第1章 9話 ミフェイズ湖

「ヒヒーン!」


 大きく馬がいななき、その振動でジャミールは目を覚ました。リチャードが手綱を引いて馬車を止めたのだ。


 視線の先に現れた湖は涼やかな風を受け微かな波を立てていた。湖面に太陽の光が反射して碧く輝いている。周りの木々湖を包み込むようにたたずんでいた。


 鳥たちがさえずり、リスがドングリをくわえて木の枝を飛び回っている。うさぎが穴を掘っているのも見える。湖の上を大きな魚がはねた。湖面はさらに輝きを増す。


 ジャミールは今まで見たことのない景色に思わず見とれた。図鑑では感じられない何かがそこにはあった。


「どうだ!冒険者ジャミールくん。なかなかの景色だろう」


 リチャードはあっけにとられているジャミールに言葉を投げかけた。


「……はい」


 ジャミールは周りをゆっくりと見渡しながら答えた。


「来て良かったかい?」


 この問いにはジャミールは答えなかった。でも心の中では確かな感動を受けていた。


「さあ、それでは準備しようか!」


 リチャードは長い木箱を荷台から地面に降ろした。


「何の準備をするんですか?」


 ジャミールは疑問を投げかけることに成功した。リチャードはきょとんとしている。


「はっはー、何を言っているんだい?釣りだ。魚釣りをするんだ!」


 リチャードは相変わらずのペースだ。笑いながら木箱をあけて釣り竿を取りだし組み立て始めた。


「おいジャミール。何をしている?君も組み立てるんだ」


 ぼうっと見ていたジャミールに竿を組み立てるようにリチャードが言う。


「え?組み立て方がわかりません」


 ジャミールは釣り竿を組み立てたことがなかった。


「大丈夫。簡単だ。太い竿から順番に細い竿へと差し込むだけだ。ただし外れないようにしっかり差し込むんだぞ」


 リチャードは1本の竿をつくりジャミールが組み立てるのを待っていた。ジャミールは言われるままに竿を組み立て始めた。確かに簡単な作業だった。


「よし、次は竿の細い先端に糸をくくりつけて、その糸の途中に浮きをはさむんだ。浮きの下にある糸が水面からの深さになる。浮きの下に重りと釣り針をつける。釣り針と糸との結び方は重要だぞ。よく見ておくんだ」


 リチャードはそう言いながら、ジャミールが見てわかるように針を左手に持ち、糸で輪を作り、針の軸に糸を8回巻き付けた。そして最初に作った輪に糸の先端を通しゆっくり締め込んだ。


 このときに摩擦熱まさつねつで糸が弱らないように唾をつけるように指示されたが、ジャミールには「摩擦熱」の意味がわからなかった。とりあえず唾をつけておくことにした。リチャードは最後に結び目の調整をして余った糸を切った。


「どうだ。わかったか?」


 リチャードがゆっくり作業してくれたので何となくやり方はわかったが、ジャミールが実際にしてみると上手くいかなかった。


 結び目が太かったり汚いと魚が釣れにくいと聞いて何度かやり直しをするはめになった。ようやく合格点の結び方ができたときは小さな達成感があった。


「よーし次はエサだな!」


 リチャードは材料の入った箱を取りだして水を混ぜて練り餌をつくりはじめた。


「さあ、針にエサをつけて投げるんだ。浮きが沈んたタイミングで竿を引くんだ。それで魚が釣れる!」


 リチャードは大きく竿を振って糸を水面に投げ入れた。竿をゆらして好きなポイントに浮きを移動させる。ジャミールもそれに続いた。リチャードのポイントから少し外して釣り糸を垂らした。


 日差しを暖かく感じながら時間は過ぎていった。エサが悪いのか魚の腹が減っていないのかいっこうに浮きは沈まない。ジャミールは少し退屈になってきた。

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