは大物だ。


 初めて魚に引かれる手応えに驚きながら竿を必死で引っ張った。浮きは右へ左へと動きながら岸辺に近づく。


「そうだ!いい調子だぞ!もうすぐだ!」


 リチャードは隣ではしゃいでいる。ジャミールも少し興奮してきた。竿がしなり、浮きがどんどん近づいてくる。と、急に重心が後ろに移動し、そのまま転びかけた。水面から魚が飛び出し、引っ張られる力が急に弱まったのだ。


「よーし。よくやったぞジャミール!これは大物だ!」


 リチャードが魚を両手でつかんでみせた。ジャミールはびっくりした。思ったより魚が小さいのだ。


 あれだけの力で引っ張られたから相当大きいと思っていたのに、リチャードの魚より小さかった。「どうして?」と思いながら魚を見つめるジャミールに、


「どうだ。図鑑には載っていなかっただろ?」


と、リチャードは口ぐせのように、また同じことを繰り返した。少し興奮気味のジャミールも確かにそう思った。


 あとから詳しく教えてもらったが、水中の魚は驚くべきパワーを発揮するらしい。大抵の初心者は釣れた魚より大きい魚だと誤解してしまうそうだ。「逃した魚は大きい」というやつである。


「さあ、ジャミールも魚を釣ったことだし、そろそろ木の枝を集めよう」


 リチャードは竿をおいて小枝を集めはじめた。


「木の枝で何をするんですか?」


 ジャミールは言葉を返した後で、すぐにリチャードがたき火の用意をしていることに気づいた。


「魚を食べるんですね?」


 そう言うとジャミールも小枝を集めはじめた。


「そのとおり。残念ながら魚だけだ。僕らにラム肉はない!」


 リチャードは笑いながら遠くの枝を集めにいった。ジャミールもあとに続いた。


 たき火に火をつけるのはジャミールの仕事だった。ジャミールは草の生えていない土の上に小枝と太い枝を組み合わせて、そこに落ち葉を入れてマッチで火をつけようとした。


 ところが上手くいかない。火はすぐに消えてしまい、なかなか燃え広がらないのだ。


 ジャミールは何度もマッチをするが火力が足りなくて枝に炎は移らなかった。


「はっはー、なかなか上手くいかないものだろう?たき火は最初が肝心なんだ。何事にも通じる理屈だぞ」


 リチャードはそう言って、大きめの石を持ってきて小枝の周りを囲った。そしてジャミールの組んでいた小枝を組み直した。


 中央の下方に燃えやすい小枝と落ち葉をたくさん置いて、その上に太い枝を組む。このときにほどよい空気の通り道を作った。


 次にライターで落ち葉に火をつけて息を吹きかけた。すぐに燃えつきる落ち葉をどんどん補充した。炎の勢いは増し、小枝にも火がつき始める。それが太い枝をも燃やす火力となった。


 リチャードは太い枝は燃えにくいが一度火がつくと長時間燃え続ける利点があると説明した。硬い枝を魚の口から尾まで刺して火の近くにおいた。


「主よ。今日も僕らを生かしていただき、感謝します」


 リチャードは十字を切って祈った。ジャミールも続いた。パチパチと音をたてながら燃える小枝を見て、ジャミールはつぶやいた。



 

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